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壮途に就く
105.悪戯のお返し
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「……カタリナ?」
珍しくしゅんと悄気たような背中のハイデルがなんだか可哀想で、そこまでにしてあげてという意味を込めて、カタリナに呼びかける。
「っあぁ…マリ様!!お加減はもう宜しいんですか!」
マリの方を見つめるカタリナはだいぶ老け込み、白髪の割合もこめかみあたりだけだったはずが、頭はほとんどグレーになっていた。
「ほら、大した事ないと言っただろう。」
ソファでカタリナにくどくどと何か言われていたハイデルも立ち上がり、マリの方へやってくる。
「おはよう、ズューゼ。」
「おはようございます、ハイド様。」
腕を差し出すハイデルは既にシャツとスラックスを着ていて、プライベートを楽しむ準備万端!といった様子だ。
「それでも、マリ様のドレスとお洋服を誂える予定なのに、そのマリ様を溶かしてしまっては元も子もないと…」
「ふふ…っ。カタリナには沢山、ご心配をおかけしたみたいですね。
カタリナ、今日の私はどんな服を着ていたら良いんでしょうか?」
「採寸するために緩い服を、という指定だけでしたから…これなんていかがでしょう。」
カタリナが取り出したのは、薄いシルクのドレス。確かにゆったりとした服で締め付けも少ないし、襟口にフリルがついている程度だから、採寸はしやすそう。
「……いや、絶対に駄目だ。そんなの下着同然じゃないか。たとえ女性だったとしても、マリのそんな姿は見せられない。僕が許さない。」
断乎として拒否するどころか、後ろから抱きしめてきたハイデルの腕からは、絶対に着せないぞという執念を感じる。結局、「ではこちらや…こちらはどうでしょう?」とカタリナが用意してくれていた服の全てを拒否して、気付けばもう8着目。1着も試着にはたどり着けない。
「もう、いいだろう…。
マリが僕のブラウスとスラックスを着れば済むことだ。体のラインは見えないし、ブラウスでも肩幅やウエストくらいは測れる。」
「それでは正しいサイズ感も見られませんし、ドレスでどのくらいデコルテを見せるか、雰囲気を掴むのが難しいじゃありませんか!フィッティングはドレスの基本です!」
「マリのデコルテなんて誰にも見せなくて良い。そんなところを見るのは僕だけだ。」
「そうは仰っても、社交会ではローブデコルテが基準です。いくらハイデル様とは言えども、流石にそれは覆りません!」
ドレスらしい緩い服を提案するカタリナと、体のラインを見せたくないハイデルの間で、段々と加熱する議論の内容が幼稚すぎて、マリは思わず苦笑してしまった。
「あの……もうそろそろ時間なので、私は長袖のネグリジェに着替えてみますね。」
女性の服のことは、絶対的にカタリナの方が詳しいはずだ。彼女は下級とはいえ貴族の一員だし、側仕えを長くしてくれているから、おかしなことは言っていないような気がする。
ただちょっと、愛しの宰相様が過保護すぎるだけ。
「だがマリ…流石にそれは足首も見えているし…」
「ハイド様はもう黙っててください。
素敵なドレスをきちんと作ってもらうためですから。ね?」
「あぁ、それでも…」
何度も食い下がるハイデルに一言、しーっ!と指を立てて1番長袖のネグリジェを持ったカタリナを連れて隣の部屋へ行き、鏡の前で着替えようとした所で………彼が止めようとするその理由を悟った。
「……これは、襟のあるブラウスの方が良さそうね。」
「えぇ、これは……すぐに合いそうなものをお探ししてお持ちします。」
カタリナは汗をかきながらパタパタとネグリジェを畳み、大変大変…っと小さな声で独り言を言いながら、廊下へ歩いて行った。
「ハイド様。そこにいらっしゃいますよね?」
扉のすぐ向こうにいる雰囲気を感じて声をかける。
「………あぁ。」
「私の首元はどうしてこんなことになってるのですか。」
「君が可愛くて、つい…」
ドアの向こうから肩を落として俯いた銀狼がタラタラと歩いてくる。すまない、と後ろから抱きしめられると、仕方ないなぁという気持ちにさせられた。
「惚れた弱みを握られている気分です…。」
「ほう…。」
私はがっくりとしているのに、ネグリジェを着られれない原因を作った犯人は、なんだか嬉しそうな声をあげている。
「ん~もうっ!『ほう。』じゃないです!
