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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編
隠れ森の幻惑2
本来の目的地は「スイさんの小屋」だったが、今はもうそちらへ出向いている場合ではない。さきほどの「甘い匂いの靄」の発生源へ向かうべきだ。
俺はブラックもきっとそう思っているのだろうと思ったが、少し違うようだった。
「 ――――【索敵】……」
小さく何かを呟いていたと思った刹那、ブラックを囲うように極小さな金色の光の柱が出現し、その光が一瞬で周囲に広がり消えた。
これは……ブラックが周囲の気配を探るために放った“付加術”だ。
――この世界の【鑑定】や【索敵】といったよくあるスキル……術は、使用者本人の知識や経験に大きく左右される。
例えば【鑑定】は、長年の目利きや少量の毒を摂取することが必要となり、それらの経験が無ければ精度はかなり落ちる。
【索敵】も、術者のレベルが高ければ高いほど範囲も広くなり精度が上がるのだ。
なので当然、熟練の冒険者且つ【グリモア】の魔導書に認められるほどの力と技術を持ったブラックともなると……その範囲は、尋常ではない距離に及ぶ。
少なくとも、距離は2キロくらい余裕で届くだろう。
もしこの周辺にモンスターか人の気配があるとすれば、今の【索敵】で感知できるはずだ。しかしブラックの様子からすると、少なくとも【索敵】が届く範囲には人の気配など存在しないようだった。
相変わらずのデタラメな能力だなぁ。
……けど、この【索敵】にも弱点が存在する。
以前の戦闘で、ブラックは『土の中などに隠れている気配は【索敵】に引っかからない』というような事を言っていたのだ。それを考えると、何らかの方法で隠蔽している可能性も有る。それはブラックも分かっているのか、近くにいないと分からないほど小さい動きで、周囲を警戒し探っていた。
当然の行動だ。
なにせベーマス大陸でも、俺達は【アルスノートリア】のデタラメな力に悩まされたんだからな。
例えば……地中を移動してきた敵の集団にブラックが気付けなかったり、まず普通の曜術師では太刀打ち出来ない巨大要塞を都市にぶつけられそうになったり……。
……あの場に【土のグリモア】に認められる実力のクロウがいなかったら、誰一人失うことなく終わらせるのは不可能だっただろう。
今でも背筋が寒くなるほど、敵の能力はデタラメで恐ろしかった。
俺やブラックみたいなのが敵になると、あれほど厄介になるのかと思い知らされるばかりだ。……昔この世界に飛ばされてきた人達の話もそうだけど……俺も時代が違ってブラック達に会えなかったら、酷い最期を迎えてたのかもな。
先代の【グリモア】も優しかったようだけど、そういう人達は珍しいらしいし。
って、そんな事を考えてる場合じゃないな。
相手は俺達よりも「なんでもあり」な奴らなんだ。
向こうの属性が本当に木属性なのかどうかは分からないけど、とにかく気を抜かずに周囲を警戒しないと……。
…………けど、どう動くべきなのだろう。
すぐに動けるようにブラックの背中を注視していると――小声が聞こえた。
「ツカサ君、靄が流れて来た方に進もう。……十中八九罠だろうけどね」
「お、おう……」
敵が放った攻撃の根元へ向かう。
そんなの索敵の常套手段だし、相手だって把握しているだろう。
だとすれば間違いなく、敵は俺達を迎え撃つ第二の矢を用意しているはずだ。
それが今さっき流れてきた靄や狼の胃液のような毒物なのか、それとも……相手の正体を露わにするような、属性攻撃なのか。
未だに、読めない。
毒物だって、普通に考えれば薬師……木属性の【アルスノートリア】の仕業だって思うけど、毒物の場合は持ち運びできるし遅効性の毒というのもあるのだ。
もしかしたら、別の属性のヤツがミスリードで使ってきた可能性も有る。
安易に断定しちゃいけないよな。
……はあ。こういう時には「魔法」みたいな存在が厄介に感じるよ。
魔法のような力は便利だけど、それは良い事ばかりには使われない。
敵を殺す術も、何でもアリの世界に変えてしまうんだから。
「…………」
「クゥウ……」
俺の背後にいるペコリア達も、張り詰めた空気に緊張している。
野生のカンも今は敵を感知していないようだ。
ブラックの【索敵】でもよく分からない場合は、ロクショウとペコリア達の五感が命綱になるかも知れないな。
俺達は充分に気を付けながら、焦れるほどゆっくりと歩き出した。
――――靄がやってきた方向は、真正面から少し左の方向だ。
スイさんの小屋がどちらからなのかはもう判断が付かないが、もしこちらの方角に小屋があったとしたら疑惑が深まることになる。
だが、犯人がそんな分かりやすい事をするだろうかと言う疑問もあるが……。
なんにせよ、虎穴に入らずんば虎児を得ずというヤツだ。
俺もいつでも対処できるように、曜気を溜めておくべきだろうか。そう考えたが、敵が木属性ならこっちの位置がバレるかもしれないな……。
くそっ、ギリギリまで溜めずにおくしかないか。
相手がどこにいるのか分からないってのは本当に難しいな。
でも……俺がバレるということは、相手だって曜術を使えばバレるはず。
隠れて術を使っているなら、全属性の曜気の光を見られるチートな俺には、相手の居場所が分かるかもしれない。……よし、俺なりの方法で敵を探ってみよう。
「…………」
呟く事も憚られるような空気の中、俺は周囲に妙な曜気の気配が無いか目だけを動かして探しながら、ゆっくりと進んで行く。
……ブラックが歩きながら【索敵】を何度か使用しているけど、未だに敵の居場所を掴めていないみたいだ。
