ほしとうつひと

五月四日。

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 ワザオサがその長方形の光のシルエットから部屋の外に出ると、そこには長い通路が続いていた。明るさはそれまでワザオサがいた部屋よりも暗く、ところどころで白い照明がチカチカと点滅していたが、その明るさは僅かで、通路全体を照らすほどの光量は持っていない。一方向しかないその通路を、ワザオサはゆっくりと進んでいく。途中の壁面にはいくつか案内のようなものが書かれていたが、ワザオサにはそれを読むことができなかった。しばらく進むと、他のいくつかの通路へつながる広い場所へ出た。
「左側が僕のいる部屋、正面はそのまま出口だけど、まだ出ないでね。右側は君がいたような部屋がいくつかある場所、病棟と言ったほうがいいかな、につながっている。そのまま左の通路を進んでもらって、僕の部屋に来てもらえるかい?」
広い空間のどこからか聞こえるその声に従って、ワザオサは左側の通路を進んでいく。しばらくすると、通路は行き止まりとなった。
「今、開けるよ。」
言葉とともに、正面の壁面に長方形の光のシルエットが浮かび、それが左へゆっくりと動いていく。ワザオサはその光のシルエットをくぐり、部屋の中へ入っていった。部屋の中央には椅子があり、周囲をいくつかのモニターが囲んでいた。さまざまな言葉を猛烈なスピードで表示させているもの、ゆっくりと円形が回転しているもの、モニターが映し出しているものはさまざまだった。椅子が回転したが、そこには何もなかったし、誰もいなかった。
「こうして直接会うのは2回目だね。僕の名前はヒカゲ。少し理由があって、僕の実体は今ここにはいない。この部屋全体が僕だと思ってもらえばいい。」
その声は部屋全体から聞こえるようでもあったし、空っぽの椅子から聞こえるようでもあった。
「ここ、常夜は結構な研究機関だったんだ。もう何十年も前の話になるけど、東の重要な研究機関として、当時あった3つの研究機関の中では新進だったエッダの施設のひとつとして、建設された。エッダが目的としているところは、研究の高度化と技術革新だったから、ここには当時最先端とされたさまざまなものが持ち込まれたんだよ。降り注ぐ有害な雨を飲めるようにした技術も、ここ常夜から生まれて、それはきっと何百万何千万という人の命を救ったはず。あ、ごめんごめん、立ったままで悪かったね。そこに座るといいよ。」
床から膝の高さほどの四角いブロックのような形状をした何かが持ち上がった。ワザオサはそれに軽く腰を下ろした。
「星が落ちてくるんだ。」
声は唐突にそう言った。
「星が落ちてくる、それも一度でなく、何度も。最初に落ちてきた星は人類にとっては幸いながらだけど、当時太平洋と呼ばれていた海洋部に落ちた。その被害はもちろん甚大だったけど、それで命を落としたのは、魚を始めとする海洋生物がほとんどで、奇跡的に死者は数名だった。運悪くその海域に漁に出ていた数隻の船が、その被害を受けただけで済んだんだ。次の落下はそれから25年後、それは、最初に落下した星よりはずいぶん小さいものだったけど、それが運悪くも君の住んでいたエリアに落ちた。それから、星の落下は今日までに8回、うち半分を超える5回が、人のいる地域に落下している。この星の落下で、人類はもう残り数億人といったところなんだよ。正確な数が言えないのは、それだけ行方が分からない人が多いということ…というか、もう追っていないし、誰も追えないということ。それくらい、今は逼迫しているんだ。」
言葉を聞きながら、ワザオサは自分の記憶を辿っていったが、頭の中は空っぽのスクリーンになってしまったように、何の姿も、事柄も、映し出すことはなかった。