寝巻きを脱いだ私の身体には、私の気付かぬうちに彼が仕込んだであろうキスマークが、上半身の至る所についていて…デコルテなんてとても見せられるものではない。
「だからら、あんなに頑なだったんですね…。
内緒で私にだけつけるなんて、酷いです。」
ほおをぷくっと膨らませて、怒ってますからね、と手を腰に当てて胸を張る。怒ってても怖くないと言われたこともあるけど、それでも意思を伝えなくては!と少し大袈裟に演技してみた。
「それなら、君が僕にもつけたらいい。
ほら、おいで。」
「………へ?」
そういうこと、ではないのだけど…。ハイド様はジャケットの前ボタンを外し、シャツの第3ボタンまでをはだけさせながら首元へ誘っている。
「私そんなの、つけたことないです…。」
「ほんの少し噛んで、そのまま吸い上げるんだ。失敗したっていいから、やってごらん。」
なんで私、寝起きでハイド様のキスマーク講座を受けているんだろう。と、マリにはだいぶ疑問だったけれど、ハイデルがそういうなら…と近付いて、首筋をあむっと齧った。
「もっと、強くかじっていい。…っく、そう。上手だ。」
前歯で鎖骨の少し上、首の付け根あたりをほんの少し齧り、ちゅうっと吸い上げる。
「…っふ…。」
冷静な顔を歪めながら、吐息だけじゃない何か、ほんの少しだけ耐える様な声が出て思わずきゅんとする。ゆっくりと唇を彼の首元から外すと、ほんのりと薄ピンクになった程度の、キスマークとは言えないような模様が付いていた。
「……はーーいっ!お二人の熱い交際はもう身に染みてわかりましたから、どうかもうその辺でお止めくださいませ。
私がマリ様にメイクアップして差し上げるお時間が無くなってしまいますから。」
カタリナは、二人が話しながら盛り上がり、淫らな事でもやってると思ったんだろう。あえてドアの手前10歩ほどの距離から足音を立てて歩き、ドアのノックも大きくゆっくりと4回鳴らしてから、大きな声で話しかけつつ入ってきた。
ハイデルのクロゼットから持ち出されたのは、リボンタイをつけるタイプのシャツに、シンプルなストレートのスラックス。まだあったのかというハイデルの反応からしておそらくかなり前に来ていたもののようで、あとからカタリナに聞くと、彼が少年のころに着ていた洋服だった。
「ハイド様も昔は私と同じくらいの背丈のころがあったんですよね。
なかなか想像ができません…。」
「そうだな…確か13歳程度の頃のものだ。
もうとっくに捨てられていると思っていたよ。」
こちらは昔、乗馬の際によく使っていたシャツですね、などと思い出話をしながら、カタリナはマリを少年の格好に仕立て上げた。
この世界に来てから、髪の毛は伸びるばかりで前髪しか切っていないので、髪の長さはついに自分の腰を超え、重たくまっすぐ伸び続けている。採寸するには邪魔すぎるこの髪は、ハイデルの以前使用していたシンプルな紺色の髪紐を借りて結い上げた。
「あぁ…
マリ様が髪を結ばれると、後ろ姿はもう本当にそっくりで、もう感激です…!
