祖父の遺産

御結頂戴

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3.永遠に愛していた

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   ◆
 
 
 
「…………なんてことだ……」

 私は、コーヒーに手を付ける気分にもなれず、ただうめく事しか出来なかった。

 もしかしたらこれは、祖父の悪趣味な小説かもしれない。そう思おうとしたが、についての生々しい記録はとても正気で作られた物ではない。
 だが、祖父が正気を失くすことなど今の一度も無かったのだ。

 だとすれば……これはおそらく、事実だ。

 具体的な地名や場所が、あまりにも出過ぎている。
 そして、数十年前に他界した祖母が時折「よく日本に商談に行っていたから、私も日本の事には少しは詳しいのよ」と話してくれていたのを覚えているのだ。

 その、夫婦連れ立っての「商談」が、かの少年を探し出すための祖父の異常な行動のカモフラージュだったとしたら……全て、筋が通る。

 私は、いつの間にか体が震えている事に気が付いた。

「……お爺さんは……やはり、頭がおかしかったのか……? いや、これは……そうじゃない。なんというか……」

 サイコパス。
 そう。前に映画で見た、異常な犯罪者そのものの思考だ。

 サイコパスは、表面上とても魅力的な存在であり、多くの人がその内面に気付く事が無いのだと言う。この手記が真実だとしたら、祖父は間違いなくだろう。
 しかし、だとしても……こんな異常さを持ちながら、祖母と自分達を騙しきったというのは、何だか合点がいかない。

 それに、彼……この、祖父の異常な愛の標的になってしまった哀れな少年は、どこへ行ったのだろう。

 何が現実で何が虚構か分からなくなりつつ、私は残り少ない手記をめくった。
 
  
 
   ◆
 
 
 
 精液を垂れ流し放心する魅力的な彼を花嫁のように抱き、僕は車を走らせた。
 コネがあって。宿で彼を洗い、また愛し、そして……薬を飲ませた。

 僕の故郷で、目が覚めるように。
 
 
 
 ――――実は、もう何年も前から準備は整えていたのだ。

 いつ彼が「帰ってきてくれても」良いように、いくつか家を建てた。
 これらは財力の証でもあり、家族への献身のためでもあるが――そのうちの数軒は、僕と彼のためのスウィートホームだ。

 どれを選んでくれても良い。
 だが、彼の好みは知っている。僕と一緒だ。
 アメリカンカントリー・ハウスを格好いいと、いっとう好きだと言ってくれた。僕の国の家を、彼は気に入ってくれていたのだ。だから、新居は間違えなかった。

 軍の知人に彼を連れてくる計画に協力して貰い、無事にアメリカにつくまで僕は彼を眠らせ……起きるたびに、彼を愛して前後不覚にさせた。
 とても楽しい、始めて楽しいと思った移動だった。

 だけど、やはり「僕達の新居」での楽しい生活にはかなわない。

 僕は、彼のための家に彼を連れ込んで……彼が誰かに連れ去られないように、家の地下を改造した空間に、大切にしまいこむことにした。

 この国では、まだ彼のような子が出歩くのは危険だ。

 だから、手と足に特別でとても美しいかせめてあげて、鎖でつないだ。
 僕の、愛の証だ。

 結婚指輪はつけられないけど、指輪以上の素晴らしい愛の証。
 僕も同じデザインのブレスレットをつけて、愛を誓った。

 それだけじゃない。下着も最高級のランジェリーを選び、僕とすぐ愛し合えるようにネグリジェを何枚も用意してあげた。僕の本当の妻。本当の花嫁だもの。
 最新の、彼の可愛い部分を邪魔しないレースの、純白で染まったパンティ。

 あの頃の時代では彼にとてもプレゼント出来なかった高級品。

 家、食事、衣服、愛。
 すべてを彼に、与えることが出来る。

 そしてそんな彼の表情を、僕はいつでもながめることが出来るようになったのだ。

 ああ。
 ああ、それが

 それがとても、嬉しくて。

 嬉しくて、たまらなくて、どうしようもなくて。
 
 
 この手記を書いている今でも、興奮してしまう。
 
 
 目覚めて、完璧な花嫁姿になった自分の姿に絶句していた彼を、最高級のベッドに押し倒して、三日三晩むさぼった。
 彼の体は極上で、男とは思えないほどやわらかくて気持ちが良くて。

