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会遇古港エスクレプ、偉大な術師の夢と痕編
19.清楚な弟子ってなんだろう
◆
「ツカサ君、準備は出来ましたか?」
部屋の外で、アドニスの声が聞こえる。
恐らくはブラックとリオル、ロサードも一緒に居るのだろうが、その……。
なんというか、入って良いよと言える自信が無い。というのも。
「キュ~」
「うーん……なんか、この服で本当に大丈夫かな……」
「キュゥ? キュッキュキュー!」
俺が今の自分の服を確かめているのを見て、ロクは「似合うよ!」と言わんばかりに笑顔でパタパタと飛び回っている。
その無邪気さと世界一の可愛さを見ていると和んでしまうが……再び自分の格好を見てしまうと、その幸せな気持ちがじわじわ滲んで行ってしまう。
…………なんせ、俺は今……とても“らしくない服装”をしているのだから。
「褒めてくれるのは嬉しいけど……なんつうか、何だってこうアイツらは子供っぽい服を着せたがるんだろうな……」
そう言いながら見下ろすのは、絶対に自分じゃ着用しない服だ。
――――白に近い薄黄緑色のベストは「きっちり閉じるように」とか言われたが、そうしてもヘソの上あたりぐらいしかないし、袖なしのシャツはかなり薄い。
そのうえ、袖なしだからと後付けで同じ色の袖を渡されたのだが、アドニスと同じで着物みたいな垂れた部分があるくせに、装着すると肩と二の腕は露出してしまう。
しかも、穿かされたのは当然のように吊ズボンの半パンだ。
ベストからちょっと吊りベルトが見えてて、余計に「子供服です」みたいな感じが醸し出されてしまうのが恥ずかしい。
……っていうかこのズボン、またなんかパツパツなんですけど……っ。
「うう……これ、歩いたら上がってこないだろうな……?」
素材の性質なのか、柔らかくて穿きやすかったが、太腿に軽く食い込んでいる。
正直ケツの方もぴったり貼り付いてて、この世界ではよく見かける尻から足元までを隠してくれる下半身用の布が無ければ歩くのも恥ずかしかった。
だってこれ、絶対ケツの形がくっきり浮き出てるもの。なんかケツの方の布が上に捲れたりとかしそうなんだもの……!!
だから、布が有って本当に良かったと思う。
……いや、隠れてない前も半ズボン丸出しでイヤなんだがな。
けれど、これだけじゃない。
トドメとばかりに、太腿まである超長いブーツ……サイハイブーツというものまで穿かされているのだ。
ブーツは半ズボンを強調するかのようにベストや袖と同じ色で、なんかもう制服のように見えてこないでもない。確かに弟子の服と言われればそうだろう。
それを肯定するかのように、ベストや背面用の腰布、ブーツなどに植物系の紋章が小さく刻まれているが、なんかこう、あんまり誇らしくなれないというか……。
なんでこう、俺が着せられる服ってこんなんばっかなんだろう。
アドニスに渡されたから有無を言わさず着る事になったが、本当にこのヤバい服が「弟子らしい服」なんだろうか。
どう考えても下手なコスプレにしか見えないんだが。
「ツカサくーん?」
「約束の時間を過ぎてしまいますよ」
「はいはい! 今いくから!」
だあもうヤケだっ。
どうせ【薬学院】には馬車で向かうんだし、この恥ずかしい服装で何日も滞在するワケじゃないんだから、ちょ、ちょっと我慢すれば済む……はず!
ブラック達にこの格好を披露するのは恥ずかしいが、まあ、アイツらのことだから、慣れて何も言わなくなる……と思いたい……。
ともかく、もう時間は無いのだ。
俺はロクショウの小さなお手手に撫でて貰って気力を取り戻しながら、恥を忍んで部屋のドアを開けブラック達を招き入れたのだった。
「おほっ! ツカサ君……っ、その服の間のきゅって締め付けられた太腿、ちょっとで良いから触らせて!? ちょっと、ホントにちょっとで良いからっ!」
「おっ……おいアドニスっ、お前なに用の服着せてんだよ! ツカサが変質者にでも襲われたらどうすんだ!! 他の奴もあっただろ!?」
「そうだそうだ! ツカサちゃんは、タダでさえキモい変人に好かれやすいのに! これだから元素妖精ってのは!」
「煩いですねえ……そもそも、冗談でコレも出してきたのはロサード貴方でしょう。私は一番、ツカサ君が魅力的で清楚に見える服を着せたつもりですよ」
だーもーいっぺんに喋りながら入ってくるなー!!
