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七鳴鐘楼モンペルク、月蝕は混沌の影を呼び編
おはなしのはじまり2
しおりを挟む俺が知る『童話・金の斧銀の斧』は、いわゆる「嘘吐きは得しない」という含蓄のある話だ。
正直な木こりは、泉に落とした斧を女神さまに「金の斧か銀の斧か」と問われて、何も嘘をつかず両方の価値ある斧を手に入れるが、それを聞きつけ得をしようとした欲張りな木こりは、金も銀も自分の斧だと嘘をついて泉の女神さまを怒らせ、大事な自分の斧まで失ってしまうのである。
婆ちゃんが「ホントは川にいる男の神様なんだよ」って話してくれたけど、小さい頃の俺は「女神さまの方がいいなあ」なんて思っていたのを覚えている。
いやまあ、野郎だったら誰でもそう思うだろうけどさ。
って、そんな話は置いといて。
……ともかく、このお話は基本的に場面がほぼ変わらない。
それに、この世界の人にもかなり馴染みやすい話でもある。森と木こり小屋。それか、村しか舞台が出てこないうえに、登場人物は最低三人だ。
これなら俺でも声の使い分けが出来るし、ヌエさんも混乱することは無いだろう。
そう思って、俺は今でも覚えているお伽話を話して聞かせた。
だが、ただ聞かせただけじゃないぞ。
身振り手振りを交えてさながらジェスチャーゲームのように動きながら、演劇でもやってんのかってレベルで熱演したのだ。
泉の女神さまの演技は恥ずかしかったが、熱中する間にその恥ずかしさも忘れて俺は全ての行程をやり切った。
と……――――
「ツカサ君、意外と演技力あるんだねえ」
「ワー!」
待っていたのは万雷の拍手……とは行かないけど、何度も打ち鳴らされる二人分の拍手だ。ヌエさんは余程楽しかったのか、ブラックの真似をして手を叩いている。
そのブラックも、意外そうに目を丸くしながら拍手してくれていた。
ふふん、どうだ。俺だってヤるときゃヤるんだからなっ。
でもまあ、ブラックのお眼鏡にもかなって良かったよ。
コイツ案外インテリだからな……。ちょっとでも三文芝居のニオイを感じ取ったら、即座にダメ出ししてくるんだからなあもう。
「どうだった? おはなしは楽しめたかなー?」
「はーぁい!」
「コイツ本当に幼児か何かなのかね……喜び方がまるきりガキなんだが」
「がき?」
わお、かなり発音が俺達に近くなってきてる……。
やっぱりおはなし……というか、身振り手振りを交えた読み聞かせってのは子供に凄く効果的なんだな。俺も父親になったら子供にやってやるべきかな?
……いや、俺の場合は母親になる可能性の方が高……考えるのやめよう。
俺は将来の可能性を狭めたくないからな……!
そんなことより、今はヌエさんの方が重要だな。
「ヌエさん、俺達の名前言ってみて?」
問いかけると、ヌエさんは目を瞬かせ、ギザギザした歯を見せながら嬉しそうに答えた。
「ツカサ、ブラック! キノウのキノウ、アったノは……ロクショとペこリア!」
「おお~! 合ってる合ってる、ヌエさんすごい!」
「そりゃ何度も言わせてりゃなぁ……でも確かに上達が妙に早いね」
「ヌエ、ジョウたつした」
ブラックのちょっと大人な言い回しも問題なく理解しているな……。
初めて聞いた単語に関しては未だに発音がちょっと不慣れな感じだけど、それでも教えようとしてないのにすんなり会話できてるとは……やはり天才の類か……?
「でもさツカサ君、さっきの童話は肝心の“眠ること”とは関係なかったよね。コイツも折角理解出るようになってるし、他に何か良い童話がないかな?」
「そっか……そういやソコが抜けてたな……」
だとすると、別の童話を聞かせた方が良かったか。
うーん、眠る事に関する話か……考えてみると色々あるけど……やっぱりここは、眠りといえば「眠り姫」かな……?
