<本編完結>転生巫女は腹黒宰相と狂い咲く

汐瀬うに

文字の大きさ
58 / 111
物流拠点ノイブラの旅

58.巫女としてやれること

しおりを挟む
 結局、3頭目の馬で駆けていく予定だった道のりは時間がオーバーし、森林へ到着したのは1刻弱(約2時間)ほど後の事だった。森林の手前まで薄紫色だった空は、森林に入ったとたんにオレンジ色となり、赤く囂々と燃え盛る炎で昼のように明るかった。

 炎を恐れるであろう二頭の馬は、燃え盛る場所まで来る途中の道に係留してきた。マリが結界を展開することも考え、少しの間だけ周辺の人払いをした。

 想像よりもはるかに大きな炎。信じられないほど燃え盛る様子にあっけにとられ、自分の考えることも忘れ、ただ茫然と見つめることしか出来ないマリ。今まで気丈にふるまっていたハイデルも流石に厳しい表情で、眉間にしわが寄っている。
 速歩やそれより早い速度で走る馬の背の上で話すと舌を噛むことがあるからと、ここまで来る間はほんの少ししか話さなかったけれど、ここまで酷いとは予想していなかった。襲い来る炎の恐怖に蝕まれるマリの肩を抱き、ハイデルがマリに声をかけた。

「この炎を消すために必要な水は、ヴェルヌからはとても離れすぎていてすぐには供給できない。残りの森も焼き切る覚悟で、街の手前で鎮火するように木々を切り倒し、街を守るしかない。でももし、君の結界がここで発動出来たら、残っている木々と街を守ることができる。

 マリ、目を閉じて、炎の音は聞かなくていい。

 聞こえるのは僕の声だけだ。使えるようなら、僕の魔力も使うと良い。」

 正面から向き合うようにして、マリの目が閉じたのを確認すると、ハイデルも目を閉じて、マリのおでこに自分のおでこをくっつけ、左右の耳に手をそっと添えた。

「君の魔力の源は、あの神殿の中の泉。
 今の僕は君にとってのゴブレット、そのものだと思うんだ。
 精霊の神殿の中にいる君は、ひんやりとした泉に足を浸し、一歩ずつ水中へ足を進めて。静かに身体を泉に沈めると、全身が水に包まれるけれど、君の息は不思議と苦しくない。」

 ゆっくりと穏やかに話すハイドの言葉は、まっすぐマリの心へ響き、目を閉じているマリの目の前に泉のイメージを呼び起こす。ただハイデルの声だけを頼りに、あの大きな水の中に包まれた感覚を思い出す。

「ヴェルヌの神殿から半日離れたこの森林は、静寂に包まれた神聖な白樺の森林だ。来るものを拒まず、去るものを追わず、何百年もの間、ただそこにあり続ける。

 今燃え盛っている炎も、長い歴史から見れば一瞬のものに過ぎない。

 燃え盛る炎から出た熱はやがて積乱雲となり、恵みの雨をもたらす。広範囲に広がった雨によって炎は熱を下げ、静まっていく。燃えた木々や草花は次の命の糧となり、また新たな命が生まれ、虫が寄り、鳥が飛び、命が育まれる…。」



 耳元でちゃぷん、と水音が鳴り、あの時に聞いた女性の声が頭に響く。

「「そう。貴方は、守るのね」」

 ハイデルと接している耳が熱い。
 身体は地面に立っているのに、足元には浮遊感がある。

「「そのままイメージを絶やさないで。命に、水を与えるの。」」

 女性の声に指示されるまま、ハイデルの話していた森林のイメージを膨らませる。

 大きな馬になってヴェルヌの街から駆け出し、大きな鳥になって東の森林の空を飛び回る。燃え盛る炎の上には雲が発現し、大きな渦となって炎を消し去る。空から落ちた雨粒が、開いたばかりの二葉にぽつりと落ち、それが茎を伝って地面に飲み込まれる。二葉はそれを糧にぐんぐんと成長して、枝は幹となり、天を衝くほどの大木に成長するイメージが、一瞬のうちにどっと体に流れてくる。

 炎で黒く焼け焦げた苔や古い株はやがて朽ち、鳥が種を落としてそれが芽吹き、新たな苔の絨毯が広がる。誰もいなかった森にはシカやリスが戻り、埋めたことを忘れられたどんぐりからまた芽が出て…新しい森林が広がっていく。

 ここへ来たときに燃え盛っていた炎は、いつのまにか跡形もなくイメージの中から消え去っていく。

「「そう、上手よ。ここにはもう、炎はない。」」

 形は無いけれど、目の前でゆらゆらと浮かんでいた煙のような何かが微笑んだ気がして、思わず目を開けた。マリの目の前には、ハイデルの銀色の眉毛とまつ毛。あまりに近すぎてピントが合わない。

 マリがビクッとして目を開いたのを感じたハイデルが身体を少しずつ離すのと、遠くからサラブレッドが駆けてくる蹄の音を感じたのは、ほぼ同時だった。

 足音は段々と大きくなる。お互いにピントの合わない目で周りを見渡すと、さっきまで全身で感じていた熱は収まっていて、炎は全く見当たらない。その代わり、マリとハイデルを中心に、コケや草花が足の踏み場もないほど鬱蒼と生い茂っていた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

肩越しの青空

蒲公英
恋愛
「結婚しない? 絶対気が合うし、楽しいと思うよ」つきあってもいない男に、そんなこと言われましても。 身長差38センチ、体重はほぼ倍。食えない熊との攻防戦、あたしの明日はどっちだ。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

義兄様と庭の秘密

結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。

カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。

女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ
恋愛
「ご挨拶申し上げます。わたくしフェルマー公爵の長女、アメリアと申します」 男性優位が常識のラッセル王国で、女でありながら次期当主になる為に日々頑張るアメリア。 最近は可愛い妹カトレアを思い、彼女と王太子の仲を取り持とうと奮闘するが…… あれ? 夢に見た恋愛ゲームと何か違う? ーーーーーーーーーーーーーー ※主人公は転生者ではありません。

処理中です...