異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

40.枷を嵌めた獣

 
 
「い……いつの間に……」

 気配に鈍い俺が「気付かなかった」と言っても仕方がないが、今回はブラックも完全に気が付いていなかったのか驚いているようだ。

 数十メートル先の気配すら感じ取れるはずのブラックですら、この大勢の冒険者達を認識できなかったなんて……これはどう考えてもおかしい。

 まさか幻覚かとも思ったが、しかしそんな感じじゃないんだよな。だって、その、何か冒険者の人達の息遣いが感じられるというか……その……あんまりハッキリ見たくはないんだが、彼らはみんな頭を傾げて、白目になりつつ鼻やら口やらからドバドバと液体を出しているって言うか……。

「ぞ、ゾンビ……死んでないゾンビだこれ……」
『ぞんび?』

 俺の足にしがみ付いているクラウディアちゃんに聞かれるが、ゾンビなんて言葉を教えたら余計に怯えさせるので説明できない。
 ともかく、こうなると今の状況はヤバい。

 まだ距離があるが、俺らはブラック達と離れてしまっている。
 でもブラックも恐らく【教導】から目が離せないだろう。……この冒険者達は、アイツの一声で出現したんだ。

 どういうカラクリなのかは分からないけど、また何か起こるとしたら絶対に【教導】と仮面の二人が動いた時だろう。目を離すなんてもってのほかだ。

 ブラックは無暗に動けない。
 だとしたら、俺は逃げ場を探して早くコイツらが近付いて来ない所にいかないと。
 ……とはいえ……どうしたものか……。

「…………」

 俺は巨大な柱に背中をひっつけて後ろを取られないようにしながら、未だに動くこともなく、その場で群れているだけの生きてるゾンビから少し距離を取る。

 そして周囲を見回したが、逃げ出せるような場所は周囲に見えなかった。

 目的もなしに走り回るのは危険だし、逃げられる保証もないのに体力を消費して、この広い場所を逃げ回るのは得策じゃないよな。
 それにこの場所……明るいと言うのに遠くの風景がなんだか茫洋として見えにくいし、万が一行き止まりにでも当たればヤバいぞ。

 でも、離れていろを言われたのに、ブラック達の傍に行ってもいいものか。
 俺達が足手まといにならない保証なんてどこにもないのに。

 そう考えて迷うが、そんな俺達の動揺を愉しむように【教導】は笑った。

「ふふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃあないですか。彼らは人族……君達の仲間ですよ? 生きている存在なんですから、怖がっては可哀相ですよ」
「なにが、だ。最初から意識を奪って操っておいて……!」

 【教導】の人を人とも思っていない言葉に、ブラックが言葉を吐き捨てる。
 そうだ。コイツが船で運んできた冒険者や傭兵達は、みんなどこか様子がおかしかった。まるで薬でも嗅がされたみたいにぼうっとして、正常な判断が出来ずに、人の言う事を素直に聞いてしまうような変な感じになってたんだ。

 そんな中で正気だったのは、アクティーと【教導】達……それに、冒険者代表として雇われていたケシスさんと獣人の緑狼だけだ。

 あまりにもマトモな人数が少ない。
 これで平然と冒険者達を使っていたのだから、操っていたと言われても仕方がないだろう。というか、絶対そうだろコイツら!!

 結局薬でやったのか術だったのかは分からないけど、熟練の冒険者や傭兵が俺達に捻りもない襲撃を仕掛けてきたのを考えると、そうとしか思えない。

 ……だってのに、相手は余裕の笑みを浮かべていて。

「おや、何故そう思われるので? これは、彼らが望んでやっていることであると思わないんですか。獣人などという闘争が大好きな相手と戦うために、敢えて、こんな風に理性を失くした獣のようになっている、と」
「…………お前は余程人の心を逆撫でするのが好きなようだな」

 これにはクロウもあからさまに不機嫌そうな声を上げる。
 いや、そうだよな。これってつまり、獣人に対して「お前達はこうだろ?」って言ってるようなモンだし……立派な侮辱だよこんなの。

 でも、またもや理由も意図もはぐらかされてしまった。
 このまま問答を続けていても、相手の思う壺にしかならない気がする。

 ……ブラック達も、怒っているように見えるが、実際は会話から状況を打開する糸口を探ろうと思っているんだろう。けど……相手が悪すぎる。

 口が上手いブラックですら、苦手に思う存在なのだ。
 この【教導】という男は、きっと口を滑らせることは無いだろう。

 だとしたら……今の状況って、マジでやばいんじゃ。
 いくらなんでも、ブラック達だって何もしてない冒険者は斃せないだろうし……。

「それよりもお二方、今の状況をどう思いますか。何とも悩ましいと思っているのではないですか? どう状況を打破しよう、どう切り抜けよう……と」

 そう嘯きながら、大げさに両手を広げて同意を得ようとする【教導】。
 大げさな芝居にブラック達は不快そうに身じろぎをしたようだったが、相手は構わず大仰な身振り手振りで続けた。

「流石にこの数百人の哀れな同胞を殺すのは、貴方がたも忍びないでしょう? 彼らは、人を殺してもいないし何かを奪ったり襲ったりしたわけでもない。ただ、街の壁を延々と攻撃し続けていただけだ。そんな人々を、排除できますかねえ」
「……何が言いたい」
「簡単な話です。取引をしませんか」