 「いやだ」「もうやめて」「かえして」「おねがい」「いや、いやぁっ」
 「ゆる゛じで」「もうせっくすいや」「ちんちんいれないで」「せいえきいや」
 「飲みたくな゛い゛ぃ」「出さな゛いれぇっ」「ごめ、なさ」「もう゛にげな゛、がらっ」「だか、ら、おしりに、も、ひどいことしないれ」
 「そこおまんこじゃない、いや」「わ゛がりまじだ、わがったがら、も゛っ、おなかの、お、おまんこのおく、突がな゛いれ゛っ」「はにゃよ゛めれ゛すっ、おれ゛、――――の゛っ、お、おま゛ん゛こする゛ための゛っ、あ゛っ、あぁっ、は、な、よめ……っ」

 全部。全部の声を、覚えてる。
 僕との新婚初夜を三日も付き合ってくれた彼の声は、忘れられない。

 全部僕のための言葉。全部僕のもの。

 彼の可愛い日本語が愛らしくて、彼が恥ずかしがる言葉は全部覚えた。
 そう。花嫁なんだから、彼はもう女だ。
 女なんだから、僕を愛するためだけの場所はおまんこでいいよね。

 彼は、僕の花嫁。永遠の花嫁。
 僕が彼をこんな風にした。彼の時間を止めて、僕だけにしかすがれないようにして、普通に生きる道を断って、ここに連れてきた。

 愛しい。
 可愛い。大好き。好き。殺されても良い。愛してる。君だけを、愛してる。

 愛してる。
 
 
 
 
 ――半年経った頃、やっと僕の愛が伝わったのか、彼は態度を軟化させた。

 諦めたとも言うのかも知れないが、自分の体の事やもう身寄りがない事、あのまま故郷で働いていても、いずれはどこにも行けなくなることを悟ったのだろう。
 それに……――

 脱走、森の中で死にかけた彼の発見、色々あった。
 でもその「色々」が、僕達のきずなを強くしてくれたのだろうか。
 次第に地下室から家の中にも連れ出して、今の僕の国の様子を見せながら、僕が愛をささやく日常を、彼はついに認めてくれたのだ。

 僕が本当に愛していると言う事を、やっとわかってくれた。
 彼の瞳が、愛しげな熱を込めた瞳で……見つめてくれていたんだ。

 それが、何より嬉しくて。
 初めて僕は、生きていて良かったなんてことを思ってしまったんだ。
 
 
 そこからの暮らしは、幸せだった。

 この家に帰ってきたら、美しい装飾を施した鎖のない枷を付けた彼が待っている。
 彼はその小さな体で僕を労わり、お疲れさまとコートを脱がせてくれて、嬉しそうに彼が得意な料理を作ってくれた。

 オムレツ、ベーコンエッグ、ハンバーガー、彼が日本で習得したナポリタンという変な料理に……いつも変な可愛らしい絵を描いてくれる、オムライス。

 どれもこれも美味しくて。心が満たされて。

 お返しのようにベッドで甘く抱けば、切なげな目と真っ赤にした顔を僕に向けた。

 嬉しい。
 愛してる。好き。大好き。君の為なら、僕はもう死んだって、かまわない。

 だけど彼は、どこまでいっても無欲だった。

 それどころか彼は僕に対して説教をし始めたのだ。

 「お前は真面目に……いや、真面目か……? とにかく、ちゃんと素敵な奥さんが居て、子供もいるんだから……俺にばっかり構ってないで、家族を大事にしろ」
 「子供には優しく、ちゃんと教育も受けさせてやるんだぞ」
 「アンタ金が余ってるんだったら慈善事業でもしなよ。俺をいっつも酷い目に遭わせてる罪滅ぼしだよ。この国だって、デカいなりに困ってる人はいるだろ」
 「サマードッグぅ!? バカそんなもの買うなよ!! むしろアンタ馬鹿みたいに金持って余らせてるんだから、ワンちゃんもネコちゃんもどうにかしてやれよ!」

