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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
お前がお前ならそれでいい2
◆
「ほら、ここだよ。妙な所にあるだろ?」
片手をガッチリと繋がれたまま、チアさんの石像がある開けた場所に来た。
この状況は正直恥ずかしいのだが、しかし今は誰も居ないので何とかなっている。それに……ブラックだって心細かっただろうし、俺も、その……。
ま、まあともかく。
二人で仲良くチアさんの不可解な石像を確認しに来たのだが。
「ふーん? これがその“嘆きの魔女”かも知れない女かぁ。黒髪の人族がライクネス北部にいるなんて珍しいけど……それも“魔女”だからなのかな」
俺を引き連れて石像の周りを歩き、様々な角度から観察していたブラックは、再び唸りながら立ち止まった。
なにやら思う所が有るようだ。
「何かピンときた?」
「そうだねえ……あくまでも僕の感覚だけど……この石像に限っては、幻じゃないんじゃないかな」
「え? それは……どゆこと?」
ブラックは、この世界は影の中の幻だと推測を立てていたはず。
なのに、幻じゃないってどういう事なんだろう。
チアさんの石像は俺達と同じ「創り出された物じゃない」ってことなのか?
それとも、ここだけは現実の世界と繋がってるってことなのか……。
うーむ、自分で考えてもわからん。
「この石像だけは、周囲と違う異質な感覚があるんだ。それに……ほら、良く見て。変な色の霧が、像の周りだけは避けるように流れてるでしょ」
「マジ? …………あっ、ホントだ!」
ブラックに言われてジーッと見ていると、確かに赤紫っぽい霧は石像に触れる前に迂回して、さらさらと流れて行っているようだった。
まるで、石像の周囲にだけ空気の流れを操る何かが存在するかのようだ。
でも、これがどうして「幻じゃない」って確信を持たせたのかな?
そこがよく解らなくてブラックの顔を見ると、真っ黒な影に菫色の眼だけを浮かび上がらせた相手は、俺の疑問を察して答えてくれた。
「曜術を使ってると、たまに術を撥ね退ける自然物があったりするんだ。そういうのは、大抵が強い曜気を溜めこんでいたり、物体そのものが強固な物でね。……ほら、例えば、山に曜術をぶつけたって影響は微々たるものでしょ? あんな感じで、外からの力に抗うほどの力を持った存在ってのがあるんだよ」
「それが……チアさんの石像ってこと?」
「俄かには信じがたいけど、そうなんだろうね。まあ、僕達を飲み込んでいる影ってのが、どういう幻を作り出していて、何故僕達が自由に歩けるのかってのは不可解な所ではあるんだけど……。この石像が現実の物なのは間違いないよ」
現実の存在。
じゃあ、俺達を飲み込んだ影は、チアさんの石像も取り込んでるってことか。
だけど完全に自分の影響には置けなかったから、こうして森の感じとは全く違う物として、ポツンとこの場所に置き去りにされているんだろうな。
……うーん、だけど、それがどういう事なのかわからない。
「チアさんの石像が幻じゃないってのは解ったけど……俺達が森の中を自由に歩けるのとは関係ないのかな」
「どうだろうね……。でも、この場所の影響を拒んでいる物があるのを発見出来たという事は、僕達は幻に取り込まれてないから歩き回れているってことになる。本当に幻覚を見せられているだけなら、この規模だと体の自由も利かないはずだからねえ。ただ、そうなると……幻惑術じゃなさそうなんだよなぁ」
【幻惑術】ってのは、気の付加術の一種だ。
自分の精神力を使って相手の視覚に直接幻影を見せるという術で、ブラックが持つ【紫月のグリモア】の【幻術】とは全く別の術なんだよな。
前述の【幻惑術】は、付加術の【視覚拡張】の上位版みたいなもんで、その対象の視覚だけを騙すのだが、精神力をゴリゴリ削られるので凄く高度で難しい。
それに、相手が強い存在だと全く意味が無いとも言われている。
対して【幻術】は、術者の指定した範囲に“実体化した質量のある幻”を出現させる【紫月のグリモア】だけが発動できる規格外の術なんだよな。
だから、もし仮にこの空間が【幻惑術】なら、俺とブラック二人に幻を見せている事で相手はかなり精神力を使っているはずだ。
こんなに長時間使うのは難しいだろうし、そもそも【幻惑術】ならブラックがすぐ見抜いていただろうから、これは違うんだろうな。
