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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
17.真夜中の遭遇1
◆
「キュー。キュッキュー……キュウ~キュー……」
「んぇ……?」
服をくいくい引かれているような感覚がして、俺は目を開ける。
まだ視界がおぼろげで、自分がどこにいるのかも分からなかったけど……なんだか周囲は暗いみたいだ。いや、真っ暗ってほどじゃないな。どこかから、光が差し込んでいる。これは……ええと……。
「キューッ」
「……はっ、ロク……!? ど、どした……」
ロクの呼び声に一気に意識が覚醒し、俺は起き上が……った、つもりだったんだが、何か重い物が邪魔していてベッドに仰向けで倒れこんでしまう。
何事かと思ったら、ブラックの腕が邪魔していたようだ。
ぐーぐーと寝息を立てる相手に腕を返し、今度こそ本当に起き上がった。
と……そこが、今まで居た場所ではない事に気が付く。
どうやら俺はアレの後に運ばれて、ローレンスさん御一行の泊まる宿に戻って来ていたらしい。……たぶん、ブラックが運んでくれたんだろう。
改めて周囲を見回すと、外がもう夜になっているのが分かった。
何時なのかは分からないけど……珍しいガラス窓からは、カーテン越しに強い月光の光が差し込んでいる。そこまで深夜ではないと思うが、多分健康的な人なら寝てる時間だろうな。
あん時は夕方より前だたから、どうやら数時間寝ていたらしい。
……そらまあ、あんなことされたワケだし……今日は大鐘楼をヒイコラ言いながら登ったりして、かなり疲れていたしなぁ。
こういう時は、回復が早い【黒曜の使者】の能力に救われてるよホント。
無かったら絶対明日は筋肉痛地獄だ。
俺が使いこなせる数少ないチートと言えよう。いや、常時バフみたいなもんだから、俺の意志で何とかしてるワケじゃないんだけども。
ともかく、帰ってきたんならそれでいい。
でもブラックの野郎、ちゃんとロクにご飯を食べさせたんだろうな。
もしかして、ロクが俺を起こしたのはお腹が減ったからかもしれない。
そこが気になってロクを見やると、相手はキュウキュウと天使でしかない可愛い声を上げながら、小さな翼でパタパタと窓の方へ向かった。
何をするのかと思ったら、ロクは月明かりに照らされながら尻尾で外を指さす。
もしかして……夜の散歩をしたいのかな?
「外に行きたいの?」
問いかけると、ロクはコクコクと頷く。可愛い。もはや世界中の可愛いをここに持って来たのかと問い質したいほどの可愛さだ。
しかし、そんな可愛いロクは窓の外をみやると、困ったように首を動かした。
「ゥキュー……キュゥ……」
「……ん? どしたの、何か心配なの?」
窓の外を見たりこちらを見たり、そわそわして落ち着かない様子だ。
そんなロクも可愛いんだけど、でも可哀相だ。何かが不安なら、理由を聞いて安心させてあげたい。そう思い、俺はベッドから抜け出し窓に近付いた。
ロクの顔をジッと見つめると、やっぱり何だか不安そうな顔をしている。
外に何かあるんだろうか。
「外に誰かいるのか?」
そう問いかけるが、ロクは首を傾げる。
だが、やはり外が気になるみたいで、キュウ……と小さく鳴きながら、訴えかけるような目を俺に向けてきた。
今はテレパシーが使えないけど、俺とロクには強い絆がある。それにより、何となくではあるが、ロクの言いたいことが俺には理解できるのだ。
むむ、これは……何かを見たわけじゃないけど、何か漠然とした不安があるって顔なんじゃなかろうか。例えばそう……何か、変な気配を感じたとか。
カーテンの隙間から外を見やると、人が消えてひっそりとした通りが見える。
特に怪しい者の気配はないが、一緒に覗き込んだロクも何者かの姿が見えないかと探しているみたいだ。ってことはやっぱり、気配くらいの感覚なんだな。
これが俺なら「気のせいだったな」と思って二度寝してしまうだろうけど、ロクは聡明で有能なヘビトカゲちゃんだからな。
