祖父の遺産

御結頂戴

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1.最悪な男

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 祖父は、最悪な男だった。

 ゴールドラッシュの時にペテン師どもと組んでにせの地図とスコップを売りまくった悪人。その血を色濃く引いてしまった子孫で、軍人になるまで素行も女癖も何もかも最悪だった。

 若い頃は特に最悪で、見せつける筋肉も持たない優男の様相のクセに、フリークと言われるほどに力が強く、そして何より傲慢ごうまんで……今でいうサイコパスのような美形だったと聞く。

 戦争に駆り出された時も、捕虜や進駐軍の占領地で何かと後ろ暗い金儲けを行い、女を買っては捨てるような真似を何度もやっていたらしい。

 とにかく滅茶苦茶で、壮年になるまでの彼の評判はすこぶる悪かったと言う。

 だが、祖父は“る時”から徐々にその凶暴さが失われていった。

 ――――それから今まで、彼は「良い人」として残りの人生を生きたのだ。

 人にほどこし、無償の助けを行い、犬猫や動物にまで惜しみなく金を使った。
 今までの悪銭を全て善行に変えて、世界に許しをうように「天使のような」働きと、家族への愛をってその残りの生涯を生きたのだ。

 そうして……――――先日、彼はおのれの屋敷で亡くなった。

「ここが“天使の家”か……」

 燃費の悪いクラシックカーから降りて、その姿を見上げる。

 ……そう、ここは祖父のつい棲家すみか
 巨万の富を築いた祖父が持つ、いくつかの家の内の一つ。
 祖母が亡くなった後、最後のその日までこの屋敷に住んでいた祖父は、他の豪邸や建物とは一線を画すほどこの家を愛していた。

 だが、私はその事に常々疑問を抱いていたのだ。

(この家は、祖父好みのアメリカンカントリー・ハウスだ。……しかし、いくら善人になったとは言え、豪邸をいくつも持つ祖父が住むような家とは思えない。……なのに、祖父は何故こんな家にずっと住み続けたのだろう……)

 考えて、今一度家の外観を見やる。
 たしかにこの家は立派な建物だ。二階建てで一部屋の広さも申し分なく、敷地内には元々メイドや使用人を住まわせるための小さな家もあったという。
 周囲には森はれど民家は無い、広大な土地だった。

 今は“天使の家”以外の建物は全て倉庫に改装されているが、それはともかく……このカントリー・ハウスは確かに昔からすれば広い豪邸だが、現在では時代遅れの一般家屋でしかない。
 そんな場所を愛し、足繁あししげかよい、ついにはここで生涯を終えた祖父の気持ちが、私にはどうしても分からなかったのだ。

 なにせ彼は、私が生まれて以降、家族への投資を惜しまなかった。

 家族のためにと新しい豪邸を建て、何不自由ない生活を私達に提供するかたわら、自分も「邪魔にならぬようにしよう」と旅行に出かけたり、方々ほうぼうの別荘を渡り歩き気を使う「最も素晴らしい祖父」を心がけていたのだ。

 幼い頃の私は、時折帰って来ては「健全な冒険譚」を語ってくれる祖父が大好きで、いつもいつも彼の隣に座り物語をねだっていたように思う。

 大人になり、祖父の遺産の一つである会社を引き継いだ今でも、その彼の冒険心が心にくすぶっている。そして、彼が語った魅力的な宝の数々は、私が会社の舵取りを思案する時に最も重要な「利益」を追い求める心を育ててくれた。

 今では、彼の財産を相続するに値すると自他ともに評価されている。
 誰からも頼られる「祖父のような」立派な大人になった私は、今までずっと祖父の「表の顔」をほこりに思い、その優しさをうたがっていなかったのである。

 だが……――――。

「…………本当に、この場所に彼の“真実の宝”が眠っているのか?」

 いぶかしげな顔をしているだろうなと自分でも思う。
 だが、立ち止まっていても仕方ない。私は古めかしいドアを開き、ドアベルの古い鈴の音を聞きながら中へ入った。

「……書斎は二階、か」

 沈みがちな低い声になる原因を思い出しながら、ギシギシと音の鳴る木製の急階段をゆっくりと登る。

 ――――そう。祖父が亡くなった、あの日。

 私が深夜になってもパソコンの画面をにらんでいると、社内アカウントに、ある一通のメールが届いていたのだ。
 それは、身内と限られた者しか知らない私直通のアドレスで、滅多に使われることのない「予防線」だった。

 当然、私は緊急性のある用件かと思いメールを開いたのだが……

 そこにしるされていたのは、祖父のアドレス。
 そして、このような言葉だった。



 『可愛い孫。僕に似てしまい優秀な孫よ、元気にしているかな。
 これは、僕が死んだときに送信される、お前のためだけのメールだ。

 業務の引き継ぎや遺産の管理はお前達がしっかりやってくれると思うので、ここでは何も言わない事にするが……お前にだけは、伝えておきたいことがある。

 お前を選んだのは、お前が僕に似ているからだ。

 そこを見込んで、お前にだけは僕の真実を教えようと思う』



 メールに添付されていたのは、祖父の個人金庫に保管されていたという彼の人生の記録……いや、我ら一族の悪しき歴史と、祖父自身の罪の告白だった。

 ――――元々は、悪辣あくらつな成り上がりをした一族であること。

 その悪辣あくらつな血を継いだ祖父が、現在の物差しで見ると目をおおわずにはいられぬほどに酷い事を、若い頃におこない続けていたこと。

 それが、私達を育てた富のいしずえであったことを。

 …………最初は、吐き気がした。

 あれほど尊敬していた祖父の顔が、監獄にぶちこんでも足りない凶悪な犯罪者の顔にも思えた。けれど、それはまぎれもない事実で……そんな汚い金で今まで裕福にぬくぬくと過ごしていた自分達も、殺しても飽き足りない汚い存在に思えたのだ。

