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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
29.どんな姿でも貴方なら
◆
……正直ちょっと、びっくりした。
いや、だって、物凄い刺激で頭がチカチカしかけてる時に、いきなりクロウが「魔王モード」になっちゃうんだもんな。しかも、かなり興奮した感じで……。
だから最初は驚いたんだけど……顔を見ていると、どうにも突き離せなくてなぁ。
だってさ、あの時のクロウは……本当に泣きそうな顔をしてたんだもん。
しかも、なんか……すごく、苦しそうで。
だから俺もワケわかんなくなっちゃって、あ、あんな、ちょっと恥ずかしい提案とか、しちゃったんだけど……。
…………なんつーか、冷静になると何言ってんだってなっちゃうな。
ギュッとして、だなんて俺が言えるガラかよ。女の子とか美少年が言うのならまだしも、俺はどうしようもなくモテない男なんだぞ。
切羽詰まってたとはいえ、もう少し恥ずかしくならない抑え方をすればよかった。
せっかくクロウが全て曝け出してくれたってのに、男らしい慰め方も出来ない自分が不甲斐ないよ。こういう時は、男らしく抱きしめてやるのがスジだろうに。
なのに俺ってば「ぎゅっとして」って……ああ、穴が有ったら入りたい……。
……でも、結果的にはクロウも治まってくれたみたいだし、良かったのかな。
あの時のクロウは、その……が、我慢が出来なくて、挿れちゃいそうだとかナントカ言ってたし、実際そんなことしそうなくらいヤバそうだったんだ。
俺も途中からしかハッキリ覚えてないんだけど、とにかく目がバッキバキで、興奮しすぎてたのか鼻血も出すわ血管も浮くわ鋭い牙で歯を食い縛るわで、正直クロウが白目を剥いて卒倒しちゃうんじゃないかってくらい極まってたからな……。
あんなに黒目が小さくなってヤバい動き方してるクロウ、初めて見たよ。
ちょっとトラウマになりそうなキレ顔だったので、思わず俺も混乱してあんなことを言ってしまったが……結果オーライで良かった。
魔王モードって、確かクロウの感情も行動も欲望優先になっちゃうんだっけ。
だから、激怒したりするとああなって、周りが見えなくなる……とか、クロウは言ってような気がする。性欲の場合だとああいう感じになるんだろうな。
あんな凄い顔をして、汗も涎もだらだら垂らして、お預けを食らった犬みたいに息を荒げながら……あの……デカブツを、すり寄せてくるっていうか……。
でも、そんな欲望丸出しになっても結局理性で打ち勝ったんだもんな!
クロウは本当に凄いよ。俺だったら黒目が点になった時点でもう耐え切れないぞ。真面目にヤッちゃったか、我慢の末にチンコが爆発してた気がする。
…………けどまあ……あの時の凄い顔をした魔王のクロウは……橙色の曜気が体中からオーラみたいに迸ってるのが、集中しなくてもわかるくらいで……ちょっと、戦闘中にゾーン入ったキャラみたいで格好いいかもと思ったのはヒミツだ。
うん。絶対秘密だぞ。
だってそんなこと言ったら俺が大変な事になりそうだからな。
やっとのことでクロウも落ち着いたのに、寝た子を起こしてたまるか。
つーか、恥ずかしくて言えないし……。
……いや、話がそれたな。
