異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編

5.本質が求めるのならば1

 
 
「…………ぶ、ら……く……」

 菫色すみれいろ双眸そうぼうを持つ影は、陽炎かげろうのようにゆらゆらと揺らいでいる。

 まるで、そう呼ばれたことに戸惑とまどって真実かどうかを探っているみたいだ。
 もしかしたら人違いなのではと一瞬不安になったが、しかし自分の根拠のないは家の中から出てきた影がブラックである可能性が高いと告げていた。

 ……正直、とても都合つごうぎる妄想だと思う。

 でも、そう思う自分を信じきれないなら、きっと俺は恋人失格だろう。
 だから俺は影の間近にまで近寄って、高い場所にあるその瞳を見上げた。

「思い出せない?」

 問いかけると、相手はまぶたを持つ目を少し伏せがちにして俺を見やった。

「さっき、より……定まった気が、する……でも、なにも……」
「……頭がぼーっとしてる?」

 俺の言葉に、相手はこくりとうなずいた。
 ……いつもより声が若い感じで、中年って言うより青年って感じだけど……やっぱ声の調子というか発し方みたいなものはブラックと同じに思える。

 何故そうなったのかは俺には分からんが、このままで良いはずもない。ともかく、自分自身の事を思い出して貰わなくちゃな。
 けど……頭がぼーっとしてて、自分の事すらおぼつかないって事は、ただ単に俺が呼びかけただけじゃ思い出せないよな。

 俺はチート能力を持ってるけど、何でも上手く行くスキルは所持してないのだ。
 キスで解決できる王子様でもないわけだし、ヘタな事をしたら意識が永遠にボーッとしたままになるかもだし、ここは慎重に行かないとな……。

 うーん、とりあえず……暗い場所に居続けるのもよくないかもな。外に連れ出してみようかな。強い日差しも無いし、多分この森なら大丈夫なはず……。

「…………」
「えーと……とりあえず、明るい場所に出たら頭がすっきりするかもしれないよ」
「うん……」
「行こ?」

 外に出てドアの横で影を待ち構えるが、相手はボーッとしたままだ。
 ……もしや、考え込んでしまってるんだろうか。

 仕方ない……。

「ほら、手だして」
「手……」

 手すらも忘れてしまったのか、影は揺らいでいる。
 だけど、この影にはちゃんと手らしきふくらみが有った。なので俺は躊躇ためらいなく右手をつかむと、せかすように軽く引いて影を誘導した。

「こっち。足元、気を付けてね」
「……?」
「あー、分かった分かった、ゆっくりね……ゆっくり」

 足元に注意を払う事すら出来ないほど、思考が散漫になっているようだ。
 俺は相手がこけないようにルートを選んで引っ張ると、どうにかドアの所まで誘導して、ボロボロの小屋から脱出させた。

「…………手……外……」
「……うん。光とかは……大丈夫そうだな。そんで、これが手。な?」

 どうやら光の下に出たらダメージ……なんてことはなかったらしい。
 ホッとして、俺はにぎった手を相手の視線の所まであげてやった。

 この大きな手は、やはりブラックの物と似ている。
 だけど……俺が知っている肌のかさつきも、分厚さもなかった。

 つるりとした、人間らしさのない手。
 まるでなめらかなガラスでもつかんでるみたいで、ヒトらしさがまるでなかった。

 けど、影は生きている。
 きっとブラックで、この影の中に魂があるんだ。
 いや……もしかしたら、この影が魂そのものなのかもしれない。

 ……まあ、それならどうして光って無いのかって話だが……ここは異世界だし何かの原因が有るのかも知れない。でも今はその話は置いといて。

「手……ぼくの、手……」
「そう! こっちが右手で、こっちが左手!」

 さらに詳しく定義付けすると、ようやく認識したようだ。
 すると、影の揺らぎは幾分いくぶんおさまって、再び俺を見やる。
 ……さっきよりも、ちょっと目付きがしっかりしてる……ような……?