 ああ、やっぱりそういう話か。
 俺は柱に背中を引っ付けたまま、ゾンビ(仮)達から距離を取りつつ、【教導】から姿が見えないだろうギリギリのところまで移動した。

 こちらの方が【教導】達の動きをよく観察できる。
 覗き込む間にも、彼らはブラック達を見てニヤつきながら手を動かしていた。

「取引……?」

 ブラックの訝しげな声が聞こえる。
 その声に――――【教導】は、俺達が思ってもみない事を口にした。

「ええ、とても簡単な話です。どうやら貴方がたは、我らの首領とお話がしたいようだ。でしたら……あそこにいる黒髪の少年を私達に渡して下されば、我らの首領がお体を休めている場所にご案内しますよ」
「えっ……!?」

 な、なに、急に。なんて?
 今アイツ、俺を寄越す代わりに面会させてやるって言った?

「なんだそのふざけた条件は……!」

 ブラックの声が、また怒りに染まって低く殺意のこもった声になっていく。
 これは、いけない。

 だが俺が行動するより先に、【教導】は更にブラックを煽るかのような言葉を

「ふざけた、なんて……実に心外ですねえ。私は至極真面目ですよ? この取引は、我々にも充分な“利”がある。だから提案したまでです」
「ツカサをお前達に預ける事なんて出来るか!!」

 ブラックが爆発するより先に、クロウが吠えるように返す。
 だが【教導】は怯えもせず、それどころか挑発するように俺をちらりと見た。

「そうですか……。なら、私はこの場の冒険者達に命令しなければいけませんねえ。友好的でない相手は、この大陸の掟に従って排除しなければならない。そもそも、私達の首領に近付こうとする不逞の輩なのですから……そのくらいはしなければ……幹部として、示しがつかないでしょう? ねえ」
「その通り! 幹部は敵を排除してこそですよ!」
「その通り! 幹部は味方を守ってこそですよ!」

 仮面の男達が、ふざけて続ける。
 ……どう考えても、俺達の事を小馬鹿にしていた。

 こっちが“何もしてない”うえに“操られている”人を攻撃できない事を見透かして、あんなふざけた取引を持ちかけてきたんだ。
 完全に、俺達を舐めている。

 だけど今の状況ではどうすることも出来ない。

 俺は、ブラックに「大きな術を使わないでくれ」と言われているし、体の異変に不安が残るから使う事が出来ない。
 それに、あの“痛み”の原因が何かわからないと……暴発しそうな気がする。

 ブラック達やクラウディアちゃんだけでなく、操られてる冒険者の人達を巻き込む事は絶対に避けなければならない。

 だからといって、ブラックとクロウが冒険者達を抑えるのも難しいだろう。
 そもそも、俺達のゴールであるアクティーの居場所がどこか分からないのだ。

 得体のしれない【教導】達に気を付けながら冒険者を相手して、そのうえでアクティーを探す……なんていうのは、不可能に近い。
 それはブラック達も分かっているはずなのだ。

 だけど、俺の事を仲間だと……こ……こい、びとだと……思ってくれてる、から……二人とも庇ってくれている。それに、たぶん……何もしていない人達を斃すことを俺やクラウディアちゃんが嫌がるから、敢えてやらないように考えてくれているんだ。

 二人に余計な枷を付けてしまっているのが自分だと考えると、余計に焦りが湧くが――――ここで俺が「取引する」と言っても、ブラック達に心配をかけるだけだろう。

 俺が出て行っても、なんの解決にもならない。
 どうにか突破口を見つけ出さないと。

 きっと、あの【教導】の取引だってブラックをからかってるだけだろうし。
 アイツらがなんで俺を欲しがるのかなんて……――――

『お兄ちゃん、うしろ!!』
「え……――――」

 なに。クラウディアちゃん。
 後ろ?

 ――振り返って、そして、見やったには。

「…………」
「ぇ……あ……アンタ……ヨグトさ……――――」
「……すまない……」

 目深に被ったローブのフードから見える顔は、間違えようもない。
 いつも悲しそうで、ラトテップさんに少し似ている……鼠人そじん族の……。

「ツカサ君!!」
「おっと、困りますねえ。事が済むまでもう少し待っていてくださいよ」
「ッ!?」

 背後で、刃物がかち合う鋭い音が聞こえる。
 まさかブラック達に誰かが襲い掛かったのか。でも、誰が。

 咄嗟に振り返ろうとするが、足が急に宙に浮かぶ。
 いや、浮かんだんじゃない。これは、俺の体を誰かが抱えたんだ。

 でも誰かなんてもう分かり切っている。
 逃げようと身を捩るのと同時に相手を振り返ると、ヨグトさんがじっと俺を見つめていた。……こんなに暴れているのに、汗一つも掻かない冷静な顔で。

「……すまない、ツカサ君」
「わっ、うわぁ!!」

 謝られた寸時、体が浮く。
 何事かと息が引っ込んだが、それが落ち着く暇すら相手は与えてくれない。

 気が付けば俺は、逆さまになり……
 天井を走るヨグトさんと同じく、逆転した世界を見つめていた。












 
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