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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
17.帰り来れば思う事
◆
「……はあ……なんか怒涛の一日だったな……」
「しかもまだ夜明け前だよ。……あの魔女の領域って、時間の進みが遅いのかな」
ガサガサと森を抜け、草原へと出る。
目の前には草原が広がり、右手に大河、正面に【ヘカテクライオ】の街が見えたが、どこにもおかしなところは無い。
……正直、何か不可解な力で【翠華】が戻って来てないか……とか、ヤツの仲間が潜んでいないかと心配していたんだが、それも杞憂だったようだ。
まあ……ブラックも特に警戒してなかったしな。
けれど、そこで安心するとやっぱりまた周囲の様子が気になってくる。
「夜明け前、か……。あんだけ色々あったのになぁ……」
ブラックの魂を探して森に入り、チアさんの領域に入ったと思ったら影に食われ、影の中から出たら【翠華】と鬼ごっこして撃退して……合算すると、ホントなら一日くらい経っていてもおかしくないんだけどな。
まさか、まだ夜明け前だなんて思ってみなかったよ。
「まあそれほど時間が経っていない方が、こっちも逃げる時間が作れるし……奇妙な気分だけど、これはこれで良かったのかもね」
「だな……。これなら一眠りしてファムさんのお見送りが出来そう……」
川からの少し冷たい夜風が、未だに時刻は朝ですらない事を知らせている。
水平線の端が薄く明るさを滲ませているけど、それでもまだ朝は遠そうだった。
うーん、やっぱり一眠りしても充分なくらいの時間っぽい。
チアさんの領域を出た途端に外が真っ暗になったから、慌てて、「もう寝なさい」とペコリア達をおうちへ帰したのだが……どうやら正解だったようだな。
そう考えつつ、どのくらい仮眠してからファムさんを見送りに行こうかと思案していると、ブラックが呆れたような声で肩をすくめた。
「んもー、ツカサ君たら律儀なんだから。お見送りなんて必要ないよ。あの手の研究狂いは日が昇ったらすぐに出発しそうだし……」
「でも……」
「まあ別に僕達まで王都に戻らなきゃいけないってワケでもないんだからさ、今日はあの魔女の薬が出来るまでゆっくりしていようよ」
「うーん、良いのかなぁそんなにゆっくりしてて……」
ファムさんには重大なコトを頼むワケだし、そもそも彼が倒れた原因は「毒薬」という人為的なモノの可能性があるのだ。
もしそれが本当に【アルスノートリア】の仕業なら……やっぱり、危ないのでは。
それに、国外に跳んでった【翠華】がいつ戻って来るか分からないし。
この状況でゆっくりなんてしてて良いんだろうか。
「良いんだよ。今日はツカサ君もたくさん頑張ったじゃない! ちゃんと休まなくっちゃだよ! ロクショウ君もそう思うよね。ねーっ」
「キュ~!」
ヤケに軽い調子でそう言いつつ、ブラックはロクショウに同意を求める。
アッこの野郎、ロクを盾にしやがったな!
