異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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会遇古港エスクレプ、偉大な術師の夢と痕編

  怒号1

 
 
「…………あまりにも邪悪ですね。悪魔の所業としか言いようがない」

 話の最中に誰も入って来ることがないようにと鍵をかけた、応接室。

 ブラックが語った一連の事件を聞き終え、テーブルの向こう側にいる相手は眼鏡の位置を指で直しながらぽつりと呟く。
 その声は、いつもの飄々ひょうひょうとしてにくたらしい声とは大きく違っていた。

 まるで、大罪人がしている光景を目の当たりにして、嫌悪と軽蔑けいべつを隠しもせずに吐き出しているような――そんな声音だ。

 しかし、聞いているだけでうんざりするような相手の言葉を、ブラックは否定しなかった。……この話に限っては、無理もないと同意できたからだ。

(弱い心に付け込んで、認識や感情をげたうえに……殺しをさせようとする。【アルスノートリア】……特に【菫望きんもう】が関わっている件はしゃべっていても胸のあたりがむかむかしてくるのに、初めて聞いた奴なら尚更なおさらいきどおりがおさまらないだろうな)

 ただ、それも「正しく他人を思いやれる感情を持っている」という前提があるが――――稀代きだいの薬師である【緑樹りょくじゅのグリモア】は合格だったようだ。

 そんな上から目線の評価をしながら、ブラックは向かいの席に座っている“稀代きだいの薬師”たる青年……アドニスを見やった。

「この【エーリス領】で起こった百眼の巨人事件や、交易都市ラクシズでの“殺人鬼”の女の事件、それに【アコール卿国きょうこく】のギオンバッハ大峡釜だいきょうこくに秘密裏に作られていた【絶望の水底】という強制労働施設と贋金にせがね事件……人族の大陸での事件を数えても、どれも陰惨いんさんで気がる事件ばかりだ」

 それに加えて、獣人大陸での【礪國れいこく】の一件も含めると溜息しか出てこない。

 しかも、考えてみれば「あいつらがやった可能性があること」は色々思い当たる。確証が無いので明言は避けたが、それでも暗躍していないとはがたい。
 獣人大陸で【礪國れいこく】を操っていた“教導”という大男のことも気がかりだし、先日の【翠華すいか】のことも頭が痛い問題だ。

 …………もしかしたら、あの“謎のモンスター”も、関連しているかもしれない。

 考えれば考えるほど、溜息しか出てこない話だった。

「ヒトをあやつって、故意に破滅させているようにしか見えませんが……どんな目的があってそんなおぞましい事をしているのか理解に苦しみますよ」
「……お前に同意するのはしゃくだが……同感だ。【皓珠こうじゅ】や【礪國れいこく】をよみがえらせたのは理解できるし、百眼の巨人に関しても何かを得ようとしてあやつったのだろうという事はわかるが……他の事は何が目的なのか判然としない」
「地下労働施設は金策目的だとしても、それなら殺人鬼を野放しにしていたラクシズの件が奇妙な事になりますね」

 先ほどの長い話を黙って聞いていただけあって、相手の理解度は高い。
 ……まあ一度で覚えられるようなほど短いわけでもなかったのだが、それでも記憶してしまえるのは、やはり相手もと言う事なのだろう。

 個人的には何度も顔を付き合せたくない相手なので、一度で全てを理解してくれるのは、ありがたい事ではあるのだが。

 そんなことを思いつつ、ブラックは疑問に同意した。

「僕もそれは疑問に思っていた。……単に【菫望きんもう】の蘇生そせい能力を試したかったんだとしても、わざわざ最後に出てくる意図が分からないし……試しただけなら放っておけばいい。少なくとも僕にはアイツが手駒を大事にするような奴には見えなかったね」
「今までの行動が、我々と敵対するための準備と仮定するから……ラクシズの件だけが奇妙に思えるんでしょうか。まあ、執拗しつようにツカサ君と貴方を追っている、と考えたなら、嫌がらせの一環と取れなくもないですが……」