ちょっと難しい話かもしれないけど、今のヌエさんなら大丈夫だろう。
そう思って、俺は「眠り姫」の話を二人に聞かせた。
眠り姫……眠りの森の美女とも呼ばれる童話も、かなり有名なモンだよな。
魔女の呪いによって百年の眠りについたお姫様と、そのお姫様と共に茨の中で眠りについたお城を王子が解放する話で、映画にもなっている。
白雪姫と一緒で、可愛いお姫様が眠りについたところを助け出す話だな。
こういう童話でなら平気でキスとか口付けとか言えちゃうんだけど、なんで素面で言えないんだろうなぁ……。
今回は先程よりトーンを落として、ヌエさんが分からない所をその都度教える形で進めて行った。横に居るブラックも協力してくれたしな。
そんなこんなで話し終えた……のだが。
「……ありゃ……ヌエさん寝ちゃったな」
めでたしめでたしの声も待たず、ヌエさんは椅子にでっかい体を預けてグウグウと……いや、ゴガゴガガと凄まじい寝息を立てて眠ってしまっていた。
顔に似合わずものすごいイビキだな……。
「どんだけ騒がしいんだよコイツ……ああもう、肝心な事を聞く前に寝やがって」
「こらこら、こうなっても仕方ないだろ。ヌエさんは今までお腹減ってたワケだし、そっから急に満腹になったうえに、お勉強しながら長々とお話を聞いてたんだぜ? そりゃ誰だって眠くなっちゃうよ。少し寝かせてあげよう」
「まあ、そう言われてみるとそうだけど……ハァ……少しだけだよ」
そう言いながら、ブラックは組んでた足を組み替えて溜息をつく。
どうやら長時間【水牢】に入っているのが煩わしくなってきたらしい。
まあ、ブラックからしてみれば色んな物を封じられた状態だもんな。最初は良くても段々と色んな不便を感じてきて、我慢できなくなってしまったんだろう。
今回ばかりは不満たらたらになっても責められないな。
俺だって、そんな状態になったら大変だろうし……。
「なあブラック、今更だけど……ソレって座っても服に染みこんで来たりしない?」
「ホントに今更だね……。まあ、そういう心配は要らないよ。【水牢】と言っても、中は別に水中っぽくないし、座っても弾力のあるクッションみたいに固まるからね」
「じゃあ座る時に関しては案外快適なのか……」
「快適だけど、目の前は僕が見るより少し遠くなるし、若干視界全体に水の揺らぎが見えて、地味に鬱陶しくなるし……そもそも、曜術が使えないのがね」
曜術師にとって、やっぱりそこが気になるらしい。
特にブラックは今まで当たり前に使ってきた力だろうし、それを奪われてしまったと思えば思うほど、違和感を強く感じてしまうのだろう。
でも、だからって【水牢】から出てきたら、すぐに眠っちゃって全部が台無しってコトになりかねないしなぁ。
「うーん、外からの干渉を一切受けなくなるのは魅力的だけど……やっぱり【障壁】みたいに使うことは難しいか……」
「まさかツカサ君も使おうとしてたの? やめてよぉ」
「やめるやめる、まあ俺の腕じゃこんなモン出来ないだろうけど……」
とはいえ、シアンさんも似たような曜術を使ってたんだから、敵を捕らえる手段として一応覚えておくのは良いかもしれないな。
そんなことを思いつつ、ヌエさんが起きるまで取り留めもない会話をしていた俺達だったが――――ふと、ブラックが急に何かを思い出したように口を閉ざした。
どうしたのだろうと首を傾げると、相手は口に手を添えつつ数秒考え込んだ後、俺の方に顔を向けてきた。
……なんだか、真剣な表情だ。
どうしたんだろうと見返すと、ブラックは少し戸惑ったように視線を泳がせた。
「……ねえツカサ君」
「どした?」
「…………ツカサ君って、僕に童話とか聞かせてくれた事あったっけ?」
えっ。
ブラックに読み聞かせ……?