体感、結構進んだ気がするのだが……相手からのアクションがない。
もしかして、あの靄は偶然の産物だったのではないか。
そう思ってしまうが……この暗い森を見つめていると、その楽観的な考えもすぐに消え去ってしまう。あまりに静か過ぎて、感覚がマヒしてきそうだ。
これではいけない。
そう思いながらも、じりじりする感覚に嫌気がさしてきた……――
「――――っ! ブラック、右で木の曜気の光が見えた!!」
「何っ……!」
一瞬見えた、遠くに光る緑の明滅に叫ぶ。
俺のその声にブラックが腰から剣を抜くや否や、目測を付けた方向から鋭い風切り音と共に、無数の木の枝が伸びて来たではないか。
まるで、木のバケモノが集団で俺達に枝を伸ばしているような光景。
思わず息をのんだが、ブラックが肩を大きく回すように剣を振り、襲ってきた木の枝の大群の先端を切り落とした。
バサバサと、根元を失った枝がその場に落ちていく。
だがそれを待たずに、今度は正面近くの右がまた光った。
「今度は正面すぐ右!!」
移動している。
だがこの移動は術や何かによる移動ではない。確実に、相手は走っている。
とすると、相手は仲間を連れていないと言う事だ。
しかし、相手が一人であろうとこの場所で戦うのは相手に有利過ぎる。
再び伸びてきた無数の枝をブラックが素早く剣で一蹴するが、しかしほぼ正面から即座に攻撃を畳み掛けられて、その場に足止めされる。
敵は正面から動いておらず、近付くチャンスだってのに、そちらの方向から絶えず枝が何本も伸びて来てなかなか先に進めなかった。
「クソッ……炎で焼き払いたいが、そんなことしたら大罪だしなぁっ!」
ブラックは悪態をつきながらも、生きているかのように動く怖い枝の群れを無駄のない動きで処理している。炎を使わない理由は、面倒な事になるからなのか。
いや……もしかしたら、自分一人だけでなら一気に距離を詰められるけど、俺達が背後に居るから守らねばならず動けないのかも知れない。
……だけど、今はそれを考えている場合ではないな。
相手は真正面にいて、こちらを近付けさせないようにしている。
だったら、俺達も加勢すべきなんだが……相手の位置が分かっても姿が見えないと、蔓で拘束する事も出来ない。
せめて姿が見えたら俺も曜術で対抗できるのに……っ。
「森の中での戦闘がこんなに難しいなんて……」
「ツカサ君、相手の位置を見失わないように追ってくれ!」
「お、おう……!」
それくらいしか、出来る事が無い。それが悔しい。
“敵”がいるだろう正面を睨みつけて、せめて光を見逃すまいとしていたら――
ふと、またあの「甘ったるいようなにおい」が流れてきた。
「っ……!?」
だけど、においの方向が違う。
俺は一瞬面喰ったが、しかし新たに現れた危機をすぐさまブラックに伝えた。
「ブラック、右からまた変な甘いニオイがする!」
「なにっ……!」
俺が、そう報告したと同時。
視界が一気に紫桃色に閉ざされた。
「うっ……!! ――――我らを守り、敵の魔の手を阻む炎の加護よ、今ここに噴き上がれ――――【ディノ・フレイム】……!!」
ブラックが唱えた名に呼応して、俺達の周囲を炎の線が円形に走り、強い炎が天に向かって勢いよく湧き上がる。
その強い炎の壁が、俺達を襲おうとしていた靄を完全に遮断した。
バチバチと、妙な音が鳴っている。靄が接触して燃えているからだろうか。
音は止むことなく鳴り続けているが、それが逆に怖かった。
「ブラック、また靄吸ってないか!?」
「今のところは、大丈夫……っ。だけど、こうなると動けない。クソッ……甘く見てたな、毒をこんな風に操って来るなんて思いもしなかった……」
気化した毒が襲ってくる、なんて、確かに想像しがたいだろう。
俺の世界には空気の要素が濃くなってしまって……とか、あるヤバい物質が空気中に混ざって……なんて事が多々あるからすぐに気付けたけど、こちらの世界じゃそんなのは稀な現象だろう。
恐らく、普通の薬師は思いつきもしないに違いない。
というか、ブラックが警戒していなかった事からして、本来ありえないんだろう。
だから、今どうすべきかと攻めあぐねているのだ。
こんな時に役に立つのが現代知識チートじゃないのか。
でも、どうすればいいのか。風で散らしたとしても規模がデカすぎて追いつかないし、この状況からすると相手は靄を無限に生み出せる可能性がある。
防毒マスクでもあったらよかったのだが、そんなものここには無い。
そう思っていると。
「くきゃー!!」
「えっ……――――ッ!?」
突然ペコリア達が大きく鳴き声を上げたと思った、刹那。
強い衝撃と共に、痛みを伴って体が高く打ち上げられた。
「グッ……!?」
お腹を強く打たれて体が折り曲がる。
強制的に下を向いた視界に現れたのは、太く大きな、根。
土から突き出した根っこが、俺の腹を突き破ろうとするように地面から生えて体を宙に浮かせたのだ。
ブラックの炎の範囲から、追い出すように。
「ツカサ君!!」
あ……――――
だめだ。これは、いけ、ない……――
炎の防壁から、ブラックが抜け出ようとしている。
根っこを足掛かりにして高く跳び、俺を突き刺そうとする部分を切り捨てて解放しようと、ブラックがこちらに近付いてくる。
でも、ダメだ。
そんなことしたらアンタも炎の範囲から出てしまう。
それは罠だ。
やめろ、ダメだ、こっちに来たら……っ!!
「だめ……っ!」
腹の痛みで出なかった声を、引き絞る。
しかしもう、遅い。
ブラックがほんの少し炎の壁から顔を覗かせたと同時。
――――今までその高度に達していなかった靄が、襲い掛かってきた。
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