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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
9.幸福の魔女の物語1
「好きなところに……座って、下さい……」
チアさんはふらりと立ち上がり、棚から何やら取り出そうとする。
……お茶を淹れてくれるつもりなのだろうか?
こんな状況で気を遣わなくても……と気の毒になったが、普段の行動を行うことで気持ちを落ち着かせようとしているのかも知れない。
そう思った俺は敢えて何も言わず、ペコリア達を抱え上げてお尻からマットの上に座らせた。マーサ爺ちゃんもだけど、今日は本当に無茶ばかりさせて申し訳ない。
俺達も勧められた椅子に座ると、チアさんがお茶を出してくれるのを待った。
少しして、彼女は人数分のカップを運んでくる。
と言っても五分も経っておらず、いつの間にかヤカンがお湯が沸いた事を知らせる湯気を立てており、お茶を淹れた音も気が付かなかった。
……定期的に触手が打ち付ける騒音が、外から聞こえてくるからかな……。
こんな時にお茶なんて悠長なことをしている場合なのかという気もするが、こうなったからには今更何かを言う権利は俺には無い。
まあ、チアさんが落ち着いてくれることがまず第一だ。
そんなことを思いつつ、俺はお礼を言ってカップに口を付けた。
「…………?」
あれ。なんか……最初に飲んだ時のお茶の味と違うな……?
アレはどくだみともマテ茶とも言い難い独特な野草の味だったんだけど、今飲んだお茶は、俺からすればどくだみ茶みたいな風味が有るけど飲みやすい、ほんのり葉の甘さを感じるような美味しいお茶だった。
あのエグい感じは何だったんだろう。
そんなことを考えていると、空いた椅子に座ったチアさんが俺達を見渡す。
……よく見ると、チアさんの瞳は不思議な色だ。
緑色の瞳の中に、金の粒を散らしたような光がある。
金色の瞳と言えば、アドニスやライクネスのイヤミ王がすぐに思い浮かぶが、何かの力が強い人は金色の瞳になったりとかするんだろうか?
でも、確か最初に見た時のチアさんの瞳は赤色だったような気がするんだが……うーん、俺の見間違いだったのかな。
考えていると、ブラックが思っても見ないことを口に出した。
「僕が最初に飲まされたお茶と味が違うな」
えっ……もしかして、ブラックも同じお茶を飲んでたのか?
思わず横に座る若めの影の顔を見やると、視界の端でチアさんが無表情ながら申し訳なさそうに軽く俯いた。
「……それは……多分……“あっちの私”が、貴方達を取り込みやすくするために……魔女のまじないを、含ませたお茶を……出したんだと思います……」
「取り込みやすく? どういうことだ」
「…………たぶん……力を失ったから……。私は“幸福を与える魔女”……天の階の先にいらっしゃる神様に頂いた名の通り、人々に幸福を与えることで力を蓄え……この森を害するものを、排除してきました」
流暢になった声に、視線を戻す。
すると、チアさんは顔を上げて俺達をジッと見つめた。
「排除、か。まるで森の管理者みたいに言うな」
「そのように、とって頂いて……構いません……。私は、森を守るために……魔族の方と、契約をして魔女になりましたから……」
「魔族と!?」
確かに「そういう方法があったらしい」というような話をチラッと聞いた気がするが、本物の魔女に出会うとは思わなかったので、思わず驚いてしまった。
魔族、というと……この森の南部に今も隠れ住んでいるだろう、ヴァリアンナさんが思い浮かぶ。あのような美女と、何らかの方法で契約したのか。
俺がマーサ爺ちゃんやリオルと契約した時みたいな感じなのかな?