だがしかし、ロクが同意したのなら俺には何も言う事が無い。
……ま、まあ……考えてみればブラックも体に戻りたてだし、俺も実際疲れてるし、それにマーサ爺ちゃんとリオルも一旦【トランクル】に帰さないとだしな……。
いくらカンランの実の果樹園が俺のチートパワーで常時収穫祭だとしても、それらを綺麗に維持してくれているのはリオル達だし、そもそも二人は「休む」ってより、家の仕事をしない方が体に異常をきたすみたいだし……。
…………魔族の性質もよく解らんが、とにかくみんな休息が必要だろう。
「じゃあ……少し休むか……。爺ちゃん達も一度帰って休んで」
「うむ。わかっ……んん?」
「ん?」
マーサ爺ちゃんは頷こうとして、何故か不可解そうに片眉を上げて声を飲む。
どうしたんだろうかと思っていると、すぐに表情を苦笑に歪めて言葉を続けた。
「休んだ後で良いから、もう一度自分を呼んでくれとリオルが言うておるようじゃ。申し訳ないが、頼めるかのう」
「う、うん……? それは良いけど……」
どうしてそんな事を頼むんだろう。
何か用事があるのかな。まあ良いか。
とりあえず爺ちゃんにはお礼を言うと、ひとまず帰って貰った。
……これで、また二人と一匹っきりだ。
「キュァ~……」
「おっと……ロクも眠い? おいで」
可愛い欠伸をして大きく口を開けたロクショウを招き、俺はベストを開く。
緊張の糸が切れて眠気が一気にやって来たのだろう。なんたってロクは夜更かしもせずにスヤスヤ眠る、俺呼んで健康優良ヘビトカゲちゃんだからな。
今日も沢山助けて貰っちゃったし、早く宿で寝かせてあげたい。
それまでは俺のベストの裏ポケットでお眠りと示すと、ロクはふにゃふにゃと瞼を緩めながらやってきて、ポケットの中に潜り込んだのだった。
ああ……この胸に感じる幸せな厚みよ……。
「僕達も宿に戻ろう」
「おう」
さくさくと草原を踏みしめながら、街へ近付く。
……そういえば、この【ヘカテクライオ】って、昔は【ユーダイモ】とか言う名前だったんだよな。だけど、今はもうその事を知っている人もいないんだっけ。
ふと思い浮かんだことに、少し妙な疑問が湧いてくる。
そっか、名前か……。
俺の世界……ってか、俺の住んでるトコでも、そういうの結構あるんだよな。
旧地名?とかいうんだっけ。案外重要な意味が込められていたりして、無暗に町の名前を変えるのは危ないってニュースでやってたのを見た記憶がある。
街でもなんでも、名前には意味があるんだよな。
フェリーチアさんの名前も魔族が「幸福」だからって付けたらしいし、ブラックやレッドの名前も、一族の……“導きの鍵の一族”にとって重要な『色名』から付けられたって話だし。何にでも、意味がある名前にされてるモノは存在するのだろう。
だとしたら――――あの【アルスノートリア】の華美な名前は、何なんだろう。
……ふと考えてしまったが、そんなこと考えても分かるわけないよな。
【翠華】なんて、説明されなければ俺には果物の「スイカ」だとしか思えなかったし、ブラック達だってそうだったろう。
そんな分かりにくいキラキラネームを付ける意味って、なんなんだ?
【グリモア】への対抗心だとしても……なんというか、大人らしくない気もする。
なんかこう……俺みたいな、同年代の漫画好きみたいなセンスっていうか……。
ともかく、チアさんみたいに簡潔で「名は体を表す」みたいな感じが無いのだ。
そう言う所も何だか変な感じなんだよな……。
うーん……そもそも……アイツらを作ったっていう女神【イスゼル】って、何なんだ。俺が知ってる【黒曜の使者】の神々にはそんな名前の人は居なかったし……。
でも、エーリス領に眠っていた“百眼の巨人”とお嫁さんに祝福を与えてくれるくらいには力を持っていたし、【ポートスの民】って人達には信仰されてたんだよな。
今でもその信仰は、山岳の村【アルフェイオ】で細々と受け継がれている。
だから……本当に、凄い力を持った存在だったんだと思う。
けど……このことに関して、キュウマは一度も言及したことは無かったよな。
俺達の事を見守っていてくれるはずなのに、何故か一言も。
それは、キュウマすら知らない女神だからなのかな。
もしくは……言いたくても言えない何かがある……とか……。
…………だめだ分からん。
今更ながらに聞いておけばよかったと思うけど、そんなことを言っても遅い。
「ぅふぁ……」
ぐわー、ダメだ。