「…………」
「え……っ」

 影が、俺の手に手を伸ばしてくる。
 そうして無言のまま俺の手をにぎってきた。

 えーと、これは……どういうことだろうか。
 もしかして不安なのかな。それとも、ただ単ににぎるって言う行為に何らかの刺激を受けたから、もっと思い出そうとしてこうした……とか?

 よく分からないけど、でも自発的に動くようになったって事は、頭のモヤも少しは晴れたって事かも知れない。好きにやらせてあげよう。
 そう思い、俺は嫌がらずにぎり返した。

 すると、影がピクリと小さく反応する。
 ……なんか、反応がちょっと新鮮だな。ブラックなのに、こういう事にすら慣れてない感じって……やっぱ、声が青年だから思考も青年になってるのかな?

 ブラックって普段は百戦錬磨って感じだし、こんな反応されると……ちょ……ちょっとだけ……可愛い……かも……。

 ………………。
 い、いやいや今のナシ。可愛いとか思ってません絶対に。

 ゴホンゴホン。
 と、ともかくだな、やりたいことが出来たならやらせてあげよう。

「他に何か、したいことあるか?」

 家の前で立ちっぱなしもちょっとつらいので、そこらへんの少し大きな石の上に二人で座って問いかけてみる。
 すると、影はゆっくりとまばたきをしながら俺を見つめた。

「手……」
「もっと手をにぎりたいのか。その他には?」

 別に、単語や記憶を忘れてるってわけじゃないだろうし……こうやって触れてやることで、自分の姿を取り戻してくれるかもしれない。
 そう思い問いかけると、相手は俺の顔に手を伸ばしてきた。

「…………顔……」
「おっ、そうだぞ。顔だ。目と鼻とくちと……まあ色々ついてるな」

 何だかよく分からないが、興味が出てきたってことなんだろうか。
 それとも、ブラックなりに何かを思い出そうとしているのか……。

 どちらにせよ、俺に出来る事は体を差し出すくらいしかない。
 これで意識がハッキリしてくれると良いんだが、なんて思いつつ、熱も冷たさすらも感じない不思議な手に、顔をペタペタ触られ続けていると――――

 急に、影が動きを止めた。

「…………う……」
「ん? どした?」

 気分が悪いんだろうか。
 それとも、思い出そうとして苦しんでいるのか。

 そう思わせる唐突な停止に心配になるが、相手は俺の問いかけに答えずブルブルと震え出す。これは……先ほどのような揺らぎではない。
 ちゃんとした、のある人間の震え方だ。

 ということは、ある程度ていど“自分”を認識できたのか?

 自分が何者かを、思い出してくれたんだろうか。
 俺の事も…………。

「う゛……う、ぅ゛……ううう……っ」
「お、おい大丈夫か……?」

 いや、それにしてもうなったり震えたりが尋常じんじょうではない。
 思い出そうとしているにしては、ちょっと大仰おおぎょうすぎやしないか。もしや、体に何か異変が起こって苦しんでいるんじゃなかろうか。

 思い出す思い出さないに関わらず、何かヤバそうだぞ。
 ここは、ひとまず休憩させてやった方が良いのでは。

 俺達の事や自分の事を思い出してほしいのは山々だけど、苦しんでほしくは無い。何か不都合が有るんなら、こんな方法じゃなくてもっとブラックが楽な方法で自分を取り戻させてやりたかった。
 だって、薬を嗅がされて魂まで取られて、挙句あげくてに苦しむなんて……そんなのひどぎるじゃないか。いくらブラックがタフでも見ていられないよ。

 もう、今は休ませてやろう。
 悠長にしている時間は無いかも知れないけど、幸い周囲に人の気配はないみたいだし、落ち着かせるくらいの時間はあるだろう。

 そう思い、ブラックの手を離してやろうと手を上げた。
 が。

「……ほ、しい……」
「……え?」

 ぎょろり、と、菫色すみれいろの瞳を持つ目が見開かれて、俺の方を向く。
 確かに固定されていたはずの目が、現実世界で見た影のように“目玉が顔の中で回遊する不安定な状態”になり、俺を確かめるように大きく動き続ける。