 ラクシズの件は、他と違って「完全に自分達への嫌がらせだ」と言いたいのか。
 だが、それでは納得できない違和感があって、ブラックは反論した。

「だとしたら洗脳した時期が合わないだろ」
「種を先にいておくような連中ですよ? 貴方達の行く先に“芽吹く前のつぼみ”が配置されていても、私は驚きませんね」
「なら、ラッタディアでも芽吹いたんじゃないのか。その悪意のつぼみってヤツは」

 気障きざったらしい言い回しで気持ちが悪い、と眉間にしわを寄せたブラックに、相手は白けたように目を細めて鼻で軽く息をく。

「可能性は考えておいた方がいい、という事ですよ。彼ら【アルスノートリア】は、我々【グリモア】を抹殺まっさつすることが使命なのでしょう? だったら、確実に殺すための準備をしているのが当然です。ラクシズの殺人鬼も、その小手調べかも知れない」
「僕達があの程度ていどで死ぬかどうか試した、と?」

 随分ずいぶんと安く見積もってくれる。
 人族の世界に這い出てきて数年程度ていどの妖精風情ふぜいがよく言うものだ。

 今度はこちらが白けた目を向けると、小憎こにくらしい薬師はわざとらしく肩をすくめた。

「あくまでも可能性……ですよ。これまでの活動期間を踏まえれば、そう考えた方がすんなりいく、という話です。私も納得しているわけではありません」
「……何かの目的のための道筋はあるように思えるが……」
「そうですね……」

 少し考えて、相手はくちの下にこぶしえ考えるような仕草をする。

「……ま、今考えても仕方のない事でしょう。その様子なら、貴方も彼らが『何かの大きな目的のために動いている』とさっしているでしょうが……それが宿敵をたおすための事かどうかも、まだ分かりませんから」

 その通りだ。
 ――――百眼の巨人の都市での一件に、絶望の水底での金策。客船サービニアを実質的に奪取するつもりだった【皓珠こうじゅ】の行動と、獣人大陸で【礪國れいこく】がおこなおうとしていた「唯一の獣人国家を破壊する」行為。

 これが、何につながるのか――――今は、予想もつかない。

(何か、違和感があるが……とっかかりもないし、お手上げだな……)

 頭の中で思い浮かべた一連の行動に対して、何故だか納得が行かないと思う感情がいてくるのだが、今は何に焦点しょうてんを当てても推測にしかならない。
 確固たる証拠が見つからない限りは、どれもただの妄想だった。

「しかし……【アルスノートリア】が起こした事件がどれも、この【ライクネス王国】や【アコール卿国きょうこく】で起こっているのが奇妙ですね……。もし貴方達を狙っての事では無かったとしたら、何かあるんでしょうか?」

 呟く陰険いんけん眼鏡に、ブラックは腕を組む。
 確かに、言われてみればそうだが……。

「最古の国に関係があるのか……それとも、あいつらにとって“重要な何か”が、この二か国に集中しているのかもしれない」
「おや、他人にはきびしい事を言うくせに、ずいぶんぼんやりした予想ですね」
「うるさいなぶっ殺すぞ。ただでさえお前と二人きりなんて願い下げだってのに」

 文句があるならこれ以上の情報はやらないが、と殺意を込めてにらむと、相手は眉をあからさまに上げて「やれやれ」と言わんばかりに息を吐いた。

「はぁ。……ま、いがみ合っていても話は進みませんし、このくらいにしましょう」
「お前が仕掛けてきたんだろうが眼鏡粉々に割んぞクソ眼鏡」
「とりあえず、【アルスノートリア】については私の方でも調べてみます。恐らくは、あの高慢ちきな【勇者】も探っているでしょうが……貴方達が、私には出来ない方法で情報を集めるように、私にもがあるかも知れませんから」
「ふん……」

 確かに、自分達は同じ【グリモア】と言えど立場が違う。
 あの憎たらしい【勇者】はライクネス王国の騎士団でもあるし、この胡散臭うさんくさい眼鏡は薬師として世界各国の貴族や王族にツテがある。

