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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
思惑は成就せり2
しおりを挟む「そういえばの話だが……妹よ、お前はベーマス大陸の薬草と、人族の大陸の薬草の違いを知っているか?」
食糧庫の奥へ案内される途中、ジャルバさんの隣で俺達を先導していたデハイアさんが問いかけてくる。
違い、なんて思ってもみなかったので「いいえ」と答えると、さもありなんとばかりに相手は少し偉ぶった感じで話し始めた。
「ウム、そうだろうな。野草に関しての研究は、この大陸の気候もあってかまったくと言っていいほど進んではおらん。ましてや外様の人族では、そのことを知る者や興味を持つものもおらんだろう」
「うーん、確かに……」
なんか失礼な言い方だけど、これは仕方がないと思う。
獣人大陸は不毛の地の方が多すぎて、植物を採取するにもかなり苦労する。
それに、獣人達は甘いもの……果実などに興味はあっても、その辺に生える貧相にしか見えない草なんて、ほぼ気にしないだろう。
種族の例外なく戦った相手の肉を食う掟を持っているし、それで十分生きて行ける体に進化しているので、余計に植物に興味がなくなっちゃったんだろうな。
そんな俺の予想を肯定するように、デハイアさんは続ける。
「……そもそも、人族の大陸で草を食むという兎や鼠ですら、獣人になると肉が主食になってしまうからな。呪術師のような類でもないと、必要性を感じていなかったのだ。しかし、人族と交流したての頃、スーリアがその事に疑問を感じ調べはじめてな」
「ああ、だからメイガナーダの館には、普通の植物だけじゃなく薬草園っていう特別な場所が作られていたんですね」
――母上は月夜に咲く花が好きだった……と、クロウが言っていた。
だから単純に植物が好きな繊細な女性だと俺は思っていたけど、実際はそれだけでなく、自分の故郷を盛り立てたい気持ちから植物を調べていた探究者でもあったんだよな。本当に立派な人だ。
きっと薬草園も、故郷や国のためになると思って特別に区分けしたのだろう。
そんな思いやりのある彼女のことを思うと、クロウがこんなにも優しい人に育ったのも当然だなと思えた。
その人の資質も勿論重要だろうけど……優しさって、誰かに教えて貰わないと何をしたら“その人のタメになる”のか分からなくなりがちな行為だろうからな。
やっぱり何に於いても「教えてくれる人」ってのは重要なんだなとしみじみ思う。
俺だって……もし婆ちゃんがいなかったらって思うことが色々あるからな。
「ああ、ここです。薬草に分類してあるものはこの棚の一角だけですね……。なにせ、研究が始まったのはつい最近で、その研究も要であったスーリア様が逝去なさってからは頓挫しておりますので……」
ジャルバさんが少し申し訳なさそうに手で示したのは、食糧庫の奥……端っこの方に置かれている古い棚に並べられた草や、いくつかの小さな皮袋だった。
彼が言うように、確かにその一角は肩身が狭そうな感じで放置されていて、棚の側面に記してある「薬草」という文字も、だいぶ古いせいか掠れてしまっていた。
どうやら、薬草を研究する気力があったのはスーリアさんだけだったらしい。
でもまあ……いつか必要になるものだから……と思って生涯で目が出るかも怪しい研究に身を捧げられる人は少ないだろうから、俺はこの扱いを責められない。
誰にだって生活はあるし、王族や王宮勤めともなると忙しいだろうしな。
それに、この不毛の大地じゃあ採取できる野草なんて探すのも大変だろうし、保存も【食糧庫】にスペースを作ってもらう権力でもなけりゃ出来なさそうだし……。
まあとにかく、今は気にしないでおこう。
「スーリア様がお集めになったものしかありませんが……腐るような管理はしておりませんので、問題はないと思います」
そうデハイアさんに言うジャルバさんに、報告を受けた当の本人は頷く。
あんだけクロウに敵意を向けていた伯父さんではあるが、仲間や同じ種族の人に対しての信頼は厚いらしい。一度信じたら結構義理堅くなる人なんだな。
できれば今後はクロウにもその義理堅さを発揮して欲しいものだが……とか思いつつ、デハイアさんに手招きされて俺は棚の薬草を一通り説明してもらった。
すべてが青い光で照らされているせいか、説明される話と少し色が違って見えたが、デハイアさんの説明は分かりやすくてすんなり理解することが出来た。
スーリアさんが集めていた野草は、どうやら体調不良を主に整える薬草だったようだな。胃腸の働きを整えたり、筋肉を鍛えるだけではどうしようもない内臓の不調を緩和したりするものがほとんどだ。
ふーむ……人族の大陸と比べて、えらく実用的な薬草が多い気がする。
……というか、人族の大陸に生えてる野草がファンタジーすぎるのかな?
