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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
21.例え言葉にならない想いでも
◆
鉱山労働で怪我をした【獣人奴隷】とは、俺が助けた、あの大部屋の【守護獣】達の事だろうか。あの時は「異世界の可愛いモンスター」だとしか思ってなかったし、彼らが獣人であると考えても無かったけど……クロウの話を聞くと、彼らが置かれていた状況の酷さに、改めて嫌悪感がこみ上げてくる。
【隷属の首輪】は通常モンスターや【守護獣】にしか装着できないのだが、クラレット達は「獣人も半分はモンスターである」という性質に目を付けて、その厳格な制限を掻い潜る抜け道を発見したのだ。
だから、クロウ達や路頭に迷った獣人達に近付き、次々に首輪を嵌めて強制的に働かせていたんだよな。
あの首輪さえあれば、獣人はその高い身体能力ですら満足に振るうことが出来ず簡単に奴隷にさせられてしまうのだから。
…………とはいえ、主人が使役する獣人よりも弱くて、その力の差がかなり開いている場合、【隷属の首輪】の効力は弱まって逃げられる範囲が増すらしいので、アイツらもクロウ達を完全には扱いきれなかったみたいだけど。
だから、スクリープさん達だって最終的に檻に入れられてたんだよな。
クロウも……最初は、檻に入れられていて熊の姿のまま丸まってたんだ。
とはいえ、俺がクロウの「ヒトの姿」を初めて見たのは、パルティア島の森林保護区だったんだけどな。あの時はクロウが獣人だなんて思ってなかったから、ヤケにワイルドな監視員がいるなみたいな気持ちでしかなかったけど……。
そう考えると、やはり申し訳なくなってくる。
あの時も考えた事だけど、保護区にクロウが逃げてきたときに俺が声をかけていれば、もっと早くスクリープさん達を助けられたかもしれないんだ。
……後悔ばかり言っても仕方ないけど、クロウの苦難に満ちた過去を聞かされたら、そう思わずにはいられなかった。
今、こうして傍にいるからなおさら。
「ツカサがそんな悲しい顔をすることはない。……今までの記憶と比べれば、鉱山での労働などオレには苦もなかった。……だが、部下達が倒れるのはさすがに辛くてな。……過去の事も相まって、自分はどうでもいいから部下達を逃がさねばと、そればかり考えて無駄にいきり立っていた気がする」
「無理もないよ。だって、クロウはずっと、スクリープさん達のことを大事に思ってたんだから……」
【常闇の砦】で次々に部下を失った時に、クロウの心は一度壊れた。
その時の事を考えたら、今度こそ部下を死なせたくないという強迫観念に駆られて、一層人族を敵視したり攻撃的になってもおかしくはない。
むしろ、そうでもしないと……また心が傷ついてしまう。
最初あんなに攻撃的だったのは、やっぱりそういう理由があったんだな。
そう思いながらクロウの顔を見ると、相手は俺が何を考えているかを察したのか、少し悲しそうな顔をして、俺の肩に顔を押し付けてきた。
ぎゅうっと押し付けられたところから、熱い吐息が染みこんでくる。
「すまない……。いま考えれば、ツカサにとんでもない八つ当たりをしていた……っ。お前は、ずっと……ずっと最初から、オレ達獣人に優しかった。スクリープ達にも威嚇されただろうに、それでも傷を治してやって……オレに犯されかけても、あんな風に、オレ達のために行動してくれた。そんな優しいお前に、オレは……っ」
「…………」
――そんなことないよ、と、言っても……クロウは納得しないんだろうな。
あの時……暗いトンネルの中でクロウに襲われた時、最後の砦まで攻略されてたら、そりゃ俺だってクロウを怖がっていただろうし……今みたいに、抱き締めも許さなかっただろう。
でも、クロウは俺が情けなく泣いた事を笑いもしなかったし、すぐに俺が敵じゃないと分かってくれたじゃないか。だから俺は、今もアンタと一緒にいるんだよ。
