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第九章
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しおりを挟む「その声は…十時さん?!」
聞き慣れたフレーズに思わず口に出してしまった。
慌てて口を噤むが、彼は相変わらずブスッと不満そうな顔で帽子を被り直す。会話をしたく無さそうにも見えたが、このまま沈黙なのも気が引ける。
「君、何でこんな所に居るの。同じマンションだったっけ。」
「あっ……伊織さんに呼ばれていて。」
紙袋を持つ手に力を込めながら返す。
驚く事に、彼から会話を振られてホッとする。俺の様子を横目で眺めながら「ふーん」と興味なさげに返答する彼。緊張している俺を気遣って会話を交わしてくれたのだろうか……と一瞬思ったが、恐らく否。
「えっと…十時さんは、」
「十時でいい。」
遮られたかと思いきや、突如そう遮られる。キョトンと目を丸くして彼を見ると、「他人行儀なの、嫌いなの」とソッポを向いていた。意外と歩み寄るタイプなんだな、と思い直しながら「俺の事もシユンでいいですよ」と続ける。
「十時は此処に住んでいるんですね。」
「62階にね。アイツみたいな有名人、数人此処に住んでるよ。」
へぇ…一体どんな方々が住んでいるのだろう。
階が40を超えた辺りで、ふと、彼が再び問うてくる。
「それより、こんな遅くまで何してたの。もう、朝になるよ?アイドルなのに美容のケアの為に早く寝たりしないの?」
「い、いつもはしてますよ!生配信以外では……。彼との用事を後回しにしてしまったので、この時間帯にして貰いました。」
そうだ。
俺は、あの後、メンバーの三人とファンの人達と共に、画面越しに誕生日パーティーとスプシャル雑談会を行った。彼から呼び出された件に関しては、夜遅くでもいいかと聞いた所、0時前に来る様に指定されたから、この時間帯という訳だ。
幸い明日は休み。
まぁ、多分無いとは思うが、いくらお試しのお付き合いとはいえ、泊まるなんて事は無い……。………無いのだろうか。
「彼……ね。」
ジッと、真っ黒な瞳を此方に向けてくる彼。意味深な雰囲気を醸し出すその一言は、まるで俺の心情を探っているみたいで少し怖い。
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