全員がバラバラに話しながら入ってきたもんだから、何が何だか分からない。
でもとりあえずブラックがよからぬ事を言っているのは分かったぞ。
「でえい触るな触るな!」
「ああんツカサ君のけちぃ……じゃあもういっそ、普段着も全部ぴちぴち半ズボンにしちゃう? そしたら、いつでもツカサ君の太腿が触り放題になるし……」
「するかぁ! てかそもそも触らせないからな!?」
ったくもうこのオッサンはいつもいつもとんでもない事を言う……。
アドニスだけじゃなくロサード達もいるってのに、本当に困った奴だよな。
そう思って、他の三人を見やると――――何故か全員、僅かながら露出している俺の太腿に視線が降りていて……。
「な、何見てんだよ!」
「あっ、い、いや俺はその別にっ」
「私が着せたんですから、どんな風になったかを確かめるのは当然でしょう」
「ねえツカサちゃん、やっぱりコイツらとの付き合いやめようよ。お父さん経験者として心配だよ、ツカサちゃんの貞操が」
約一名まともな事を言っていないが、それはともかく。
よく考えたら三人ともブラックの言葉に釣られて凝視してきたので、実際はマトモとは言えないような気もする。
でも四対一になると分が悪いな……さらっと流すしかないか……。
まあ、ロサードとリオルはつい見ちゃっただけだもんな。分かる分かる。
だって俺も、目の前に強調されたおっぱいがあったら一瞬見てしまうもの。悪いとは思っているが、男と言うのは素直すぎるものなのだ。
……とはいえブラックのようなレベルになると、流石に問題だがな。
「はぁー……。ともかく、これでいいのか……? 【薬学院】の人達には変に思われないんだよな?」
アドニスに再度確認すると、相手は涼しい顔でハイと頷いて見せる。
「君の服は一般的な冒険者そのものですからね。この不潔中年くらい個性が有れば多少はごまかせますが、そうもいかないので。……とはいえ、私の【弟子】ですから、それなりに清潔で特別な服装をさせてあげないと」
「……それがこの半ズボン……?」
恨めしい目でアドニスの顔を見上げると、相手は曇りのない微笑を浮かべた。
「似合ってますよ? 清楚ですし、いかにも世間知らずで無邪気な弟子に見えるじゃないですか。後は君が適度にぶりっ子してくれれば、うまく行くでしょう」
「…………こんな弟子いるかなぁ……」
思わずぼやくと、ロサードがアドニスの後ろで補足情報のように付け加えた。
「あっ、まあ居ない事もないぞ? 教授とか偉い薬師なんかのジジイどもは、メスを弟子とか言って薬師見習いで……」
ん? メスを弟子とか言って薬師見習いで雇ってる?
それはどういう事だろう。
確かメスって曜気を溜め込める容量がオスよりもずっと少なくて、曜術師になれるメスってあんまりいないって話じゃなかったっけか。
稀ってほどじゃないけど、珍しいというレベルだったし……そんな子を弟子にするのが、一種のステータスって感じなんだろうか?
目を瞬かせて薬師たちの不思議価値観に驚いていると、何故かアドニスは怒気を含ませた影を顔にかけて、にっこりと笑っていた。
「ロサードー?」
アッ。声が怖いっ。
なんかよく解らんけどアドニスの気に障ったらしい。
「すまんすまん!! あーえっととにかく、そのカッコなら弟子でイケるって事!」
「…………アイツらの方が僕よりムッツリスケベだよな」
「んっとにその通りッスねブラックの旦那」
おいこらブラックとリオル、お前らも大概だからな。
つーか今の会話のドコがムッツリなんだ。
何が何だか分からないが、とにかく用意したんだからもう出発してしまいたい。
ここで話していたら、また変な会話が始まりそうだ。俺も早くこの妙な服を脱いでしまいたいし、チアさんにも再会したい。
こうなりゃもうやってやれって感じだ。
「ともかく……これで準備完了なんだろ! ほら、さっさと行くぞ!」
「街中を歩かないと思ったら強気になるんだから」
そこの赤いオッサン黙らっしゃい。
つい威嚇してしまったが、アドニス達も話が早いに越したことはないと思ったのか、俺に同意して早速馬車を用意してくれた。
今回の馬車は藍鉄と同じ争馬種のディオメデ……ではなく、この世界で一般的な馬であるヒポカムの馬車だ。
久しぶりのヒポカムは、やっぱりむくむくな白い毛で覆われたカバっぽい巨大な牛のような姿なのだが、この世界で非常に親しまれている温厚で可愛いモンスターなのである。
あまり速度は出ないけど、大きい体ゆえに馬力が物凄くあるし、この世界の人達の主要な食用肉はヒポカムだ。
ディオメデが数年前に家畜になるまでは、馬と言えばヒポカムだったんだよな。
ヒポカムは温厚で暴走も滅多にしないから、馬族のモンスターの何物よりも抜きん出て、人類の友となっていたわけだ。
なので、このような坂道が多い街などでは、取り回しが多少悪くなっても重い荷をしっかり運んでくれる牽引力重視のヒポカムが好まれるってワケ。
――――以上、ブラックが教えてくれた豆知識でした。