最初は確かに怖くなるような出会いだったかもしれないけど、ずっとアンタの事を慕って「助けて欲しい」と言ってくれるような仲間がいたじゃないか。
その仲間たちの願いを聞いたから、俺はアンタを助けようとしたんだよ。
人間を信用できなくなるほどの酷い事をされてきたのは事実だし、だから……俺は、あの時の事はもう何も思っちゃいない。
クロウに対する気持ちは、ずっと変わってないよ。
「……クロウ。今の俺、そんなに怖くてガタガタ震えてる?」
そう言うと、相手は「ハッ」と息を呑んで顔を上げた。
間近に、虚を突かれたかのような褐色の顔が見える。俺は少し体を離して、横から覗き込んでくる相手を正面から見据えた。
クロウは、子供みたいに不安そうな顔をしている。心なしか、橙色の瞳も泣きそうな色で潤んでいるみたいだ。
……こういう時ばっかり、素直に感情が出るんだから。
そんな相手に少し「ずるいなあ」と思ってしまったが、嫌な気持ちにはならず、むしろ苦笑が浮かんできて、俺はクロウの頬を両手で包んだ。
「ツカサ……」
「俺に対しての気持ちって、申し訳ない……だけ? 俺は、アンタのこと考える時の気持ちは……そういうのじゃないんだけどな……」
……う……ちょっと、恥ずかしくなってきた……。
なんでこうサラッと言えないんだろう。やっぱり俺はイケメンじゃないからなのか。
イケメンなら、こんな時も相手を不安にさせない事を真面目に言えるのかな。
でも……ここで、何も言わないのは違うだろう。
クロウは俺に対して申し訳なく思ってくれてるけど、俺はもう、昔の話なんてどうでも良いんだよ。アレは仕方のない事だったし、俺も気にしてない。
それよりも今は、クロウの心の方が心配で仕方ないんだ。
恋人でも何でもないのに「ずっと一緒に居たい」なんて……そんなワガママな願いを受け入れてくれたのに、何で今更そんな相手を嫌おうと思うんだよ。
むしろ俺の方が、我慢させてないか申し訳なく思うくらいなのに。
なのにアンタは昔の事までずっと引きずって……。
「……じゃあ、ツカサは……どういう、気持ちなんだ……?」
誘い受けみたいな言葉に、クロウが引き寄せられる。
自分で言っていて恥ずかしくなったのに、そこに乗られるとまた余計に恥ずかしい。言わなければ良かったという気持ちも湧いてきたが……けど、今まで自分の過去を正直に話してくれたクロウに対して、俺は嘘をつきたくなかった。
……クロウが、今までの苦しくてつらい過去を全て語ってくれたのなら、俺だって――――その真剣な思いに、正直に答えるべきだろう。
それは俺にはだいぶ難しい事だったけど。
でも、息を吸うと、俺は覚悟を決めて……クロウに素直な思いを告げた。
「…………こういうの、あんまり大人のオッサンにいう事じゃないと、思うけど……」
「……」
「でも、俺……アンタのこと……可愛くて、仕方ないんだと思う」
「っ……!?」
思ってもみない言葉に、クロウの目が真ん丸に見開かれる。
心なしか褐色の頬が赤くなっているような気がしたけど、それを確信すると俺の方まで恥ずかしさが増してしまいそうだったので、俺は気付かぬふりをして続けた。
「もちろん、その……すき、って、気持ちもあるけど……でもさ、ずっと一緒に居たら、甘い物大好きで、いっつも甘えてきて、そのくせ遠慮がちでさ。……熊の耳がついているからってのもある気がするけど……でも、そのさ、クロウのそういう優しすぎる所とか、俺達のことをずっと大事に思ってくれる所が、俺……好き、なんだ」
「ツカサ……」
「な、なんかまとまってなくてごめん……。けど全部ホントの気持ちだから。可愛いって思っちゃうのも、色んな所が好きなのも、ずっと一緒に居たいって、おもってる……とことかも……」
ああ、もう。何を言ってるんだろうか俺。
我慢しようと頑張ってたのに、顔がどんどん熱くなってくる。熱が一気に頭の方へと上がってきてるのが分かって、見えなくても自分が真っ赤になってるのが分かった。
でも、だって、仕方ないじゃないか。
難しいんだよ。ブラックとの関係を表現するより、難しかったんだ。