まあその、なんだ。
ともかく色々大変な一夜だったが、なんとか俺達は乗り越えたってことだ。
クロウもすっかり落ち着いて、元に戻……ってはないな。
俺が疲れ果てつつも頭やツノを撫でるのを気に入ってしまったのか、クロウは魔王姿のままで、俺に抱き着いたまま甘えて今もそのまんまだし。
後処理の時だって、目に見えてウキウキな様子でシーツも取り替えるし、俺の体を拭くのを手伝ってくれたもんな……。
暖かいお湯を持って帰って来た時、何故か顔が物凄い腫れてたけど、それも今の姿だとへっちゃらなのか、数分で治っちゃったし。
クロウは「愛の力だ」とか大真面目に言ってたけど、どう見ても魔王モードの恩恵だよなアレは。それとも【グリモア】の力なんだろうか。
そういえば、クロウがまだ興奮を抑えられなくてヒンヒン泣いてる時に「グリモアの影響で我慢が出来なくなった」と言ってたな。
……もしかして、【銹地の書】を取り込んだから、性欲が爆発したんだろうか。
いや、だってさ、【グリモア】って……【黒曜の使者】から無尽蔵の曜気を取り出せるから、それが気持ち良くなって取りまくった結果【黒曜の使者】を殺す……っていう、最悪のサイクルを送るように、誰かさんが設定したらしいじゃんか。
だとしたら、クロウがその衝動に飲まれかけてた可能性もあるよな。
【グリモア】ってのは、欲望や悪心を増幅する効果もあるらしい。
ヒトの形をした四つの種族の中でも欲望が強い獣人族のクロウには、その増幅が強く効き過ぎてたのかも。
そう考えると……やっぱり、クロウの精神力ってヤバイくらいに強いな。
あれだけ色々バッキバキだったのに、最後は抑えきってたし……。
うーむ……さすがはクロウだ。
やっぱり、魔導書に選ばれるだけあるよな。
能力も超一流だけど、精神力も人一倍なんだ。そういう強さもあるから、他の曜術師よりもワンランク上にいるんだろう。
クロウも曜術師の試験を受けたら、一級以上の実力だよ絶対。
なんせ、何だかんだでブラックも欲望の抑制は出来てるからな。
そういう能力が高いのも、強い曜術師の条件の一つに違いない!
……まあ、ブラックは普段ならスケベ心丸出しだけど、いざって時は怖いほど冷静だし……俺に対しては常にキャピキャピしてるけど、頭の中では色んなことを考えてるからな。
何かを考える時のブラックは、探偵かって思うくらい頭がキレるし。
だから、クロウもそういう強い理性を持ってるってことだろう。
あれ。俺、何故かブラックを褒めているような気がするな。なんか悔しい。
「ツカサ……何を考えてる?」
「え? あ、うん……クロウは、魔王モードでも理性をちゃんと保てて偉いなって」
ちょっと思考が斜めに進んでしまったが、概ねそういう内容だ。
そんな俺の言葉に、ベッドの上で俺の膝に甘えていたクロウは嬉しそうな顔をして熊耳を大いにぴるぴるさせる。
今のクロウは、長く膨れたモサモサの髪を背中に流し、ツノもそのままだ。
でも、俺を見上げてくるその顔と熊耳は……正直、可愛い……。
…………ぐうっ、く、くそうっ。
相手の顔は間違いなくオッサンなのに、なんでこう思っちまうんだ俺は。
でも仕方ないじゃない、やっぱケモミミは可愛いんだもの。
ぴるぴる嬉しそうに動いたら、そりゃ和んじゃうもの……ッ!!
しかも、しかもさあっ!
今はツノまで生えちゃってるしい!
