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𝐓𝐫𝐮𝐞 𝐋𝐨𝐯𝐞 𝟏

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「この前くれた智也のパンは焦げてたけどね」


突然割り込んで入って来た男がクスクス笑いながら、そう揶揄う。突然の男の発言に智也は腑に落ちない表情で「むつ、余計な事を言うなよ」と口を尖らせる。二人のやり取りが面白くて、その場で自分も笑みを零す。


「おはよ、琥珀。後ろ、寝癖付いてるよ」

「ぅえ、本当?」

「本当」


慌てて後頭部に触れる僕を見て、笑う二人。学校で過ごす時間は自分にとってはかけがえの無い大切なモノとなっていた。中学で知り合った友人の暁 智也と、基本的に静かだが、色々気にかけてくれる優しい友人、藤堂 睦美。二人とも、僕の良き友人である。


「それにしても、琥珀は偉いよな。毎日家のお手伝いをして、学校に来て、終わったかと思えば、また家のお手伝い。辛く無いのか?」


袋を開け、パンを頬張る僕に問うてくる智也。顔を上げながら「辛くないよ」と笑ってみせる。二人は何か言いたげな顔でこちらをジッと見つめている。二人には、過去に麗二の事を既に話している。その為、こうして気を遣わせてしまう事が多々ある。


「相変わらず会えないけど、あの人が同じ家に居る事は変わり無いし、二人と過ごすのも楽しいから、毎日充実しているよ」

「琥珀~…お前って奴は本当健気で可愛いなぁ」


ぐりぐり撫で回されながらそう言われ、「痛いよ」と笑って返す。直ぐ様睦美が困った様に「こーら、智也」と額を軽く弾く。そして、続けて睦美にまで「俺らも琥珀と一緒にいれて幸せ」とギュッと抱擁される。


改めて、自分は恵まれた環境にいる事を思い知らせる。
人の良い智也はα、そして睦美はβ。智也は、既に番が居る為、僕に発情する様な事は無い。睦美も、僕が初めて彼等の前で発情した時には、取り乱してはいたものの、きちんと自制心が残っていて僕を守ってくれた。二人とも、本当に優しい。
学校自体も、Ωに対して優しい制度のある高校だった。差別行為に関しては強く注意を促していて、発情期などの管理も徹底的にして貰える。日々のんびり平和に過ごしている。


「今日の放課後は二人と一緒に勉強出来なさそう。六時に呼び出されているんだ」


下駄箱で靴を履き、教室に向かって歩きながら続ける。睦美は訝しげな顔で「何の用事なのかな」と首を傾げる。対照的に、智也は「遂にあの人と会える機会だったりして」と楽観的な事を口にする。


「不謹慎だけど、当主様が亡くなったからお互い会わないっていう条件が解放されるとか?」

「うーん…それは無いね。何たって、麗……あの人にとって、僕なんか居ても足枷にしかならないだろうし…」


俯き加減に告げると、「何で好きな人の事になると悲観的になるのかね」と智也が苦笑しながら頭を撫で回してくる。されるがままになっていると、睦美がポツリと「難しいな」と呟くのが聞こえた。顔を上げると、睦美が寂しそうに窓の外を見据えていた。僕は彼の表情が少し気になったが、それ以上は何も口に出さなかった。




八年という長い年月の間で、麗二がどうなったのかなんて想像するには充分容易かった。有名な財閥の息子の長男で、容姿端麗であの性格だ。恐らく、高校生になった今は皆にチヤホヤされて、もしかしたら好きな人だって出来ているのかもしれない。そう思っていた。というかそれ以外には思えなかった。
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