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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
11.お前も真人間とは言い難い
なんとも妙な事になった。
「あの、アドニス先生……よろしければ、この調合法に関してご指導いただきたいのですが……」
「わ、私は調合器具についてのことを……!」
横目で見つめるアドニスの周りには、目を輝かせた沢山の学士達が群がっている。みんな勉強熱心なのか、その表情といったら水琅石の明かりよりもピカピカに輝いている。彼らの調合への情熱は本物のようだ。
それは、傍目から見ていても素晴らしいと思う。
というか俺も薬師として見習わないとな……なんて思うんだけど。
思うんだけど……!
「つ……ツカサ君って言うんだね……! 君はどんな術を使えるの、もう上級曜術は一通り覚えてたりするのかい?!」
「私、日の曜術師なんて初めて見たよ! 可愛い顔してやるわねえ」
「あのあのあの俺実はメスの曜術師に興味があってえ」
「…………」
なんで俺まで囲まれてるんだよ……しかもアドニスの周囲に居る学士達と違って、何かギラギラした直視したくない視線を感じるしいぃ。
俺がメスなんてどうでもいいわい。曜術の上達具合を知ってどうしようってんだ。
日の曜術師を初めて見たお姉さん……は、そうです俺が日の曜術師です。
あとアンタがメスの曜術師に興味があっても俺は興味が無いんだよ。
なんだこれは、何が起こっているのだ。
似たような事はオーデル皇国のリン教で経験したが、アレは「力じゃ! 皆の者、力を崇めよ!」みたいな感じだったので、困りはしたがこんなウンザリした気持ちにはならなかったのだが……なんなんだこれは。
もしかして、コレがモテってヤツなのか……?
美女や美少女はこんな逃げ出したい囲いの中で詰問を受けていたと……!?
いや、しかし、女の子にこんな事はしないか。
この世界のオス、特に曜術師は感情がめちゃめちゃ強くて直球ストレートだから、俺に対してですらがっついてくるのだろう。
これはモテではない、ただの興奮による一時的な衝動なのだ……。
と、納得しようとしても、やっぱり囲まれると困る。っていうか怖い。
女子もいるので辛うじて俺のメンタルは保たれているのだが、これが男ばっかりになったらもう耐えられないよ。どうせなら女子だけに囲まれたい!!
あと俺が返答に困るようなことを話しかけるのはやめてくれ……とひたすら黙ってお淑やかに作り笑いをしていると、その笑みが引きつってきた所でようやく囲いの外から大きな声が聞こえてきた。
「ほらほらっ、もうアドニス先生の講義はおしまいだよ! アドニス先生はお忙しい方なんだっ、お前達はさっさと次の講義の準備をしなさい!」
講師のお兄さんが、しっしと生徒達を手で払う。
教師の言う事には素直に従うのか、アドニスの周囲から学士達が礼儀正しく離れていく。だが、俺の周りは違って……。
「あのっ、よろしければこの後話を……」
「おい何抜け駆けしてんだよ! 俺が研究を手伝って貰うんだよ!」
「はあっ!? 男子まじウザっ、メスの男の子なんだから女子に譲りなさいよ!」
「お前は外で散々メス引っ掛けてるだろーが!!」
…………あの、なんの話をしてるんですかねみなさん。
俺を中心にして、俺が関わらない言い争いが起こっているが、こういう時にどんな顔をしていいのか分からなくなる。
あれか、笑えばいいのか。いやこんな状況で笑ってどうする。
一瞬、俺はイケメンなのではないかと錯覚しそうになるほどだが、実際の所、コレは「女子に飢えた男だけの世界に女の子が一人やってきた」みたいなものなのだ。
そりゃ逆の立場だったら俺だって浮足立つし、お近付きになりたいとも思うさ。
でも勘違いしてはいけない。
これはネットで言われる「コレシカナイ需要」というヤツなのだ。
悲しくなるので不細工とまでは言いたくないが、普通レベルの容姿の俺がここまでモテるのは「ここにいる唯一のメスがお前だから」でしかないのである。
イケてなかろうが、好みでなかろうが、唯一の異性であれば気にはなる。
俺はそんな状況を経験したことが無いが、きっと逆の立場なら、俺も女の子が近場に来たってだけでつい意識してしまうだろう。
だって女子とかお姉さんとか、俺らと違う良い匂いがするじゃないか。