格好いいんだけど、やっぱこういう感じで甘えてくると可愛く思えてしまう。
ああもう、俺の節操なし。動物ならなんでもいいのか。
こんなんだからオッサンまで可愛いとか誤作動起こしちゃうのに。
「オレを褒めてくれるのか……! んふ……嬉しいぞツカサ……」
上着を脱いで部屋着になったクロウのお尻のあたりからは、馬の尾のように長くてボリュームのある尻尾が生えている。
でも、細い毛ではなくてある程度束になった毛が集まった感じだ。
そんな不思議な尻尾は、クロウが喜ぶとパタパタ動き――――触手のように、その毛束の一本一本がうねうね動く。
……どうも、魔王モードのクロウの尻尾は触手のように使えるらしい。
怖いのであえて何も問うていないが、多分人も楽々捕まえられるだろう。
ま、まあ、今は嬉しそうにパタパタしてるだけなので良いよな。うん。
ともかく……熊ではあるんだけど、こうして見るとやっぱりちょっと違うのだ。
尻尾もそうだが、爪とか肌の紋様とか……あと、肩や肘を覆っている菱形の黒くて艶やかな外殻みたいなパーツとか……。
一部だけ出現しているこの外殻は、一体なんなんだろうか。
もしかして本気になったら鋭利なツノになるのかな。
色々気になるところだが、今はもう疲れていて積極的に質問も出来ないや。
教えて貰っても、ぐっすり寝たらきっと忘れてしまうだろう。
今度教えて貰わねば……と思いつつ、壁に預けていた背中をずりずりと地面の方へ動かすと、クロウは俺が寝転がるのを感じ取ったのか、手伝うように俺の体を下へ引っ張った。しかし、離れる気はないようで、今度は俺の腹に頭を乗せてくる。
「ぐえ。クロウ、頭重いぞ」
「ツカサのお腹を感じたいのだ。もっといっぱい甘えたいぞ」
そう言いながら、クロウは期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
キラキラ輝くその橙色の瞳は、俺が拒否するなんて思ってもいない。
……そんな顔をされたら……そりゃ、まあ……何も言えないよな……。
「もー……俺がつらくなったらやめろよな?」
「んぐぅ……グゥウ……もちろんだぁ……」
毛量がさらに増えてもふもふの頭を撫でて、熊耳を指で揉みツノも撫でると、クロウは気持ちがいいのか喉を鳴らす。目を細めてご機嫌の顔だ。
これじゃクマじゃなくて猫だな。
そう思い、思わず苦笑すると、クロウは嬉しそうに顔をお腹に擦り付けてきた。
「いっぱい、いっぱい甘えたいぞツカサ……。今は、甘やかしてくれ」
低い大人の声で、子供のような望みごとを言う。
それは、今まで自分を抑え込んできたクロウの偽りない願いでもあるけど……その何割かは、もしかしたら……しばらく離れ離れになるからかもしれない。
……クロウは、【銹地】を完全に操るために、今まで自己流だった曜術ではなく本来の物を学ぶため、しばらくこの大陸に残る事になった。
今のままだと、曜気が豊富な人族の大陸に戻ったら、体内に際限なく曜気を溜めこんで、力を暴走させかねない。だから、曜気が少ないベーマスで体を【グリモア】に馴らして、ちゃんとした制御方法を習うんだとか。
俺はもう既に【グリモア】だった人達しか見ていないから、そういう危険性がある事も知らなかったよ。でも、言われてみるとそうだよな。
クロウが受け入れた【魔導書】は、普通のものじゃない。
欲望や悪心に反応してその感情を増幅する恐ろしい力なのだ。
……普通に考えたら、危険物でしかないもんな……。
だから、クロウがそうしようと決断したのは仕方ない。
誇りを大事にする獣人族ってだけでなく、人に優しくて責任感が強いクロウだから、慎重に事を進める方を選んだのだろう。
とはいえ……離れ離れになると思うと、ちょっと寂しいな。
俺にとって、クロウは仲間以上に隣にいてくれる存在になっちまってたし……。
クロウとブラックの言い合いもしばらく見られないと思うと、しんみりしてしまう。
なんだかんだで、二人も仲が良くなってたから。
「ツカサ?」
猫のように尻尾をぱたんぱたんと動かしてリラックスしているクロウは、俺の顔を腹の上からじっと見つめてくる。
角度的に上目遣いに見えて、またグッと言葉を詰まらせてしまったが、俺は寂しさを振り払い「なんでもないよ」と再び頭を撫でてやった。
「そこで寝るなよ? 寝るならちゃんと横になるんだぞ」
「ンフ」
満足そうな、クロウ独特の笑い声。
雰囲気だけでなく表情も和らいで俺の腹に懐く姿に、俺は再び苦笑してしまった。
まったくもう、仕方ないオッサンだ。
…………でも、引き剥がそうなんて考えられなかった。
この姿とも暫しお別れだと思うと、なんだか離れ難くて……。
俺も、時間までクロウをめいっぱい甘やかしてやりたいと思ってしまっていたから。
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