 当然、私はその告白を受け入れられなかった。

 だが彼はそのメールの最後に一つ、意味深なことを記していたのだ。

「……もしお前が私の『真実の宝』を見たい、欲しいと思うのなら、お前にだけは、今ここにしるしていない『宝』にまつわる回顧録と、その宝をたくそう。……それを見つけて、どうするかはお前次第しだいだ……」

 階段に足を掛けながら復唱して、心の中で最後の言葉を思い浮かべる。

 『僕としては、僕と同じように「大切に」してくれることをいのっているよ。』

 ……最後の言葉は、ある文字の羅列と共にそうつづられていた。

「宝……」

 階段を上り終わって、少し息を吐く。
 急で狭い階段を上るのは、長身の私にはつらい。私と同じ背丈で、優男風とは言え肩幅もしっかりしていた祖父も、きっと過ごしづらかっただろう。

 なのに、彼は死ぬまでこの家から離れなかった。

 私は祖父に嫌悪の感情を抱いたが、それでも……――――

 彼がかつて話してくれた冒険譚と、詳細な宝の数々を、忘れられなかった。

 ……いや、恐らく私も、祖父のを受け継いでしまったのだろう。どうしても、気になってしまったものを引き寄せたくなるのだ。
 それゆえ、私は家族すらもあざむいて……今、一人でこの屋敷に来ている。

 泣いて葬式を待つ両親や私自身の愛する家族を置いて、ここに。

「…………」

 そんな背徳感が、より生々しさを感じさせる。
 嫌悪していても、やはり自分は祖父の……いや、一族の悪しき血を継いでいるのかも知れない。そんな気持ちを抱きながら、私は書斎のドアを開いた。

 ――ドアに大気が押されて、部屋の空気が押し寄せてくる。
 古い紙と、革表紙独特の匂い。小さい縦長の窓は、本や家具が色褪いろあせないようにと最新技術の窓ガラスが使われている。

 それでも古き良きカントリー風の温かみを失くしたくなかったのか、祖父はクラシックな柄のカーテンをわざわざ探してきたり、ラグを下に敷いていた。

 そんなつつましい努力を汚さないように歩きながら、私は執務机の後ろにある棚の中にある本を取り出した。

 革表紙に偽装されているが、これはまぎれもなく合成の皮。ダイアル錠に見せかけて錠の引っ掛かりを開くと、極小のパネルが現れた。小さな金庫だ。
 祖父はよほど「古き良き」を忘れたくないらしい。

 そんな彼の思いを色々思索しながら、私は教えられたキーワードを打ち込み、鍵を難なく開錠する。本を開くと、そこには古い手帳が一冊と、鍵が入っていた。
 おそらくは、これが「真実の宝」の手掛かりなのだろう。

 立った状態で手帳を開いた私の目に、一文が飛び込んできた。

『これは、かつて日本の財界人から聞き出した話だ。』

 日本。
 ――かつての若き祖父が連合軍の兵士として降り立ち、接収された施設で仕事を行っていた場所だ。その時に、また筆舌に尽くしがたい事をしたと彼のメールにはあったが……今は、それをひもいている場合ではない。

 現代ではその歴史を知ろうと思う自国民も少なくないが、かつては「占領下の日本にあった軍の施設」など、知る事すら出来なかっただろう。
 そんな歴史のいびつさに少し肌寒さを感じながら、私は手帳をめくっていく。

 そこにしるされていたことは、にわかには信じがたい事だった。




『あの頃の日本人は、とにかく矮小わいしょうに映った。こんな小猿どもがよく逆らったものだと関心すら抱く背丈で、売女ばいたはみな熱い化粧をしても本国の妻より幼く見えた。……当然、性欲が有り余る軍人は、占領が終わればそれぞれ遊び出す。僕も例外ではなく、妻が聞けば卒倒し召されるような「遊び」ばかりに興じていた記憶がある。

 そんなある日、共に闇市に食い込んでいた某氏から、妙な話を聞いた。

 どうやらこの日本と言う国には、【不滅の宝】というものが存在するらしい。

 信じがたい話ではあるが、を呑んだ者は年を取らなくなり、死すらも超越した存在になるそうだ。しかし僕はそんなおとぎ話を信じられなかった。それが本当の話なら、日本は我々に圧勝しているからだ。

 だが、某氏が言うには「は、おいそれと人に食わせられない」ものなのだという。なんでも、愛する対象に飲ませないと効果が表れないのだそうだ。
 なんとロマンチックで残酷な宝だろう。この仕事が一段落ついたら、文筆家にでもなると良い。僕がそう笑うと、彼は真剣な顔をしてあめのように小さい宝玉を取り出したのだ。

 ――これは、その宝の一つ。
 貴方は私達を見下さず、対等なパートナーとしてあつかってくれた。だから、貴方だけには、この宝をさしあげます。我々が持っていれば、やがては金にもならず奪われる。しかし、貴方なら……ごうの深い使い方をして下さるはずだ、と。

 ……今思えば、彼は僕に……いや、に、憎しみを抱いていたのだろう。
 だから、忠告をしながらも僕にこの「ごうの深い宝」をくれた。

 だから僕は……――』




 文字が、乱れている。
 私は一息つき、一旦いったん一階へ降りるとコーヒーをれた。

 この手記は、恐らく長い。
 まだ日が高いうちに読み切るべく、リラックスできる場所に移動したのだ。

 そうして、ダイニングのテーブルにつくとコーヒーを飲みながら再び読み始めた。
 
 
 
  
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