ほしとうつひと

五月四日。

文字の大きさ
1 / 9

■1

しおりを挟む
 「ワザオサーーー!」
遠くから自分を呼ぶ大きな声に、その女性はゆっくりと振り向いた。黒髪が大きく風に揺れてその白い肌を隠し、表情は良く分からない。女性を乗せた船は、少しずつ岸を離れていく。船の側面からは、その船を進める推進力となる数多くのオールが一定の速度で前後しているが、そのオールが水を掻く音はとても静かだ。甲板に乗る人は彼女だけだった。
「もうワザオサではないでしょう。」
大声でワザオサと叫んだ男性の隣に立つ女性がそう、男性を窘めた。男性はわざと眉間に皺を寄せ、大げさに困ったような顔をつくった。
「だって、それ以外の名前、分からないだろ。」
わざとつくった困った顔を人懐っこそうな笑顔にして、男性は付け加えた。
「固いなぁ、サカキは。」
その言葉と表情に、サカキと呼ばれた女性はひとつ小さいため息をつき、離れていく船へ視線を向けた。甲板の上にいた女性は、もうこちらを見てはいなかった。その後ろ姿も、遠くなっていく。
「それも見つかるといいわね。」
サカキは甲板の女性の背中を見つめ、そう言った。ふたりが立つ砂浜の、錆びたような灰色の細かい砂の粒が少しだけ、風に飛ばされて浮かび、舞った。静かに船は水の上を行く。かつて海と呼ばれていたその水は、今はその砂浜よりも濃く暗く、絵の具を溶かしてかき混ぜたような深い灰色に濁っているのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...