それはさすがにやったことないと思うぞ。
子供達やオーデルの皇帝陛下には確かに読んであげた記憶があるが、ブラックだけに向けてってのはやったことないはずだ。
だって、ブラックは大人だし、そんな事しなくても寝られたワケだしな。
「俺は話した記憶は無いけど……」
そう答えると、ブラックは俺から視線を外した後「そっか、そうだよねえ」と呟きながら何度か軽く頷いている。
なんか様子がおかしいな。……もしかして、この【水牢】には何か他に危ない効果でもあるんだろうか。だとしたら心配だな。
段々と不安になってきてブラックを見つめると、相手は俺が何を考えているのかを読み取ったのか、慌てて手を振って否定して見せた。
「ああ、いや! 別にこの牢屋がどうってワケじゃなくてね。ただ……」
「ただ……なに?」
「…………ただ、何でか……すごく、懐かしくなった気がして……」
「……?」
ブラックが何を言いたいのか分からず頭に疑問符を浮かべる俺に、相手も少し戸惑ったような顔をしながら視線を彷徨わせる。
……なんだか、今までに見た事のない表情だ。
自分でも、自分の中の記憶らしきものに戸惑っていて……けど、それを冷静に分析しようとして、真剣に考えているって感じがする。
でも、見ているこっちにもその困惑が伝わってきて。
冷静に対処しようとしているけど、自分の感覚に戸惑っているブラックの姿は、何だか――――俺が知らないブラックの一部を垣間見ている気がして、胸がいつもとは違う感覚で、ぎゅと苦しくなった。
懐かしい。
懐かしくなったってことは……昔、誰かに読み聞かせして貰ってたって事なのか。
小さい頃の話なのかな。
だとしたら、その思い出はブラックにとって良い思い出だったのだろうか。
両親か……それとも、誰かに優しくしてもらった記憶がよみがえったのかな。
……いや、まさか……それすらも悪い思い出……とかじゃないよな。
正直、そうであってほしくない。
けどその「懐かしさ」に対して、俺は問いかけて良いものなのか迷ってしまう。
だって、ブラックは今でも自分の過去に蓋をしているんだ。
ヘタに触れて相手を傷付けたらと思うと、何も言えなかった。
そんな俺に、ブラックは不思議そうな顔をしながら続ける。
「……おかしいね。そんな記憶無いし、あるはずないんだけど……。コイツのせいで、薄ら夢でも見てるのかな。それとも、僕まで子供みたいな気持ちになって、疑似的にツカサ君にあやして貰ってる気持ちになったのかもね」
冷静にそう言うブラックだが、何だかその言葉がとても痛々しく思えた。
――――そんな記憶は、あるはずがない。
その簡単に吐き出された言葉が、どれほど重い言葉なのか。
本人は当たり前のように済ましているけど、俺からすればその言葉は胸を抉るには充分すぎる一言だった。
……そうか。
ブラックの記憶では、今みたいに読み聞かせてもらった記憶がないのか。
それなのに、そんな思い出があるような懐かしさを感じている。
…………でも、その感覚は誰だってあるものだと思う。
他人の郷愁を感じたり、ドラマで昭和の時代を見物するようなものなんだ。
知らない時代だろうと、何故か「懐かしさ」という物は無意識に感じてしまう。
俺は昭和の事なんてドラマや話の中でしか知らないけど……でも、それでも何故か子供心にずっと、古いフィルムの世界に懐かしさを感じていた。
きっと、過去の穏やかな思い出を想像してしまうからなのだろう。
例え経験していなくたって、想像すれば「懐かしさ」は溢れてくるのだ。
……けれど、ブラックは……今までそんな事も思わなかったんだな。
子供の頃の記憶なんて、本当なら思い出したくなかったんだろうから。
「…………」
そう、思うと……なんだかたまらなくなって。
俺は椅子から立ち上がると、ブラックの傍に近付いていた。
「ツカサ君?」
相変わらずキョトンとした顔をして俺を見てくる、とぼけたオッサン。
でも俺はその顔に笑うことも出来ず、眉間に寄り始めるシワを必死に抑えながら【水牢】の中に手を突っ込んだ。
そうして、ブラックの手を握る。
ゴツゴツしてて、大きくて、分厚い皮膚で覆われた大人の手。
両手でも覆い切れるかどうかの片手を握ると、相手は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「えへ……ツカサ君……」
俺の気持ちを読み取ってしまったのか、それとも素直に喜んでいるのか。
ブラックはもう片方の手で俺の両手を上から包み込む。
水の中なのに、温かくて少し湿っただけの手だ。
その温もりに俺の方が安心してしまったが、ブラックはそんな情けない俺の事など気にすることも無く、ただ嬉しそうにこちらを見つめていた。
「ね、ツカサ君。今度は僕にだけ……お話し教えて欲しいな」
「うん……寝入り端にでも話してやるよ」
「あっ、じゃあ僕の時は思いっきり甘いお話しがいいな~。今みたいにさ、ちょっとだけやらしい話とか……」
ん?
