ほしとうつひと

五月四日。

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 ワザオサと呼ばれた女性は、船の進行方向を見つめていた。船が起こす波は濁り、水は少し粘り気のある重みを持ち、船の先端に圧力をかけてくる。風は心地よいというにはほど遠く、湿り気を感じる熱気となって、その顔に、髪に、身体に向かってくる。ワザオサは、これまでの出来事を反芻していた。ワザオサには幼い頃の記憶はなく、その最も古い記憶は、「イワヤ」と呼ばれる町の研究機関「常夜」のベッドの上から始まる。瞼が閉じているのか、開いているのかすら分からない真っ暗な空間の中で、ワザオサは目覚めた。いや、正確には目覚めた、と思った。夢ではなく、微かに自分の身体を認識する感覚が、ワザオサにそう思わせた。少しだけ耳が音を感じようと働いている感覚があったが、周囲にはわずかな音もなく、人の気配も感じられなかった。だが、ワザオサは自分が何かに見られているという気分だった。ワザオサは上体を起こそうとしたが、そこで初めて、自分の手足が拘束されていることに気がついた。まだ充分に身体の器官が働いているようには思えないが、何か背中に感じる冷たい感触と同じ感触を、両手首と両手足に感じた。硬い、とワザオサは思った。その時、わずかな機械音と共に、ワザオサの顔の正面に、小さな緑の光の枠が出現した。その光の明るさは微かだったが、その光に、ワザオサは目を細めた。空中に浮かぶその緑の光の枠の中で、赤い光の線で描かれた波形が躍った。
「目覚めてくれたみたいだね。」
少し高めの明るい声が聞こえた、その光の枠の中から聞こえてくるようだった。声からは男性のように思える。
「いや、何ていうか、無粋?な真似をしてしまって済まなかったと思っているよ。とはいえ、君みたいなケースは初めてなんだ。君みたいな年齢までコードを入れず、ここで初めてコードを入れるというのも、それなりの冒険なんだ。どんな副反応が起こるか分からなかったからね。こちらも手探りだったということで、許してもらえるとありがたいよ。安全だと確認できれば、きっと自由にしてあげられるとは思うからさ。」
無機質に動く赤い光の線の動きと結びつけることが難しい、親しい友人に語りかけるような口調でその声は語った。緑の光の枠と赤い光の線の微かな明るさで微かに照らされる暗い室内で、ワザオサは自分の身体の状態を確かめようと試みた。だが、それは難しかった。赤い光の線は続ける。
「まだ無理はしなくていいよ。そのうちいろいろと分かるから。その部屋の暗さも、今はどちらかと言うと、君の身体を守るためなんだ。少しずつ慣らしていこうと思っているから、君は心配しなくていい。手足を拘束してもらっているのも、本当はそういう配慮?かな。一度目を覚ましてもらって悪いけど、急に暴れたり、おかしな行動はしないということが分かったから、君にはもう一度眠ってもらおうと思う。次に目覚める時には部屋ももう少し明るくしてあげられるし、身体の拘束を解いてあげることもできるだろうから、その時に、改めて自分の身体がどうなっているか、確かめてみるといいよ。」
部屋の中に何か空気音のような音が聞こえてきた。
「じゃ、またね。お休み。」
そう声が聞こえると、赤い光の線は動きを止め、消えた。同時に小さな緑の光の枠もゆっくりと空中に溶けるように消えた。緑の枠が消えるのが早いか、眠りが訪れるのが早いか、ワザオサはまた眠りに落ちていった。ワザオサが深い眠りに落ちるのに、そう時間はかからなかった。
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