 もしかしたら、自分達では知り得ない【アルスノートリア】に通じる新たな情報が見つかるかも知れないのだ。

 とはいえ……「分かった、頼むぞ」とは言いづらい。
 ただ息を吐いたブラックに、アドニスはかわいた笑いをこぼした。

「さて……では、もう一つの話……私からすれば、本題はこちらの方なのですが……ツカサ君の様子や、異変……何か、彼に関して知り得た新たな情報はありますか」

 まるで問診するかのように問いかけてくる相手。
 薬師が医師きどりとは笑えるが、しかしツカサの体を安定させることが出来るのは、この男ぐらいしかいない。

 それが今は歯痒はがゆくもあるのだが、今後のためにも話しておくしかないだろう。
 特に……あの話は。

(………………僕は、冷静に語れるかな……)

 考えて、憂鬱ゆううつになる。

 “あの話”を自分のくちから語るとなると、気が重くて仕方が無かった。
 自分がやった事ではないと言うのに、過去の使者達の末路まつろを思い出せば思い出すほどツカサに重なって、胸が苦しくなるのだ。

(だけどこれは、ツカサ君のためでもある……。それに、コイツは明確に“ツカサ君を守る”と誓った。気に入らない奴だが、次に話すとすればコイツしかいない)

 ブラックとて、その陰惨いんさんな過去を聞いてまだ時間が経っていないのだ。
 まだ心が落ち着かない状態では、精神が不安定になっているシアンにも話せないし、失言をする可能性もある。

 熊公に話すならまだしも、あの【勇者】気取りの傲慢なクソ貴族に至っては、この事を話せばお互いに余裕すらも無くなってしまうかもしれなかった。

 いや……もしかしたら、殴り合いになるかもしれない。
 自分だって、話して正気をたもっていられるかどうかは怪しかった。
 
 ……七人の黒曜の使者の話は、ブラックにとってそれほど衝撃的だったのだ。

(だから……今その話を聞かせられるのは、この眼鏡くらいしかいない。……どんな反応をするのかは未知数だが……少なくとも、他の奴らよりは動揺せずに、話を受け止められるはずだ)

 だが……本当に、受け止められるだろうか?

 ――――いつか来るかもしれない、自分達にとっての最悪の結末。
 それを聞いて、目の前の男はどんな反応をするのか。それすら分からない。

 願わくば、自分よりも冷静に物事を受け入れて客観的な事を語って欲しいが。

(……コイツがそうやって、動じずに受け止められるなら……僕も少しは、自分自身から突き放して冷静に考えられるかもしれないんだけどな……)

 こういう話は、一人で抱え込んでいるままだと心がむしばまれてしまう。
 だからこそ、他人に語ることが必要な時もあるのだ。
 そうすることで、自分の言葉から新たに理解を得て、冷静に思い返して考察する事も可能になるのだから。

 ゆえに、記憶として腹に溜めこむよりも、言葉にして咀嚼そしゃくしてしまった方が良い。

 心が乱れて暴走することがないように、おのれりっするのだ。
 改めて、頭の中で自分に言い聞かせると、ブラックは相手に向き直った。

「…………ツカサ君の体の事とは別に……お前も懸念している事に関しての新事実が有る。胸糞悪い話だが……聞く覚悟はあるか」

 まるで言い聞かせるようにして、問いかける。
 だが相手は初めから心を決めていたのか、表情を変えずに頷いた。

「ええ、どうぞ。……私とて【グリモア】です。……自分の醜悪さも、この身の内にある魔導書の怖ろしさも、充分に知っているつもりですから」

 こんなことを、臆面おくめんもなく言う。

 だが、そんな相手だからこそぶつけられる話もあるのだ。

(……ははっ。これじゃ、僕が何かの患者みたいだな……)

 改めておのれの不安定さに気付いて内心あきれるも、なけなしの“大人らしさ”で冷静な顔を装い、ブラックは改めてくちを開いたのだった。












 
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