同じシャンプーを使っていようが、何故か女の子の方が断然いい匂いなのだ。
……曜術師はほとんどオスの男女しかいない世界だし、そんな場所にメスが現れたら、まあ……少し自分にもダメージが行くが、気持ちは分かってしまう。
だって、男ばっかりとつるんでてもモテないんだもんな……。
浮足立つ気持ちは分かるよ。だって、俺もあっちの世界ではモテない男だもの。
こちらでは珍しい男メスだというが、心は男なのだから仕方ない。
だから、学士達が何故これほど必死なのかも理解出来てしまって、怖いとは思うが同時に同類の悲しみを感じてしまって胸が痛かった。
うう……お、俺までモテナイ熱に浮かされて胸の痛みが強まってしまう。
でも、こっちの世界の人間って男女どっちも身長が外人並みに高くて、平均身長にギリギリって感じの俺じゃ押しのけて逃げられないのだ。
どうすべきか……と思っていると、パンパンと手を叩く音が外から聞こえた。
「はいはい、私の弟子が物珍しいのは解りますが……少し落ち着いて下さい。そんなに囲んでは怯えてしまいますよ? 嫌われてもいいのなら止めはしませんがね」
これは、アドニスの声だ。なんだか呆れているな。
囲いの向こう側に居る相手に顔を向けると、俺を質問攻めにしていた学士達はサッと顔を青ざめさせ、慌てて俺に謝りながら包囲網を解いた。
ほ、ホッ……。
良かった、彼らもまた俺のようにモテナイ男なだけで、女子を困らせたいわけでは無かったようだな……善良で何より。
「ツカサ君、講義も終わりましたし行きますよ」
「うっ……は、はい!」
危ないな、いつものクセで「うん」と言いそうになっちまった。
なんとか取り繕いつつ、俺は部屋の外へ出ていくアドニスの背中を追った。
ブーツはヒールのない厚底の歩きやすいものなのだが、その代わりに何故か走るとパタパタ音がしてちょっと恥ずかしい。
でも弟子として行動しなければいけないので、アドニスに事前に言われたように俺は早足で急いで横に並んだ。
弟子は師匠の前を歩いてもいけないが、背後に控えて素知らぬ顔をしていてもいけない……らしい。なんか関白宣言みたいだが、まあともかくアドニスに言われたので横に並ばねばならない。
パタつきながらもようやく息を調えると、アドニスは視線だけで俺を見た。
「はぁ……少々目論見が外れましたねえ」
「ん? どういうこと……です?」
また言葉遣いを間違えそうになってギリギリで直しつつ、問いかける。
ちらほら学士達がたむろしている廊下を歩きながらなので、アドニスも明確な事は言えないみたいだが、両袖を合わせて中で腕を組みながら再度溜息を吐く。
「ヒトの性欲は理解していたつもりですが、若いオスがこの程度のメス服であれほどまで反応するとは思いませんでした……。まあ、君の大腿部があまりにもメスらしいせいではあるんですが」
「はっ、はぁ!? なに……っ、ゴホン、そ、そんなことないですけど……!?」
太腿がメスらしいって何だよ。
そりゃ、ブラック達と比べたら俺の太腿は筋肉が在りそうに見えないし、全然硬くも無いけどさ。でも、女の子の太腿の方が断然魅力的だろ。
何を考えてるんだと眉間に皺を寄せるが、アドニスは構わず続ける。
「そんなことありますよ。何ですかその肉付きが良過ぎる太腿は。玄人級の男メスの娼姫ですら滅多に見かけないふしだらな太腿ですよ? オスに性的に可愛がられて体が完全にメスになってしまってるじゃないですか。少年のような顔をしているくせに、そんな体をしていれば、オスの性欲と嗜虐心を煽るに決まっているでしょう」
「なんで俺が怒られてるみたいになってるの」
思わずツッコミを入れるレベルのエグい台詞だが、もうアドニスは止まらない。
また講義の時間が始まって学士達が教室に戻ったからか、更に過激な言葉を使い出しやがった。
「怒られて然るべきですよ、まったく……。私の計画が狂うので、もう少しその太腿をオス寄りに戻してくれませんか? そんなメス丸出しの卑猥な太腿をチラ見せしているから、先ほどのように童貞の学士どもに絡まれるんですよ」
「この服着せたのアンタなんですけど!?」
なにが卑猥な太腿だ。っていうか卑猥な太腿ってなんだよコンチクショウ。
聞いた事も無い単語の組み合わせ過ぎて単純なツッコミしか出来ないが、それでもアドニスは気に入らない感情を増幅させたようで俺を睨んでくる。
だーもー、何で俺が睨まれ無きゃなんねーんだよ!
ほぼアンタのせいだろこの服とか弟子とかはさあっ!
