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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
愛する者を語るとも2
「すみませ~ん、キッチンを貸してほしいんですけど~……」
管理人のお婆さんの家に戻り、さっそく台所をお借りしようと呼びかけると、ややあって奥からお婆さんがやって来た。
話を聞くと、キッチン使用料は宿の代金に含まれているらしい。
それどころか今日は大変だったろうってんで、料理まで手伝って貰えることになってしまった。しかも材料まで用意して貰ってしまったのである。
ぬう……【ヘカテクライオ】の人は皆優しいな……。
ただの泊まり客ってだけなのに、ツレの具合が悪くて大変そうだからって、俺の事まで気遣ってくれるなんて……これがアレか、近所の兄ちゃんが言ってたヌクモリティってヤツなのか。確かに温かい。
とはいえ、料理の材料まで用意してもらっては本当に申し訳ない。
しかも貰った物はお婆さんが夕食に食べようと思っていた食材だ。
さすがに断ろうと思ったのだが、何度も拒否するのも気が引けて、結局材料費だけは出させてもらうと言う所で話は落ち着いた。
お婆さんは「大量に作った方が美味しいからねえ」と言っていたけど、材料の量的に間違いなく俺達の分まで作ってくれるつもりだったんだろうと思う。
いやもう本当、申し訳ないけどあったかい……。
隣人愛ってのは素晴らしいなと思いつつ、俺はお婆さんと料理をする事にした。
「ツカサちゃんは“川イカ”ってのを知ってるかねえ」
「川……川に住んでるイカってことですか」
「そうそう。私らがよく食べるのは、ピセカ……ピセ・カトルセピアという川イカでねぇ。朝、川で網を放って貝と一緒に採るのさ。この【ヘカテクライオ】では、このピセカの中にトマトと肉を詰めた料理と、貝のスープを食べるのが日常なんだよ」
なるほど、大河が近いから新鮮な魚介類が食べ放題ってワケだな。
だけど食卓に「魚」があがらないってのは……やっぱり不思議だ。
この世界では、海や川に棲む生物のほとんどは毒性が有ったりクソまずかったりで、この大陸では魚を食べる事が無いんだよな。
そもそも、海は陸よりも恐ろしく強いモンスターが潜む場所だし、魚は人族にとって有害にもなる“魔素”を蓄えるので、魚を食べる行為は禁忌らしく……いや、まあ、東の島国……恐らく中華圏の国っぽい【シンロン】や【チェンホン】……あと、和風の国だろう【ヒノワ】には、魚がマズくなる原因を取り除く方法があるので、東方にある島国の人々は普通に魚を食べるらしいが……それはともかく。
イカちゃん……カトルセピアは普通に喰われるらしいが、それはやはりモンスターだからなのだろうか。
魚とモンスターの違いが俺にはよくわからないけど、この世界の人達はモンスターを食べて生きているワケだし、何か線引きが有るんだろうな。
――――閑話休題。
せっかくの郷土料理ってなワケで、俺はお婆ちゃんに手伝ってもらいながらレシピを教わることにした。なんか久しぶりの異世界郷土料理だな~。
「まずはピセカの胴から中身と骨を抜いて、綺麗に洗っておくんだよ」
皺を刻んでも綺麗な手が、手際よくイカ……ヤケに桜色なイカの中身を抜く。
俺が知っている可愛いぬいぐるみのようなカトルセピアと違い、ピセカはスマートな体型で俺の世界のイカにとても近い。胴の大きさはやっぱり一回りくらいデカくてびっくりだが、ゲソも形もおおよそ同じような感じだった。
リアルなイカだな……このイカなら刺身にしても美味しいのではなかろうか。
そんなことを思いつつ、お婆ちゃんに教わりイカの下拵えを終えて、洗って水分を拭き取ったイカと細かく切ったゲソを取り分けた。
「刻んだクレノボ、干しオービルの入った油漬けを、油と共にヒポカムの肉に混ぜて塩コショウ……ちゃんと粘りが出るまで練るんだよ。冷たいけれども、美味しくなるように気合いを入れて練らないと味が出ないからねえ」
「はっ、はい!」
お婆ちゃんが取り出したのは、白い破片と刻んだハーブのようなものが入った小麦色の油の瓶。その中から油漬けの具と油を一緒に肉に入れて、捏ね始める。
クレノボ……というのがよく分からないが、ハーブだろうか?
捏ねる冷たい刻み肉に軽く鼻を動かすと、にんにくのような香りと……すっとするような独特な甘い香りが薄く感じられる。香辛料っぽいハーブなんだろうな。
だとすると、コレはイカの肉詰めだが、作り方は結構ハンバーグっぽいかも。
トマトも使うんだから、とにかく美味しい事は確定だよな。
お婆ちゃんの真似をしてイカがパンパンになるまで肉と切ったゲソを詰めて、串でフタをする。軽く焼いたあとは、お婆ちゃんが用意しておいてくれたトマトソースとお酒を混ぜたソースに入れて煮込むようにじっくり味を染みこませたら完成だ。
「良い感じに煮詰まったら、ピセカの耳がふわ~っと上向きになるからねえ。どんな料理でも、カトルセピアなら耳の具合で火の通りが分かるから覚えておくといいよ」
「ほおぉ……なるほど……! 勉強になります!!」
思わずメモしてしまう俺に、お婆ちゃんはクスクス笑う。
いやでも、普通に美味しそうなんだもんなこの料理。こんな腹が減る料理を教えて貰ったんじゃ、そりゃメモしないワケには行きませんて。
あとは切って盛り付ければ完成だが……ううう、ハーブのお蔭かそれともピセカと言うイカ自体のせいか、物凄く美味しそうな匂いがするう……。
ニンニク風味なトマトソースの香りも相まって、お腹がぐうぐう鳴りそうだ。
付け合せがご飯じゃなくてパンなのが悔やまれるが、いやしかしこのガツンとした料理には、ソースが絡むパンの方がお似合いなのかもしれない。
これに貝の潮汁が付くんだから、ホントにもう豪華な食卓だよ。
しっかりメモしておいて、後々思い出せるようにしなくっちゃな。
……べ、別に気まぐれにメモしてるワケじゃないぞ。
正直、俺も別に料理が趣味とかじゃないから、レパートリーが本当に少なくて……ブラックには似たような食事を出してしまう事もよくあるんだ。
だから、こういう料理を覚えておけば、後々喜ぶかなぁって思って……。
…………ちょっと時間をおいて出したら、「ああこれってあの街で食べたね」とか言って、思い出話とかに繋がったりして、なんかこう……い、いいかも……?