 これは……どう考えても、ヤバいような気がする。
 早く顔に触れている手を外してやらないと。そう思って手首をつかむが。

「ほし……い……欲シい……ホシイ……」
「うわっ!? なっ……と、溶け……っ!?」

 つかんだ影の手首が、どろりと流れ落ちてくる。
 感覚も温度も無い影が、俺の手をつたって墨汁ぼくじゅうのように流れ地面に落ちた。

 だが、それらがしずくのように途切れ途切れになることは無い。
 常に流れ続けているのだ。

 なんだ……これは。どうなってるんだ。溶けてるって言って良いのか?
 理解できない現象に瞠目どうもくするが、目の前の異常はとどまる事を知らない。

 ついに、影の体までもが溶け始める。だがその光景は現実の影の比ではない。俺達が座る岩にれ、地面へ流れても染みこむことも無くただ影が水溜みずたまりのように周囲を飲み込んで広がっていく。まるで、夜の闇みたいに。

「欲シイ……欲しい、欲しい、ほしいホシいホシイ欲しいホシイ」

 ヤバい。影が、俺の手首から異様な曲がり方をして腕の方に伝ってくる。
 明らかに水の挙動ではない。まるで意志を持っているかのように、重力に逆らったような動きをしている。ということは、地面に広がっていく影は、明確にブラックの体の一部なのだ。それが、どんどん周囲に広がってる……。

 どういうことだ。
 しかも、なんだか影自身もおかしい。どんどん大きくなっている。

 顔はもう天井を見るかのように見上げないとならないほど高い位置に移動し、体格も人間というより最早もはや巨人に近い。
 ブラックの形ではない何かに変貌している。

 これは、早く止めないと……
 そう思った俺の腕から、影はシャツの中にするりと入ってきた。

 え……。
 ふ、服ごと飲み込もうってんじゃなくて、生身オンリーだと。

 ……まさか、ここでやらしい事をしようとしてるのでは……いや待て、こんな状態のブラックじゃ、いくらなんでもそこまでは考えられないはず。
 だとしたら……この、素肌だけを這おうとする影には意図があるのだ。

 そう。影は、と言っている。
 だとしたら俺の何かを感じて、それを欲しがっているのかも知れない。

 でも何だ。何が欲しいんだ。
 まさか魂とか体そのものとか言わないよな。

 ブラックを助けたいけど、喰われたり乗っ取られたら元も子もない。
 それに……もしブラックがそれで正気に戻ったりしても、悲しむだけだ。そんな事、絶対に阻止しなければならない。

 ……正直、ブラックになら……自分の体を明け渡しても良いとは思っている。
 アンタが助かるんなら、俺はそれでも良いと内心考えていた。
 でも、そんな自殺行為はブラックが正気なら絶対に望まない事だ。それに……俺の体を乗っ取ったと気が付いた時……ブラックは絶対に自分自身をにくんで、苦しんで、やむだろう。

 普段はド変態で倫理観も無いけど……
 そういう所だけは、一線を越えないヤツだから。

 だから俺は、ブラックが悲しむような事はしてやれない。
 けど、そうは言ってもどうすりゃいいんだ。
 このままだと、俺だけじゃなく森まで飲まれてしまう。俺の肌に伝ってくる影よりも、周囲に広がる影の方が速度が速い。

 これじゃ、俺が呑み込まれる前に森の方が真っ暗だ。

「ホシイ……」
「ああもうっ、ホントにアンタってヤツはもう……!」

 一筋縄じゃいかないのは今までの付き合いで重々承知してるけど、こんな時にまでその特性を発揮するんじゃないよ!!

 そう叫びたかったが、くち戦慄わなないて上手く言葉が出てこなかった。












 
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