あぁそうそう、あの頃のハイデル様ったら、よくお兄様のレオン様について回って………」
皇帝陛下お抱えの仕立て屋の採寸を待つ1刻ほどの間、ただドアの前で待っているだけのカタリナの口からはハイデルの思い出話が延々と流れていた。
今回、洋服数着とドレスを作るのは3年前と同じテーラーだったけれど、一度大まかに確認してみると前回の採寸データは殆ど役に立たず、前回よりも凹凸の増えた体の寸法を全て測り直すことになった。
「前回のドレス、本当に素敵で素晴らしいドレスでした…!とても遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。今回も、どんなドレスになるかとっても楽しみです…!」
「そう仰っていただけますと、私共も作りがいがあるというものです。
必ず期限に間に合うようにお届けいたしますね。」
シャツにベスト、老眼鏡というTHEテーラーといった様子のおじいさんはニコニコとしたまま話を聞いてくれた。服装については若干不思議がられたけれど、「奥方様のお体には少なからず触れてしまうものですから、抵抗をされる殿方も多いですよ」と聞き、ほんの少し安心もした。
珍しくしゅんと悄気たような背中のハイデルがなんだか可哀想で、そこまでにしてあげてという意味を込めて、カタリナに呼びかける。
「っあぁ…マリ様!!お加減はもう宜しいんですか!」
マリの方を見つめるカタリナはだいぶ老け込み、白髪の割合もこめかみあたりだけだったはずが、頭はほとんどグレーになっていた。
「ほら、大した事ないと言っただろう。」
ソファでカタリナにくどくどと何か言われていたハイデルも立ち上がり、マリの方へやってくる。
「おはよう、ズューゼ。」
「おはようございます、ハイド様。」
腕を差し出すハイデルは既にシャツとスラックスを着ていて、プライベートを楽しむ準備万端!といった様子だ。
「それでも、マリ様のドレスとお洋服を誂える予定なのに、そのマリ様を溶かしてしまっては元も子もないと…」
「ふふ…っ。カタリナには沢山、ご心配をおかけしたみたいですね。
カタリナ、今日の私はどんな服を着ていたら良いんでしょうか?」
「採寸するために緩い服を、という指定だけでしたから…これなんていかがでしょう。」
カタリナが取り出したのは、薄いシルクのドレス。確かにゆったりとした服で締め付けも少ないし、襟口にフリルがついている程度だから、採寸はしやすそう。
「……いや、絶対に駄目だ。そんなの下着同然じゃないか。たとえ女性だったとしても、マリのそんな姿は見せられない。僕が許さない。」
断乎として拒否するどころか、後ろから抱きしめてきたハイデルの腕からは、絶対に着せないぞという執念を感じる。結局、「ではこちらや…こちらはどうでしょう?」とカタリナが用意してくれていた服の全てを拒否して、気付けばもう8着目。1着も試着にはたどり着けない。
「もう、いいだろう…。
マリが僕のブラウスとスラックスを着れば済むことだ。体のラインは見えないし、ブラウスでも肩幅やウエストくらいは測れる。」
「それでは正しいサイズ感も見られませんし、ドレスでどのくらいデコルテを見せるか、雰囲気を掴むのが難しいじゃありませんか!フィッティングはドレスの基本です!」
「マリのデコルテなんて誰にも見せなくて良い。そんなところを見るのは僕だけだ。」
「そうは仰っても、社交会ではローブデコルテが基準です。いくらハイデル様とは言えども、流石にそれは覆りません!」
ドレスらしい緩い服を提案するカタリナと、体のラインを見せたくないハイデルの間で、段々と加熱する議論の内容が幼稚すぎて、マリは思わず苦笑してしまった。
「あの……もうそろそろ時間なので、私は長袖のネグリジェに着替えてみますね。」
女性の服のことは、絶対的にカタリナの方が詳しいはずだ。彼女は下級とはいえ貴族の一員だし、側仕えを長くしてくれているから、おかしなことは言っていないような気がする。
ただちょっと、愛しの宰相様が過保護すぎるだけ。
「だがマリ…流石にそれは足首も見えているし…」
「ハイド様はもう黙っててください。
素敵なドレスをきちんと作ってもらうためですから。ね?」
「あぁ、それでも…」
何度も食い下がるハイデルに一言、しーっ!と指を立てて1番長袖のネグリジェを持ったカタリナを連れて隣の部屋へ行き、鏡の前で着替えようとした所で………彼が止めようとするその理由を悟った。
「……これは、襟のあるブラウスの方が良さそうね。」
「えぇ、これは……すぐに合いそうなものをお探ししてお持ちします。」
カタリナは汗をかきながらパタパタとネグリジェを畳み、大変大変…っと小さな声で独り言を言いながら、廊下へ歩いて行った。
「ハイド様。そこにいらっしゃいますよね?」
扉のすぐ向こうにいる雰囲気を感じて声をかける。
「………あぁ。」
「私の首元はどうしてこんなことになってるのですか。」
「君が可愛くて、つい…」
ドアの向こうから肩を落として俯いた銀狼がタラタラと歩いてくる。すまない、と後ろから抱きしめられると、仕方ないなぁという気持ちにさせられた。
「惚れた弱みを握られている気分です…。」
「ほう…。」
私はがっくりとしているのに、ネグリジェを着られれない原因を作った犯人は、なんだか嬉しそうな声をあげている。
「ん~もうっ!『ほう。』じゃないです!