いや、獣人大陸は鉱石が特殊なのばっかりだから、そこでバランスが取れているのかも知れない。そもそも、草が生えない地域だしな……ここって。
もしくは、呪術的な草は一般的な獣人が扱えないから保存しなかったのかも。
「どうだ妹よ。使えそうな薬草は有るか?」
「うーん……難しいとこです……だな。でも、ストレスで体調が悪くなったりする人が出るかもしれないから、胃腸を整えるコレとかコレなら育てても不満が出ないんじゃないかな」
「すとれす?」
「あー。えーと……戦の時に緊張しすぎて内臓の具合が悪くなること」
真面目に考えてたせいで、ついうっかり英単語が出てしまった。
テーブルとかレストランとかこの世界でも通じる単語はあるんだけど、通じないものが圧倒的に多いから使わないようにしてるんだよな……。
そこんとこの違いは未だに判らないけど、まあ考えない方が健康にいい。
……そういえば、あいつらの【アジト】だって俺の世界の外国語だよな。
ほぼ同じ意味だったみたいだけど、彼らはどこでその単語を知ったんだろうか。
【教導】ってヤツが住んでた場所の言葉なのかな。だけど、ブラックも知らないような感じの顔だったし……ブラックが知らないってことは、メジャーな単語じゃないってことだよなぁ。ううむ、そもそもあいつら、いったい何なんだろう。
何が目的で【黒い犬のクラウディア】に協力しているのかいまだにわからん。
でも、聞いたってあのテの奴らは本当の狙いを話しそうにないからなぁ。
…………ホントに、なんなんだろう。
考えても分からないことだらけだ。
未だにあちら側にいるケシスさんや冒険者達がどうなってるか心配だし、あの巨大ヤドカリを倒すだけで戦が終わってしまえばいいんだけど。
そうしたら、畑を急いで作る必要もなくなるし、王都の人達が不安になることもないんだけどなぁ。でもそんなの叶わぬ願いか。
内心溜息を吐きつつ、俺は次に果物などが保管してある棚に案内されて、いくつか流通量が多くて保存がきく果実や野菜を選んだ。
そういう果物や野菜は大抵育てやすくて収穫量も多いだろうからな。
俺の常識が通用するかは分からないけど、とにかくやってみよう。
そんなことを考えつつ、持ってきてもらった大きな背負い籠にポイポイと必要なモノを入れ込んでいると……横からクロウがそそそと近寄ってきた。
「ん? どうしたクロウ」
「ツカサ……コレも必要だと思う」
そう言いながら差し出してきたのは、なんというか……ドラゴンフルーツに似た形の不思議な果物。ほとんど赤っぽい桃色で、ところどころ小さな円形でくぼんでいる。
卵型だから何かの卵にも見えるけど、果実なんだよな。何の果実なんだろう。
「これなに?」
「カージャという」
「果物……だよな。カージャって、わざわざ選ぶくらい美味しいのか?」
うん、いや、待てよ。
カージャって何度か耳にしたような気が……。
「いやまあ、食っても美味いが……これは水と一緒に壺に入れて冷暗所に置いておくと、酒になるのだ」
「あっ……そういえばカージャ酒って何度か聞いた……って酒かよ!! そんなモンを大事にしてる場合か!!」
それなら他の腹に溜まる植物の方が良いだろうが、と、言おうと思ったのだが。
「いえいえ、カージャは大事ですよ。酒が無ければ獣人は戦えません」
「そうだぞ妹よ。獣人は酒と肉が無ければ機嫌が治らない。良い嫁になるためには、酒が必要なこともしっかり覚えておけ」
「ヌゥ……酒……」
あーもーいっぺんに喋らないでください熊おじさんズ!!