俺と違ってモンスターとしての五感も優れているし、気配にも敏いだろう。
何にせよ、こんなに不安がっているんだから放って置くことなんてできない。
「キュー……」
「確かめに行こうか。ブラックを起こすから、ちょっと待っててな」
ロクの小さな頭を撫でると、俺は再びベッドに戻ってブラックの体をゆすった。
どうもぐっすり寝入っているみたいで申し訳なく思ったけど、ここで黙って外出したら心配かけちゃうだろうからな。
柔らかくてふかふかのベッドに乗り上げ、布団に包まっているブラックのデカい体を動かす。が……ブラックもよっぽど疲れていたのか、まったく起きてくれない。
狸寝入りとも違うみたいで、少し強めに揺すってみても、ブラックは暢気な顔で涎を垂らしていた。うーん、熟睡って感じだな。
こんなに深く眠っているブラックも珍しいと思うのだが、やっぱりコイツも疲れてたのかな。だとしたら、起こすのはちょっと可哀相かも……。
けど、黙って出ていくのもなあ。うーん……。
「キュキュキュー、ゥキュー」
「おっ、そうだな! 夜中でちょっと気が引けるけど、ペコリア達に頼んでみるか」
本当は御馳走するために呼び出したかったのだが、今回は仕方がない。
俺はバッグを腰に下げると、中から“召喚珠”を取り出して気を込めた。その瞬間、ボウンと軽い音を立てて、薄煙の中からピョンともふもふの毛玉が飛び出てくる。
「クゥーッ!」
「クゥックゥッ!」
「わぷっ! あはは、ごめんごめんっ、ご無沙汰だったよな……!」
綿菓子みたいなムクムクの体に、小っちゃくて可愛い手足とウサギの耳が生えた、不思議で可愛いモンスターが俺に飛び掛かってくる。
だが顔も姿形も可愛い彼らは、脅威でも何でもない。可愛くとも、頼りがいのある俺達の仲間なのだ。……とはいえ、こんな時間に呼び出して申し訳ない。
「キューッ!」
「クゥッ、クゥー」
「クゥ~!」
久しぶりのお友達に、ロクも嬉しそうだ。
そんな癒しでしかない三匹の戯れを暫し堪能すると、俺は改めてペコリアの片割れに「ブラックが起きたら俺達の所に案内してね」と頼み、一応簡単な置手紙も置いてから、一人と二匹で部屋を出発することにした。
何にせよロクが不安がっているのは心配だし、ギーノスコーが言っていた「不穏な気配」とやらも気になるからな。
ブラックの言うように勘違いならそれで良いけど、もし本当に危険があるのなら、それを唯一感知した俺達が確認しなければいけないだろう。
……本当はブラックにも付いて来て欲しかったんだが、いくら揺さぶっても起きる気配がないから仕方がないもんな。
そこがちょっと不安だったが……まあ、俺にはロクもペコリアもいるのだ。
もし俺がヘマをしても、賢い彼らが居てくれたら何とかなるだろう。
そんな事を考えつつ、俺はドアからそっと外を覗いた。
この階のフロアには、ローレンスさんの部屋を守るために警備しているだろう兵士達が常に目を光らせている。だから、俺がいきなり守護獣を増やして出て来たことを警戒するんじゃないかと思ったのだが……。
「…………あれ? 誰もいない……」
薄暗い玄関ホールは、光量を落とした【水琅石】が緩く照らしている。
夜だからか落ち着いた雰囲気を醸し出しているが、人気のない風景は何だか怖ろしい感じもした。人がいないからだろうか。
昼間はローレンスさんの部屋の前にずっと警備兵が詰めていたというのに、彼らは一体どこに行ってしまったんだろうか。
……いやまあ、ペコリアの事を聞かれるのは面倒だから、居なくて良かったんだけども……セキュリティとか本当大丈夫なんだろうか。ガバガバ過ぎんか。
つい心配になってしまうが、今はそんな事を考えている場合ではないか。
俺の現在の使命は、ロクの不安を取り除いてあげる事なのだ。
尻尾をくたっと倒して警戒しているロクの様子を気にしつつ、俺は昇降機で一気に一階へと降り、今回も裏口から恐る恐る外に出た。
……裏口も人の気配を感じないが、ここまで静かだとなんだか不気味だな。