「はい。……貴方達の、驚きようを見ると……外は、もう、そのような方法で曜術や“呪い”を使う人は……いないのですね……」
「少なくとも魔女なんて存在はいないな。もう滅びたと言われている」
ブラックの包み隠す事も無い返しに、チアさんは視線を落とした。
まるで、自分がどのような世界に居るのか理解して少し落ち込んでいるみたいだ。
思わず声を掛けそうになってしまったが、中途半端な慰めは逆に失礼だと思い、俺は全ての話が終わるまで沈黙することにした。
「そう、ですか……。ずいぶん、長い間……私は、待ち続けていたのですね……」
呟いて、チアさんは何故か俺を見ると少し気を持ち直し、再び姿勢を正した。
落ち着くためにお茶を一口飲む仕草は、やっぱり綺麗だ。
癖一つない艶やかで長い黒髪と、そのまだあどけない表情は、この世界では一番俺と同じ「日本人」に近い容姿のように見えてドキドキする。
瞳の色は完全にこちらの世界の人なんだが、日本のお姫様みたいなんだよな。
それもあって、なんだか彼女が記憶の中にある何かに重なるような気がしてくる。
森の中のお姫様。
ずっと森の中で待ち続けていたお姫様。
……実は最初から既知感があったんだけど、なんだかうまく思い出せない。
普段なら、そんなことないハズなんだけどな……。
「で、本来なら待ち続けるだけだったお前が、どうしてあの影の姿と普通のヒトの姿に分裂して、しかも片方が襲ってくる? 力なんて、ただヒトを襲っただけじゃ手に入らないだろう。それとも、魔女ってのは伝承通り人を喰うのか?」
「……そういう、方法もあります……。私は、糧にする媒体が“人の幸福”でしたので、誓った物以外には、手を出さずに済みましたが……魔族と契った魔女は、他人の曜気を奪う術も……授けられます、から」
魔族と契約すると、他人から曜気を奪える。
大陸に魔女が存在していた時代には、そんな方法もあったのか。
っていうか、魔族と契約するとそんな事できるんだ……しらなかった……。
いや、多分マーサ爺ちゃん達も知らないんだよな。だって、今のチアさんの言葉に、爺ちゃんは目を丸くして絶句してるワケだし。
「む……昔の魔族は、とんでもないことをしとったんじゃの……」
「私は、優しい魔族と出会いました、から……」
「で、その方法で僕らを絞って何がしたかったんだあの影は? そもそも、どうして分離なんて出来た?」
ブラックもカップに口を付ける。
……体から漏れたりしてないな。影と魂だけの体のはずなんだが、どこに飲み物は行ったんだろうか……。
一瞬気を取られてしまったが、チアさんの吐息が聞こえて視線を戻す。
すると、彼女は再び思いつめたように俯いていた。
「…………私が……魔女であることを拒否し、また、人を殺してでも……魔女であり続ける事を望んだから……」
「要領を得ないな」
「……きっかけは……私が、あの人に……クリス、に……出会ってから、でした」
いつの間にか、家の外の騒音が止んでいる。
静けさを取り戻した家の中で、チアさんは語り始めた。
――――今の人々には、最早「かつて」と呼ばれるだろう時代。
その頃、一人の少女が森で暮らしていた。
……名前は、疾うに記憶にない。
彼女は小さな村に住む少女で、日々森の恵みを頂き幸せに暮らしていた。
小さくて狭い範囲を行き来する人生だったが、穏やかな生き物だけが住む森の傍で生きることは確かな幸福だったのだ。
だが、その生活は突如として終わりを迎える事になる。
或る時――――邪悪な黒い霧が辺りに広がり、村と森を覆った。
すると、次々に村人が狂い、理由も解らぬ暴力と諍いを始め……そこに凶暴化した森のモンスター達が押し寄せて来たのだ。
穏やかなモンスターしか見かけない場所だった村は、もう見る影も無かった。
炎と血の赤、人々の狂った笑い声、モンスター達の咆哮。
辛うじて生き残った少女が見た光景は、この世の終わりのようだった。
……幸せな風景など、一かけらも残っていない。
そんな恐ろしい風景から必死に逃げるように森へ駆けこんだ彼女は、必死に走って見つけた高い木の洞に入り、泣いた。その場所から動けず、村が燃える光景と、これほど遠くに居ても聞こえてくるような狂気の声を思い出し、ただただ泣いていた。
もう、動けない。
ここで死ぬのだろう。
数日経過し、途切れ途切れの意識でそう考えていた頃。
空から、褐色の肌と長い耳を持つ男がやってきた。
曰く、彼は【魔族】という種族で、結託した“神”の名の下に動いているという。
その“神”が何なのか理解はできなかった。
だが……彼に「生きたいか」と訊かれた時、否定はできなかったのだ。
幸せを知っていた。確かに幸せだった記憶があった。
だから、願いが叶うのなら……この森を、あの頃と同じ穏やかな場所に。
ただひたすら、そう願ってしまったのだ。
……魔族は、彼女のそんな拙い願いを聞き届けてくれた。
こうして少女は魔族と契りを交わし、この森を守る【魔女】となったのだ。
人々の幸福を対価に力を得て森と暮らす、稀有な黒髪を持った魔女に。
――――そして、数十年経っただろうか。
人の絶えた村に再び棲みつく人々が現れ、また集落が村としての形を成した時、森に棲む魔女……新たに“フェリーチア”という名を貰ったかつての少女は、再び人族と出会う事になった。
フェリーチアは、人々の幸福から齎される感情を分けて貰い力を増す魔女。
村人の願いを叶え、生活を助ける事で感謝と幸福を得ることで、更に彼らの幸福を増やすフェリーチアは、彼らから【幸福の魔女】という二つ名を頂いた。
その力は、最早狂うモンスターをも屈服させる。
かつての村で見たような災禍から逃れてくる人々を受け入れる村は、やがて街へと変貌し、彼らはその街を森に棲む【幸福の魔女】が治める幸福な街――――
【ユーダイモ】と名付けた。
豊かで憂うことなく、誰もが穏やかに安心して暮らせる場所。
満ち足りたその場所は、フェリーチアの記憶に沈む凄惨な過去を払拭してくれた。
……そんな、ある日。
フェリーチアのもとに、ある一人の少女が現れた。
「…………彼女の名前は……クリス……。女の子なのに、男の人と同じように女性を愛する気持ちを持つ、不思議な……男勝りの少女でした……」
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