 まるで口うるさい母親のようだ。
 だけど、彼は一つも自分のための要求をしなかった。

 細やかな食べ物以外、僕がプレゼントを持って行ったり無理矢理要求を聞かないと、欲しい物を言ってくれなかったんだ。
 ……どこまでいっても……彼は、昔の彼のままだった。

 …………もしかしたら……僕があの「宝」を使わなくたって、彼の心はずっと変わらないまま……年相応の姿で、僕と再会してくれたのかな。
 僕の愛に、答えてくれたんだろうか。

 僕の年齢が50を超えて、そう思い始めた。

 だけど、もう今更遅い。
 彼の運命を勝手に捻じ曲げてしまったのは僕だ。

 彼を手放せずに、今もまだ衰えず猛り狂っている欲望をぶつけてしまう。彼の優しくて可愛い心を奪われたくなくて、この家に縛り付けている。
 そうしたのは、全て僕だ。
 
 
 そして僕は…………その事を、悪いと、思っていない。
 
 
 最低な男だ。
 僕は最悪で最低な男だと思う。

 だけど彼はそんな僕を優しく抱きしめて、いつもこう言ってくれた。
 
 
 「そうだな。アンタは、俺にとって最低で最悪な男だけど……でも、色んな人や動物をたくさん助けて、家族を飢えさせずに愛して、こんど生まれてくる孫にだって、色々な物を買ってやるんだって嬉しそうに言ってたじゃないか。……良い、人だよ。もう、アンタは……良い人になれたんだよ」
 
 
 こんな男に、そんな優しい言葉をかけて。
 僕の、老いた僕のキスを、手を、いまだに治まらない熱を受け止めてくれた。

 愛。
 もう、うたがう事のない愛。

 僕が死んでも、彼は僕を愛してくれる。
 愚か者のための愛を、彼は僕に与えてくれたのだ。

 そして、僕の全てを受け入れてくれた。

 僕は、そんな彼を…………もっと、もっと、失いたく、なくて。
 
 
 老いてしわがれてもなお彼を愛することを辞められない僕は、再び彼の事を地下室につなぐことを選んでしまった。
 けれど、もう彼は僕に怯えたり怖がることは無かった。

 ただ、優しげな顔で微笑んで。

 「アンタがそう望むなら、いいよ。俺の全部、もうアンタのもんだもん。逃げないよ。最後まで、一緒にいるから。アンタが安心して眠れるまで、ずっと」

 変わらない、あの時の姿のまま、彼は僕の手をやさしく包んで。
 そうして、躊躇ためらわず……老いた唇に、キスをしてくれた。
 
 
 
 
 僕は、最低で最悪な男だった。

 愛しい人をつなぎ止めるすべすら知らない異常者で、僕の事を忘れて欲しく無くて、彼の人生を滅茶苦茶にしてしまった。
 だけどそれをやんでもいない。僕に堕ちてきてくれた彼を、愛している。

 あの彼の誓いから、ずいぶん経った。

 もう、僕は永くない。
 最期は彼のそばに居たいと住家を移したが、彼はこころよく受け入れてくれた。

 僕のために料理を作り、家事をして、情けない事にヨボヨボになっても勃起する僕のペニスを、彼は甲斐甲斐しく世話をしていつも熱をしぼり取ってくれた。
 風呂も、寝床も、不備など無い。

 愛を感じるすべてに、僕は満たされている。
 
 
 
 …………この独白を受け取るだろう孫よ

 お前には、ショックだろうことを色々と書き連ねてしまった。
 本当にすまない。

 だがもし、この老体の罪を知ってなお、まだ「真実の宝」が欲しいと思うなら……
 
 
 みずから地下に入って眠りについているだろう彼を、起こしてみるといい。
 
 
 僕にとって、彼以上の宝は無い。
 
 
 そして願わくば……彼を、無限の輪から解放してやってくれ……。
 
 
 
 
  
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