「2回目の星の落下のあとしばらくして、僕と僕が編成した調査隊は、そのエリアの調査に出かけたんだ。ユグドラシルの一部が損傷して、その影響がどれくらい出ているかを調べることが、その調査の目的だった。落ちた星自体はそれほど大きなものではなかったとは言ったけど、それは最初の星と比べたらということで、そうだな…星が落ちたのは日本という国だったんだけど、その国土の半分くらいはそれで消えてなくなったんだよ。少なくともそのはずだった。でもね、そのなくなったはずのエリアを調べ始めて、僕たちは奇妙な場所を発見したんだ。星が落下したエリアは放射線量や紫外線量が大きく上昇していて、データからもそれと分かる、言わば当時もそれからも誰も住むことができない状態になってしまうんだけど、落下した星の影響があったと思われる地域にひとつだけ、それらの線量がやけに小さいエリアがあった。周囲数キロといった円形の小さなエリアが、まるで何かに守られたかのように、星の落下前の正常な数値を保っている。僕らはそれを不思議に思って、正常な異常というか、予測通りの線量となっているエリアは後回しにして、異常な正常、分かりにくいね、正常な数値を保っているエリアに急いだ。そこに向かいながら、調査隊の中ではいくつかの議論を交わしたんだけど、有力な仮説は出てこなかった。その間、僕らは特殊な車両で3日くらい何もかもがなくなってしまった土地を移動して、その異常な正常状態にあるエリアを目視できる位置まで辿り着いた。そこまでの過程で500キロくらい、星が落ちたエリアの半分くらいを移動したことになるんだけど、そこまでにおかしいものは何もなかった。車両がかろうじて走れるくらいの比較的なだらかな場所を選んで進んでいったんだけど、僕ら以外にそのエリアに誰かが踏み込んだ形跡もなかったし、当然他の誰かと行き交うこともなかった。そしてその異常な正常性を保ったエリアまで10キロくらいの位置まで来て、僕らは遠目からそのエリアを慎重に観察した。動くものがないか、他と違う点がないか、宇宙人みたいなことを信じている訳ではないけど、状況が状況だから、何があってもおかしくないと僕らは思っていた。扱いは不慣れだったけど、僕らは当然武装もしていた。だが、その距離から遠目で分かる範囲では、特にこれといった異常はないように思えた。線量の数値が正常である以外は、周囲と変わらず、そこには何もないように見えた。そこで僕らは、そのエリアに踏み込んでみることにした。今度は特殊車両でエリアの境界ギリギリまで進んで、正常な数値を記録し続けているそのエリアの直前で車両を止め、僕らは最大限の注意を払って、車両から外に出た。そこで、少し奇妙に感じることがあることに気がついた。何というか、微妙な差なんだけど、異常な数値を記録しているエリアと何か不思議な断面というか、境界があるように感じた。痛みが少ない…というのかな。もちろんひどい状態ではあって、遠目には全く分からなかったけれど、僅かに何か原型を留めている部分がある。そしてさらに言うと、その境界の先に、人の気配を感じた気がした。それは僕以外の他のふたりのメンバーも同じことを感じているようだった。車両に戻ってコンタクトを取ってみたけれど、特に何の反応もなかった。星の落下でユグドラシルが損傷している以上、それ以上外部と連絡を取る手段はないし、一瞬躊躇はしたものの、僕らはそのエリアに足を踏み入れた。僕らが足を踏み入れたその瞬間、ふわっと何かが弾ける感じがして、急激にそのエリアの放射線量と紫外線量が上昇し始めて、数秒で周囲のエリアと同じ数値まで上昇した。僕らはそれに嫌な予感を感じて周囲を警戒したけれど、それ以上の変化は起こらなかった。じわじわと一歩一歩元々境界だった部分から先へ進んでいくと、少しずつだけど、周囲の様子が分かってきた。ところどころに原型が分かるくらい、何かの形を維持している場所があった。窓らしきものや、何かの配線のようなもの、これは後から考えると線量が上がってそうなってしまったのかもしれないと思ったけど、熱に弱いと思われる衣類の焦げたもの。これが原型を留めていたとすると、何か途方もない力がこれを守ったのではないかと今では思っているよ。そして程なくして、僕たちは君を発見したミルフィーユのような層になった瓦礫の場所へ行き着いたんだ。ここから先は、最初に話した通りさ。」
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