「ハァ……。君はもう少し、メスとしての自分の魅力を自覚すべきです。私も見誤っていましたが、ヒトはどうも君のような幼げで扇情的なメスが好きらしい。このままだと予期せぬ事態も考えられますから、後で対策を考えましょう」
「……そんなに大げさにする事かなぁ……。俺、そもそもあんまりメスだとは思われない感じだったし……」
現に、監獄みたいな労働施設ではオスで通せたんだ。
パッ見はメスに見えないんだから、そんなに驚くほどでもないと思うんだが。
学士達の取り囲みだって、俺がメスだからって理由だけだったろうし。
「…………君のそういう態度も問題ですね……。まあ、あんな異常者の中年達が常に貼り付いていれば、感覚が鈍化してしまうのかも知れませんが……。君は、おおむね好ましいと思われる存在であることを覚えておくべきです。でなければ、いつオスに襲われて強姦されるとも限らないんですから」
「えぇ~……? みんな好き嫌いあるだろうし、そんな特殊な好みのオスがそうそう出てくるなんて思えないんだけど……。あの学士達だって、俺が好みかどうかって話じゃなくて、メスだから珍しくて寄って来たんだろ? だったら、そこまでやろうって奴は出てこないって」
俺には女子というだけで既に魅力的に見えるので、女子の容姿の好き嫌いというのが正直ピンと来ないが……でも、人には好き嫌いがあるんだし、俺だってモテないんだから彼らにもそういう好みは有るはずだ。
なら、迫って来ても俺の本質を知れば「いやちょっと……」な人がいるはず。
ってか俺はモテないんだから、大体の人がそう思うだろう。
俺自身がそう体感してるんだから、こっちでモテまくるなんてことはない。
そういう確信があってアドニスに反論したのだが、しかし相手は俺の主張に納得をするどころか、片手で顔を抑えて沈痛そうな面持ちをしやがった。
「ツカサ君……世の中にはメスなら何でもいいという性欲狂いの犯罪者もいますし、そもそも君は多くのオスが好むような魅力的なメスなんですよ。いい加減、自覚して欲しいんですけどね……」
「そう言われましても……」
アッチの世界の人生が在るせいで、やっぱりピンとこない。
というか、メスとしてモテるっていうのがまず考えづらい。
メスとして男に対してハニートラップみたいな事をしたこともあるが、あれだって俺が好きだからじゃなくて「好ましいメスだから」だっただろう。
この世界のオスは、結構嗜虐的なのだ。だから、俺が恥ずかしがると余計に燃えて大変だったのだが……俺自身が好ましいとかはなかったはず。
まあ、俺だって自分の容姿に少しは希望を持ってるし、イケメンまではいかないが普通に見れる容姿であるはずとは思ってるから……ちょっかいをかける程度には「欲を向けられる」と思ってるけど、そういう類は撃退すればすぐ逃げていくはず。
とはいえ、中には例外もいたけど……でもアイツはブラックと同じ一族だし、特殊な趣味をしていたから、一般的なオスじゃないもんな……。
だから、モテはしないはずだ。
自信を持って言えるのが悲しい所ではあるが、変に自信を持つと痛い目を見るのは俺なのだ。ここは主張しておかなければ。
そう思い、俺は自分の異世界でのことを交えたこの意見を述べたのだが。
「…………。なるほど、特殊なオスにしか追いかけ回されなかったから、自分自身がメスとして魅力的な存在に思えない、と」
「平たく言えばそうだな」
すると、アドニスが廊下の途中で急に立ち止まる。
つんのめりつつも何とか相手に付いて止まったが、静かな廊下でこちらを見つめてくる相手は……なんだか、ちょっと怖いような気もした。
「あ、あどにす……?」
呼びかけてみるけど、返事は無い。
たっぷり数十秒黙って俺を見つめていた相手は……低い声で、呟いた。
「では、今後私が追いかけ回して君を辱めれば、自覚してくれますかね?」
「……ん?」
「君は、特殊なオスにしか追いかけ回された事が無かったのでしょう? であれば、私のようにある程度距離を置いて好意を示していた真人間なら、そんな事はしないと思っているはず。私には、君に対する性欲は無いのだと」
「え、ええ……? ちょ、あ、アドニス何言って……」
「心外ですね。そもそも、君を好きだと言った私の言葉を認めない所からして腹立たしい。オスの私が君を魅力的なメスであると認めているのですから、正しい認識なんですよ。なのに理解できないとなれば……後は、思い知らせるしかない」
えと。ま、待って。待ってくれ。
色々頭が追い付かない。
っていうかアドニスあの、あのな、正直アンタも真人間とは……。
「アドニス、あの」
何だか話がおかしくなってる。と、嗜めようとしたのだが――
肩を掴まれて、ムリヤリ相手の方を向かされたことで声が引っ込んでしまった。
互いを見つめ合う形になって目を瞬かせた俺に、アドニスは金色の瞳を細める。
そうして……予想だにしなかったことを、言い放った。
「君は、調合も快楽も体で覚えた方がよく思い知ることが出来るようだ。……なら、これからは、私もあの下品な中年のように……君を“恋愛感情をもって”辱めることにします。……自覚できなくても、そうすればイヤというほどオスを警戒するようになるでしょう? ふふっ……実験としても楽しめそうですね」
な……っ。え……え……?
ま、待って。待って待って!
一気に色々言われて分かんない!
れ、れ、恋愛感情をもってってなに、辱めるってなに!?
ていうか何するつもりなんだよアンタ。やめろ、邪悪な微笑を向けるんじゃない、オイなんか猛烈にイヤな予感がしてきたんだが!?
→
※ツカサは自分の事を一生オスだと思ってるので
体でわからせないとね(´・ω・`)
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