寝巻きを脱いだ私の身体には、私の気付かぬうちに彼が仕込んだであろうキスマークが、上半身の至る所についていて…デコルテなんてとても見せられるものではない。
「だからら、あんなに頑なだったんですね…。
内緒で私にだけつけるなんて、酷いです。」
ほおをぷくっと膨らませて、怒ってますからね、と手を腰に当てて胸を張る。怒ってても怖くないと言われたこともあるけど、それでも意思を伝えなくては!と少し大袈裟に演技してみた。
「それなら、君が僕にもつけたらいい。
ほら、おいで。」
「………へ?」
そういうこと、ではないのだけど…。ハイド様はジャケットの前ボタンを外し、シャツの第3ボタンまでをはだけさせながら首元へ誘っている。
「私そんなの、つけたことないです…。」
「ほんの少し噛んで、そのまま吸い上げるんだ。失敗したっていいから、やってごらん。」
なんで私、寝起きでハイド様のキスマーク講座を受けているんだろう。と、マリにはだいぶ疑問だったけれど、ハイデルがそういうなら…と近付いて、首筋をあむっと齧った。
「もっと、強くかじっていい。…っく、そう。上手だ。」
前歯で鎖骨の少し上、首の付け根あたりをほんの少し齧り、ちゅうっと吸い上げる。
「…っふ…。」
冷静な顔を歪めながら、吐息だけじゃない何か、ほんの少しだけ耐える様な声が出て思わずきゅんとする。ゆっくりと唇を彼の首元から外すと、ほんのりと薄ピンクになった程度の、キスマークとは言えないような模様が付いていた。
「……はーーいっ!お二人の熱い交際はもう身に染みてわかりましたから、どうかもうその辺でお止めくださいませ。
私がマリ様にメイクアップして差し上げるお時間が無くなってしまいますから。」
カタリナは、二人が話しながら盛り上がり、淫らな事でもやってると思ったんだろう。あえてドアの手前10歩ほどの距離から足音を立てて歩き、ドアのノックも大きくゆっくりと4回鳴らしてから、大きな声で話しかけつつ入ってきた。
ハイデルのクロゼットから持ち出されたのは、リボンタイをつけるタイプのシャツに、シンプルなストレートのスラックス。まだあったのかというハイデルの反応からしておそらくかなり前に来ていたもののようで、あとからカタリナに聞くと、彼が少年のころに着ていた洋服だった。
「ハイド様も昔は私と同じくらいの背丈のころがあったんですよね。
なかなか想像ができません…。」
「そうだな…確か13歳程度の頃のものだ。
もうとっくに捨てられていると思っていたよ。」
こちらは昔、乗馬の際によく使っていたシャツですね、などと思い出話をしながら、カタリナはマリを少年の格好に仕立て上げた。
この世界に来てから、髪の毛は伸びるばかりで前髪しか切っていないので、髪の長さはついに自分の腰を超え、重たくまっすぐ伸び続けている。採寸するには邪魔すぎるこの髪は、ハイデルの以前使用していたシンプルな紺色の髪紐を借りて結い上げた。
「あぁ…
マリ様が髪を結ばれると、後ろ姿はもう本当にそっくりで、もう感激です…!
あぁそうそう、あの頃のハイデル様ったら、よくお兄様のレオン様について回って………」
皇帝陛下お抱えの仕立て屋の採寸を待つ1刻ほどの間、ただドアの前で待っているだけのカタリナの口からはハイデルの思い出話が延々と流れていた。
今回、洋服数着とドレスを作るのは3年前と同じテーラーだったけれど、一度大まかに確認してみると前回の採寸データは殆ど役に立たず、前回よりも凹凸の増えた体の寸法を全て測り直すことになった。
「前回のドレス、本当に素敵で素晴らしいドレスでした…!とても遅くなってしまいましたが、ありがとうございました。今回も、どんなドレスになるかとっても楽しみです…!」
「そう仰っていただけますと、私共も作りがいがあるというものです。
必ず期限に間に合うようにお届けいたしますね。」
シャツにベスト、老眼鏡というTHEテーラーといった様子のおじいさんはニコニコとしたまま話を聞いてくれた。服装については若干不思議がられたけれど、「奥方様のお体には少なからず触れてしまうものですから、抵抗をされる殿方も多いですよ」と聞き、ほんの少し安心もした。
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