まあ……【アルスノートリア】なら可能かもしれないが……。
それなら、もう何か仕掛けてきているだろうに、何もしてきてないからなぁ。
だから、ブラックもどういうことかと首を捻っているんだろう。
……なんか、首をひねり過ぎてポッキリ折れてる感じになってるが……見なかった事にしよう。俺は何も見てない。
話を戻そう。えーと、幻惑術じゃないけど幻っぽい空間ってことは……。
「……やっぱり“魔女”が何か関係あると思う?」
現在のこの世界では、ヒトが幻を作り出す術は【幻惑術】しか存在しない。
普通に考えても、チート能力が無い人族には無理ってことだよな。
だとしたらやっぱり、異質な力を使えるっていう“魔女”の仕業なんだろうか。
……いや、チアさんが犯人だとは全く思ってないんだけどさ。
「そうだねえ……でも、僕的には魔族の幻覚の方が有り得そうかな。その魔女ってのは、既に滅んだ存在なんだろ? 黒髪女が本当に“魔女”だったとしても、僕達を影の中に捕える理由が分からないし……それよりは、モンスターか魔族のせいだって方が納得いくかなぁ」
「魔族……」
ブラックが言うには、魔族なら“魔術”で幻惑術のような幻を見せる事が出来るうえに、魔素さえあれば発動できるという事で人族のような制限が無いのだそうな。
まあ、人族の大陸には魔族の大陸のように魔素が溢れているというワケでもないので、永遠に術を掛ける事は出来ないそうだが……。
けど、確かに魔族ってんならこんなワケの分からない事も出来そうな気がする。
まあモンスターってセンも捨てきれないけど。
「ともかく……現状を考えると、僕の魂は“攻撃的な影”に飲み込まれていて、ツカサ君も同じ領域に囚われているってことだね。……とはいえ、僕達が影の中で出会って意識を保てているってのは妙な話だ。今のところ、モンスターか魔族の仕業だと僕は思っているけど……でも、それも予想でしかない。もっと情報が必要だね」
「情報かぁ……。うーん、じゃあ歩き回ってみるか?」
調べようと思っても、それくらいしかやることがない。
足で稼いでみるか、とブラックに持ちかけるが、相手は何故か少々得意げな感じの雰囲気を出しながら掌を俺に見せた。
「ふふふ、そんな必要はないよ。今の僕にはとっておきの方法があるからね」
「な、何それ。どうするんだよ」
「まあまあ、ツカサ君はその辺の切り株にでも座ってて」
そう言うなり、ブラックは俺の手を引き切り株へと連れていくと強引に座らせる。
妙に自信満々なブラックに気圧されて素直に座ってしまったが、一体どうしようってんだろうか。流石に【索敵】でもこの広さは骨が折れるよな。
不思議に思っていると、ブラックは俺の目の前でゆっくりと目を閉じて……何やら集中し始めた。もしや曜術を使うのか。
しかし、俺の予想は大きく裏切られた。
「――――んん゛っ!?」
目の前で集中し始めた、影の姿のブラック。
その肩が、急に――――軟体動物のように蠢き始めたではないか。
なんとも奇妙なその光景に目を剥き絶句する俺の前で、ブラックは影の体を大きく蠢かせながら……足元から、影を融解させ広げ始めた。
「わっ……ぶ、ブラック、大丈夫なのかよこれ!!」
再びどろどろと勢いよく流れ始める影に思わず問いかけるが、相手は「大丈夫だ」とでも言うように俺に手を向けて、握ったり開いたりして見せる。
どうやらこれは、ブラック自身が影の体を操っているようだ。
もしかして、この影の体を利用して、一気に森を把握してしまおうってのか。
確かにその方が早いし、この上ない活用方法だと思うけど。
でも、まさかそんな方法を取るなんて思いもよらなかった。
ブラックが大丈夫なら良いんだけど……しかし、見ている方は不安になるぞ。
「この体の使い方も、なんとなく解って来たんだ。すぐ森の中を把握しちゃうから、少し待っててね。すぐ終わるよ」
「お、おう……」
その言葉通り、ブラックの足元から流れ出した影はどんどん広がっていく。
時間が経つごとに速度を増して、森の奥へ奥へと広がっていくその影を見送り……俺は、少し背筋にぞくりとしたものを感じた。
別に、ブラックが怖いってわけじゃない。
そうじゃないんだけど……。
こんなことをしていたら、ブラックが元の姿に戻れなくなるんじゃないだろうか。
何故か、そんな漠然とした不安を感じてしまった。
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