いやあ、こういう事を教えてくれるのは素直に尊敬するんだけどなあ。
尊敬するんだけど、教えたお礼としてケツを撫で回そうとするのはやめろ。
ゴホン、それはともかく。
商館の前に停めて貰った馬車に乗り込むと、一昨日俺達が助けたおじさんが馬車を発進させてくれる。どうやら彼はこの地域の筆頭役だったらしい。
……要するに支部長とか店長みたいなものなのだが……そんな人に御者さんとして働いて貰っていいのだろうか。
ちょっと申し訳なくなってしまったが、俺達四人を乗せた馬車は走り出した。
――リオルは、もしもの時の為に一旦戻って貰った。
俺達が潜入した後、もし全員が何らかの事情で自由に動けなくなったら、リオルかマーサ爺ちゃんに代わりに動いて貰おうと思っているのだ。
二人は姿を隠す術が使えるし、なによりとても素早いからな。
隠し玉は残しておこうというワケだ。
とまあ、そんなこんなで二日の短い時間で準備をし終えたのだが……。
「……ホントに付け焼刃で大丈夫かなぁ……」
昨日、一日みっちりと術の練習をアドニスと行ったが、まだちょっと不安だ。
一応成功したものの、アレはアドニスと二人きりで静かな場所だったから、上手く行った可能性もあるし……それに、泉で精神統一した後だったし。
けど今日は、朝から何もしていない。
決して裸になるのがクセになったワケでは無いが、上手く行った時とは違う状態で本番を迎えるのは、非常に緊張するものなのだ。
俺自身の妄想力を疑う気持ちは無いものの、やっぱり他人に見せる可能性があるとなると緊張してしまうというか……。
こんなの、冒険者ギルドで曜術師の認定を受けた時以来かもしれない。
「ツカサ君、緊張してるね。大丈夫?」
俺の隣の席に座って顔を覗き込んでくるブラックに、大丈夫と軽く頷く。
緊張しているのは確かだが、でも俺もそこそこ度胸がついてきたんだ。失敗したらとは思うけど、挑戦しないとは言っていないぞ。
「まあ、失敗したらその時はその時だ。けど……重要そうな書物をちゃんと見られるんだよな……?」
失敗して俺が笑われるだけならいいけど、追い出されるのは困る。
そう思い、真向いで馬車に揺られているアドニスを見やると、相手は腕を組んだ。
「まあ、君に突っかかる人物がいない限り、術を披露する機会も無いかも知れませんが……仮に失敗したとしても、大した問題ではないと思いますよ。そもそも、重要な書物を見る権限を左右するのは、私の権力ですから」
「お前ハッキリ言うなぁ……」
アドニスの自信満々な言葉に、隣のロサードはゲンナリしている。
でも、二人の掛け合いはなんとなく気安い感じで微笑ましい。
ちょっと緊張が緩んだ俺は、ゆっくり坂を上って行く馬車の窓を見やった。
――――まだ朝になったばかりの街は、薄く白い霧がかかっている。
海から来た霧だろうか。常春の国とはいえ北限に近い場所だと流石に朝は肌寒いが、こんな幻想的な風景を見られるとなるとつい嬉しくなってしまう。
静かで古風な街に白い霧だなんて、凄く雰囲気が有るじゃないか。
「キュ~」
「ロクも見るか? ほら、白い霧で街が不思議な感じだねえ」
「キュキュー!」
袖を上げて窓に手をやると、その袖の中からロクの顔が飛び出してくる。
ふふふ、可愛いだろう。ロクにもイザって時の為に隠れて貰っているのだ。これで、俺が万が一絡まれた時も安心って寸法よ!
「……やっぱりなんか、そういう弟子に見えそうな気がするんだよなぁ……」
「それはツカサ君が持つ素質という奴でしょう。諦めるしかありませんねえ」
なんかオッサン達がブツブツ言ってるな。
……あまり聞きたくないような話のような気もするから、外に熱中しているフリをしておこう。今の俺はロクちゃんを楽しませてあげたいのだ。
また窮屈な思いを指せちゃうからな。
「それにしても【薬学院】か……どんな場所なんだろうな……」
あの勉ぞ……いや、特徴的な分厚い牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた、ひょろながのお兄さん――――ラスコーさんと言ったか。
彼と、いじめっ子が在籍している場所のイメージが、まだよく掴めない。
学校のような場所なのか、大学のような所なのか、それともまた別物なのか。
少なくとも、楽しいだけの場所じゃないのは確かだよな……。
…………俺の新しい術二つで、どうにかなるだろうか。
「キュー?」
「あ、ううん。何でもないぞ。ほらっ、どんどん坂を上って行くぞ~」
「キュー!」
楽しげに窓の外を眺めているロクに幸せゲージが急上昇するのを感じながら、俺は確かな不安に蓋をして、今は暫し馬車の車窓を楽しむことにした。
まあ……ブラック達が傍に居てくれるなら、大丈夫だよな。
そんなことを思いながら軽く上の方を見ると、まるで白亜の城のような建物が霧の中に聳え立っているのが見えて……何故か、体が少し震えてしまった。
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