恋とかじゃないなら、どういう気持ちなんだろう。
体を許してまで抱きしめたいと思うのは、恋や愛となにが違うのか。
俺には分からない。でも、クロウにはしてやりたいと思っちまうんだ。
ブラックへ向ける特別な感情とは違う、別の気持ちがクロウにはある。それは、多分ブラックと付き合っていても、同じように再現できない感情で……。
だから、俺は……クロウと、ずっと一緒に居たいって願ったんだ。
ブラックと仲良くしてるアンタも、俺に優しくしたり甘えてくるアンタも、ちょっと強引で押しまくってくるアンタも、俺にとっては全部大事だ。
嬉しそうにしているクロウを見るのが、俺は好きなんだよ。
だから、楽しそうにしてるアンタのことを、ずっと見ていたい。
いま俺達といて幸せだと言ってくれるのなら、ずっと。
それが「愛」だと言うのなら……きっと、俺がクロウに抱いているのは、ブラックへの思いとは違う「愛」なんだろう。
家族愛とも仲間愛とも違う特別な思いを、俺はクロウにも感じているんだ。
他の感情とは比べられないくらいの、不思議な感情を。
…………そんなの、面と向かって言えないけど。
俺の頭じゃ、あんな拙い言葉でしか表現できないけど……それでも、理解して貰えないだろうか。自分でも表現しきれない感情を、受け取って貰えないだろうか。
自分の語彙力の無さに切なくなってきて、つい拳を握りしめてしまったが――――そんな俺に、クロウは明確に顔を歪めると……今度こそ強く、抱き着いてきた。
「――――ッ……!」
「ツカサ……っ、ツカサ、つかさ、ツカサ……っ、グ……ぅウ゛……」
ずる、と、鼻を盛大に啜る音が何度も何度も聞こえる。
ほとんど聞いた事のない、クロウの涙でおぼれた声。俺の前だけでは感情を素直に顔に出してくれるクロウでも、滅多にここまで泣かないんだ。
……それくらい……分かってくれたと思って、良いんだろうか。
クロウが喜んでくれていると、うぬぼれてもいいのかな。
「…………」
そっと、相手の大きな背中に手を回すと、また抱きしめる力が強くなる。
もう骨が軋みそうなくらい強く抱きしめられていて、正直体がギシギシして痛かったけど、クロウに文句を言う気にはなれなかった。
泣いてくれた理由が「嬉しかった」からなら、俺も嬉しい。
クロウが今、ここで素直に喜んでくれることが、何より嬉しかった。
「っ……ぅ……ツカサ……ずっと、最初から……っ、優じぐで……っ……だがら、お、オレっ、は……っ、お゛れ、は……っ」
「うん……。ゆっくり……ゆっくりで、いいから……」
しゃくりあげ、ずびずびと鼻を啜る、まるで子供みたいな中年の熊獣人。
でも、外ではこんな風に泣けもしないだろう。クロウも立派な大人だからな。だから、俺は根気よく相手が落ち着くまで待ってやることにした。
広すぎる背中をぽんぽんと叩いて、子供をあやすみたいに宥めてやる。
すると、数分経った頃ようやくクロウは最後の鼻の一啜りを漏らし、そして……泣き疲れてしまったのか、俺を抱えたままベッドにゴロンと寝転がってしまった。
少し拘束が緩んだことで、俺はクロウと向き合う形になる。
再び相手の顔を見やると、よほど涙でふやけたのか、クロウの目元や鼻には赤みが差していた。それがなんとも痛そうで、俺はついクロウの目尻を指で撫でる。
それが気持ち良かったのか、クロウは目を細めて熊耳をピクピク動かすと、再び俺の方を見てフウと鼻から息を吹いた。
「お……オレは……ツカサの全部が……好きだ。愛している」
「……っ。な、なにいきなり……」
「いきなりじゃない。ずっと……ずっと、思ってたんだ。初めてだったから。……あんな風に、オレに優しくして……受け入れて、くれたのは……初めて、だったから……」
いつも以上に子供のような口調で、クロウは繰り返す。
その必死な言葉に瞬きするだけの俺に、相手は意を決したように話し始めた。
俺と出会った時からのことを。
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