大鐘楼のおかげでモンスターが近寄ってこないという街なら、夜中でもそれなりに出歩いている人が居ると思うんだが……まあ、ペコリアのことを聞かれずに済むから今はヨシとしておこう。
「それで、どこから気配がするの? 案内できる?」
「キュウ~」
問いかけた俺に、ロクはコクリと頷いて先導し始める。
ペコリアは特に何かに反応しているワケでもなく、ロクが先導する姿を不思議そうに眺めて体……というか首を傾げているけど……ロクだけに感じられる“何か”が有るのかな。だとしたら、その気配が変な物じゃないといいんだけど……。
そんなことを考えつつ、俺達は人気も無く静まり返った街を横断した。
「クゥ~」
「うーん、確かに静かでちょっと怖いかもなあ」
元々臆病な性質のペコリアからすると、この人気のない街の風景はどことなく怖い感じを覚えるらしい。
月光の光のせいで、白い壁の影が青く冷たいものに思える。その不可思議で「普段とは違う」光景を、怖く感じてしまうんだろう。
そういう感覚は人間と一緒なんだなあ……可愛い……。
抱き上げてモフモフしたくなるが、ここは我慢だ。
理性を保ちつつ、白い壁の建物ばかりの大通りを抜けて路地へ入り、茶色い家屋の隙間へ入り込むようにして、路地をくねくねと曲がり小さな通りに出る。
この街に住む一般の人達が済む区域の、小さな通り。
その通りの路地の一つを確認して――――ロクが、小さく声を漏らした。
「キュ……」
「どうした、ロク」
「クゥー?」
路地の奥を見て制止するロクを気にしつつ、俺もその薄暗い路地を確認する。
月明かりのおかげで明かりには困らなかったが、しかし路地はこんな夜でも薄暗くて、一瞬で何があるかを判断する事は出来ない。
だが、今回に限っては目を凝らす必要は無さそうだった。
何故なら。
「っ……!? な……ひ……人……?!」
そう。
ロクが見つめる路地裏の奥には……ローブを目深に被った大柄な誰かが、行き場も無い迷子のように蹲っている姿があったのだ。
思わず慄いてしまったが、ロクは彼の事を心配そうに見つめている。
……どうやら、ロクが感じた気配はモンスターでは無かったようだ。
でも、俺達の宿から結構遠いのに……よくこんな狭い所にいる人の気配を察知する事が出来たよな。つーかこの人、何してるんだろう。
「キュ~……」
助けを求めるように、振り返って俺を見つめてくるロク。
そんなに目を潤ませてオネガイされたんじゃ、断れないじゃないか。
正直、得体のしれない相手と話すのは危険な気がしたし、ブラックへの事後報告でしこたま怒られそうな気がしたんだが……しかし、求められたんじゃ仕方ない。
ロクショウの頼みとあらば、全力で答えてやるのが当然だろう。
まあ、後の事は後で考えればいい。
それに、ロクが心配するって事は悪い人ではないんだろうし。
「あの……どうしました? 大丈夫ですか?」
後の事は考えないようにしつつ、俺はローブの相手に声をかける。
だが相手はぴくりとも動かず、ただただ座り込んでいた。
反応がない。
…………これは……どうしたもんかな……。
会話のとっかかりが掴めず困っていると――――不意に、相手が身じろいだ。
どうしたのかと思わず身構えてしまう、と。
「ぐぅううう……」という、随分でっかい腹の音が、相手から聞こえてきた。
「もしかして、ハラ減ってる……?」
……相変わらず、相手からの返答は無い。
でも、ロクが心配しているんだから……俺も、何とかしてやらないとな。
えーと……確か、この前作った【蝋燭草】のトルティーヤが残っていたはず。
【リオート・リング】に入れていたので冷たくなっているが、あの腕輪に入れておけば通常の倍くらいは長持ちするからな。まだ食べられるぞ。
まあ、温め直しは必要だけど……。
ってなわけで、俺は妙な人物の前で手持ちの料理を温め直す事にした。
……後でブラックに何を言われるか不安だが、もうこうなったらやるしかない。
ど、どうか、変な奴じゃありませんように……。
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