っていうかクロウはシュンとしないの、耳伏せない! そんなあからさまなぶりっ子で俺がキュンとすると思ったら大間違いなんだからな。
…………お、大間違いなんだからな!
「あーもー分かった分かりました! 持っていくから静かに! じゃあもうこれくらいで良いですよねっ、畑ってどこに作る予定なんですか!」
「ああ、そうでしたね。とりあえず……ということなので、客室の一部屋を潰して土を入れてみましたので、試してみてください。さあこちらです」
ニコニコしながら外へ出ていくジャルバさん。
……なんか、今、とんでもないことを言っていたような気がするが、俺の聞き間違いだったんだろうか。客室一部屋潰して畑にしたとか言ってなかったか?
いやそんな、まさかな。
「アイツ、本当に実益が出そうなときは容赦ないな」
「ヌゥ……ナーランディカ卿は昔から無駄なものから壊しがちだからな」
ああ、クロウ達が何とも言えない顔でジャルバさんの背中を見ている。
そうかぁ……やっぱり部屋ひとつぶっ潰して畑にしたのかぁ……。
ジェントルマンなおじさまってイメージが強すぎたせいで驚いてしまったが、あの人もクロウと同じ種族なんだからそりゃ豪快なところだってあるよな。
それにこれは、食糧危機に陥らないようにするための緊急策なんだし……そりゃ、多少強引になっても仕方ないか。
でも、なんかもうジャルバさんのイメージがちょっと違ってきちゃったな。
ニコニコしながら巨大な金槌もってるイメージになっちゃった……。
「なあクロウ、ジャルバさんって実は意外とイケイケゴーゴーな感じの人なの?」
なんか古臭い表現のような気もするが、これ以上ない形容だと思う。
その問いに、クロウは少し空を見上げて頬を掻いた。
「……まあ、その……昔から、自分のモノや自分が管理する財物に関しては、非常に多種多様な力を使って死守するような性格ではあったな……」
クロウは柔らかく表現してはいるが、それってつまり財産を守るためならば手段を選ばない人ってことなのでは。
わりと守銭奴……いや、この場合は守財奴?
「とはいえ、ジャルバは優秀ゆえ信頼も厚い。使っていない部屋を一つ潰したのは、陛下の許可あっての事だろう。だから心配することはないぞ妹よ」
「う、うん……」
カウルノスといいジャルバさんといいデハイアさんと言い、なんでこうクロウの一族は少し風変わりな人が多いんだろうか。
いや、王族ってのはそもそも変わり者が多いんだろうか。
俺が出会った中でごく普通の感じの王族っていうと、常冬の地であるオーデル皇国で出会ったアレクと、仲間であるシアンさんくらいしかいないような気が……。
…………ふ、深く考えないようにしよう。
今は、植物が育てられるかどうかが重要だ。
そう思いながら食糧庫を出て、俺はクロウを見上げて言った。
「とりあえず、色々試してみよっか。またあの時みたいに力を貸してくれよ、クロウ」
あの時……さきほどふと思い出した、常冬の国で一緒に畑に力を与えた時のことを思い出してクロウを仰ぐ。
すると、クロウも丁度そのことを思い出していたのか、ふっと笑って頷いた。
「ム……。まかせろ、ツカサ。あの時以上にオレは頑張るぞ」
そういえば、まだあの時は……こんな子供っぽくて嬉しそうな笑みを向けてくれる事も少なかったような気がする。
なんだかんだで、お互い遠いところまで来ちゃったよな。
だけどそう思っても少しも嫌じゃないし意外とも感じないのは、きっと色んな出来事を一緒に乗り越えてきたからなんだろう。
そう考えると、なんだか妙に心が浮ついて少し照れ臭かった。
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