なにその「やらしい話」って。
眠りの森の美女は別にやらしくないはずだが?
「今の話は別にやらしくないだろ」
「え~!? やらしいでしょ、眠ってる自分好みのメスに口付けしたんだよっ!? オスがその程度で満足するワケないじゃない! きっと起こす前にドレスをまくって、下半身だけ裸にしてセックスしたに決まってるよ」
「王子様がそんなことするか!!」
「いいやするねっ、賭けても良いね!」
「そんな事を考えるのはお前だけだあああああ」
なんつうことを考えてるんだお前は!
ちょっとしんみりしちゃった俺がバカみてーじゃねえか!
っていうか眠りの森の美女を汚すんじゃないよ、いやエロ漫画とかでいかにも在りそうなシチュエーションだし、睡眠姦ってのも世の中にはあるけどさ!
でも健全な「よいこの童話」バージョンのお話でそんな想像をするんじゃない!
普通の童話を聞いてすぐさまそんな事を考えるのはアンタだけだっつーの!
ああもう、しんみりして損した!
「んもう……ツカサ君たらホントお子様なんだから……! 僕の前ではいいけど、他のオスの前で無防備に寝たらそうなるんだからね!? 他のオスといる時は、お腹だって守って無いと、無理矢理妊娠させられる可能性もあるんだから」
「な、なにそれ怖い……」
いや、この世界の妊娠方法って特殊だから、マジで寝ている間に襲われて妊娠確定させられる可能性はあるんだったな……。
怖すぎないかこの異世界。
「まあそれは置いといて……今度寝る時はやらしい童話、聞かせてねっ。ふ、ふふ、ツカサ君の可愛いお口から淫らな話が聞けると思うと楽しみだなぁ……」
「勝手に決定事項にすんな!! イヤだからな、絶対普通の童話しか話さないからな俺は!!」
「一緒に寝て話してくれるのは良いんだ? ふへへっ、つ、ツカサ君たらぁ」
あーもーやだやだ、なんでこいつは一々俺が激昂することを言うんだよ。
そ、そりゃ、そこは……っ。別に、もう、い、一緒に寝てるし……!
だから、別に、眠る時に童話を話すことくらいは別に良いって言うか……。
…………ああもう、やめやめ!
「もう良いからっ……っちょ、手を離せおバカ!」
「バカじゃないから離さないもーん。へへ……ツカサ君のそういうとこ好きっ」
「っ……! ~~~~~~っ……!」
顔が勝手に赤くなっていくのが温度でわかる。
カッカしてくる頬が憎らしい。
だけど、満面の笑みでそんなことを言われたら、何も言えなくて。
それに……。
…………さっきの胸が痛くなるような顔より、ずっといい。
そう思ってしまい、大きな手から逃れることも難しくなる。
じゃれて笑うブラックの無邪気な表情に安心してしまうのは、俺が見慣れている顔だからだろうか。それとも、俺自身が無意識に避けているから、いつもの笑顔にホッとしてしまうのかな。
よく分からない。
だからこそ、今は……この大きな手を振りほどけそうになかった。
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