い、いや何考えてんだよ俺は。
今のナシ、キュンとくるシチュエーションを考えようとするんじゃねえ俺。
「ふふ……ツカサちゃんはお連れさんの事が本当に好きなんだねえ」
ア゛ッ、お、お婆ちゃんに悟られてしまった……ッ。
いやでも別にそんな、い、言われるほど好きってわけ、では……。
「そ、その、俺は別に……そんな、ことは……」
ごはん、いやイカを盛り付けつつ、ごにょごにょしてしまう。
ハッキリ言えればいいのに、意地を張っているクセして俺の口は歯切れが悪く言葉を吐き出してしまった。
だけど、お婆ちゃんは俺をあざける事も無くて。
垂れ目の優しいまなざしで俺を見ながら、ポンポンと優しく背中を叩いてくれた。
「好きな人が喜んでくれるように考えながら料理するのは、誰だって楽しいことさね。お婆ちゃんにはツカサちゃんの気持ちがよおく分かるよお」
「う……お、お婆ちゃん……」
普段から俺をからかってくるヤツには「そんなこと無い!」って強く言えるのに、お婆ちゃんにしみじみそう言われると何も言えなくなってしまう。
それが自分の行動を肯定してるように思えて、余計に恥ずかしくなってしまった。
でも、お婆ちゃんは俺を笑わない。
だから……なんというか……ちょっとだけ、ホッとしてしまった。
……こんなこと、誰にも言えそうにないけど……俺だってやっぱりブラックやロク達に「美味しい」って喜んでほしいとか……こ……恋人、らしいことしたい……とかは……ちょっとは、思ったりはする、から……。
だ、だから。
そういう気持ちを笑わずに肯定してくれる、お婆ちゃんがいると安心するんだ。
俺がお婆ちゃん子だからそう思うのかも知れないけど。
「ふふふ、何歳になっても相手を初々しい思いで見るのは良いことよ。このお料理も、きっとお連れさんは喜んでくれるわよ」
「え、えへへ……」
お婆ちゃんに応援されると照れちゃうな。
思わず頭を掻いてしまった俺を、相手はしみじみ綻んだ笑顔で見つめていた。
が……何故か、ふと表情が曇って来て。
「お婆ちゃん、どしたの?」
訊くと、お婆ちゃんは「すまないねえ」と俺の気分を気遣いながら答えた。
「若い恋人たちというと……この街じゃついつい思い出してしまう言い伝えがあってねえ……。ツカサちゃん、不安がらせるような事を言うようだけど、用心は幾らしても良いと思うからお婆ちゃんの言う事を聞いておくれね」
「は、はい……。それでその、言い伝えっていうと……?」
すっかり俺を孫認定してくれた、優しい管理人のお婆ちゃんは、なにに不安がっているのかを話してくれた。
「実はねえ、この【ヘカテクライオ】には『恋人達が森の深きに入ったら、すべての記憶を忘れてしまう。彼らが夕方に家に戻らねば、彼らは夜のうちに石になる。恋人達を裏切れば、全ての幸せは幻と消える』なんて言い伝えがあってねえ……。まあ、あくまでも森が危険な事や、夜の出歩きを諌めた言葉だとは思うんだけど……」
そう言って、お婆ちゃんは調理ですっかり冷たくなった俺の手を両手で包み込む。
すべすべして温かい手が、俺の手を温めてくれる。
その温もりにも言葉にも、偽りのような物は一切見られなかった。
「街のものは、その言い伝えに背かないよう、みんな心にとどめてるのさ。だから、この街はのんびりしているし、急ぐようなひとはいないのよ。……ツカサちゃんも、あまり頑張り過ぎないようにね。愛ってのは時々厄介な病にもなるものだから」
「は……はい……」
厄介な病。
そう言われると、なんだか気後れしてしまうが……相手に盲目になって頑張り過ぎないように、という戒めは、至極真っ当なものだ。
言い伝えの言葉は物騒だけど、内容は恋人に限った話でもないしな。
街の人達には森なんて確かに危険だし、その森に近いこの街では夜になったら街でもどうなるか分からない。デートをする恋人達なら、浮かれてその事を忘れがちにもなろう。なんせ舞い上がってるからな。
だから、敢えて「恋人」って単語を据えてるのかな?
でも、だったら「恋人達を裏切れば……」の部分がよく分からない。
まあ……単純に、人として他人を裏切るなって事だろう。
……裏切るな、かぁ……。
そう言われるとファムさん達に変な嘘をついてしまった後ろめたさがあるが、あれも裏切りの内に入るのだろうか。
妙な事が気になってしまったが、お婆ちゃんの言うようにコレは言い伝えだ。
あくまでも、この街で暮らすルールを説いているもののはず。
愛が有っても、節度は大事。
うむ、良い言葉だな。ブラックに聞かせてやりたい。
そんな事を思いつつ、俺はお婆ちゃんを安心させるべく頷きを返したのだった。
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