答えの出ない事を考えていたせいで、頭が限界なのか余計に眠くなってきた。
もうすぐ街に入る海沿いの道だってのに、こんなんじゃ海に落ちてしまう。
だけど欠伸は止められなくて大口を開けてしまうと、ブラックが少しからかうように俺に指摘してきた。
「あっ、ツカサ君も欠伸しれ……ふあ~ぁ……」
「アンタも釣られてんじゃん」
「えへへ……一気に緊張の糸が切れちゃった」
そう言いながら、自然に手を繋いでくる。
あまりに自然な動作すぎて振り払う動作も出来なかったが、そんな俺に付け込み、ブラックは指の間に自分の太い指を捻じ込んできた。
う……こ、これは……恋人繋ぎ……っ。
見上げたブラックの顔は、目を眠気に引かれながらも嬉しそうに緩んでいた。
「ね、ツカサ君……今日は一緒のベッドで寝よ……?」
「え……」
「僕、体に戻った実感がもっと欲しいなぁ……。ツカサ君をぎゅ~って抱きしめて眠ったら、その実感が更に増すと思うんだよ。だから……ね?」
ぐぅ……っ。そんな風に言うのは、ずるいだろ。
そりゃ、今までアンタは魂だけの姿になってたワケで……それを考えると、いつものような強い拒否も出来なくなってしまう。
だって……
「もう体には戻れないんじゃないか」
「二度と元の姿になれないんじゃないか」
なんてブラックも考えて、不安になっていたかも知れないんだし。
俺だったら、そんな状況になれば怖くて仕方なかっただろうから……。
だから、今こんなオネダリをされてしまったら、もう何も言えない。
手すらも、振り解けなくなってしまった。……たぶん、ただ一緒に寝たいだけだ。そう解ってはいるのに。
けれど俺だって……俺だって、ブラックが……元に戻れなかったらって思ったら、本当に……驚くぐらい……怖かったから。
…………だから、いつもの俺なら、絶対……らしくないんだけど……。
「……だろうな……」
「んっ?」
「ほっ……」
う、うう、声がつっかえる。
でも、もう何だか恥ずかしさ以上に、胸が苦しくて。
言葉を吐き出さない方が辛かったから――――つい目を泳がせながら、震える声で情けなく問いかけてしまった。
「ホントに……寝るだけ、だろうな……」
こんなの、いつもと同じ問いかけじゃないか。
何を恥ずかしがることがあったんだろう。そう思うんだけど。
でも何故だか……今日だけは、いつも以上に恥ずかしくて。
「ブラックがそう出来る体に戻れて良かった」と、泣いてしまいそうなくらいに、心底喜んでいる自分を知っているから……どうしても、普通じゃいられなかった。
……くそ、もう、何だか変だ。
さっきまでは平気だったのに。「本当に良かった」としか思ってなかったのに。
なのにどうして……二人きりで宿に帰っているだけの時に、泣きたくなるんだ。
いつも通りに手を繋いで、いつも通りに……じゃれつかれただけなのに。
「……ツカサ君たらもう……。そんな風に可愛く言われたら、せっかく我慢しようとしてたのに……我慢できなくなっちゃうよ……。」
俺の手を包む大きな手の力が、少し増す。
ぎゅっと握られたことで思わず反応してしまったが、もう逃げる事も出来ない。
……逃げようにも、足は全然動いてくれなかったんだけど。
そんな俺の耳に、ブラックは顔を寄せて来た。そして。
「もっと“体に戻れた”って実感が湧くこと……させてくれる……?」
低くて耳が痺れるような声が、流れ込んでくる。
それだけで、もう体温が熱くなって何も言えずに喉がきゅっと締まってしまう。
実感って、そんなの……変な意味じゃないかも知れないのに。
なのに俺は過剰に意識して。バカじゃないのか。
そうは思うけど、でもブラックの声が“そういう気分の時の声”だと理解してしまうと、お腹の奥が勝手に熱くなってきて足が閉じてしまう。
だってもう、何度も聞かされたから。
ブラックが興奮している時の低くて掠れた声を、知ってしまっているから……。
「っ……」
つい息を飲んでしまうが、そんな俺にブラックは息だけで笑う。
だけどその吐息は、俺の耳に掛かってくるんだよ。頼むから今は笑うな。
懇願したい気分だったがそれすら言えなくて。
ただ震えながら息を吸う俺に、ブラックの声が笑みに歪んだ。
「ツカサ君って、ホント……口は意地っ張りなのに、体は素直だよね」
可愛いよ。
また、わざとらしく耳元に囁かれて、俺は無意識に体を震わせてしまった。
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