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第1章
プロローグ
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──400年以上前。
グレゴリウス統一歴──117年。
「俺達ここで死ぬんだろうなぁ……」
ふわぁと無気力な欠伸をした男は、後ろに立つ妖精にそう言葉をかける。
「ふふっ、怖いんですか?珍しく弱気ですねぇ」
からかうような目線を向けてクスクスと笑う妖精は、自身の体の震えを必死に落ち着かせ、男の方へと近付き優しくゆっくりと抱きしめた。
「大丈夫……一人じゃないですよ。もし死んでしまっても、その時は一緒です」
明るい素振りで振舞いながら優しい声音で言う妖精をみて、男は自らの心臓の高ぶっていた鼓動が少しずつ収まるのを感じる。
そして、無機質な声音で、問う。
「……これは人類の罪だ。お前が巻き添えになる必要は……ないんだぞ?」
「はぁ……私が一緒じゃなかったら何にもできないくせに、今更それ言います?」
溜息をつきながらムスッとした表情を浮かべた妖精は、自身の顔を男の背中にグリグリと力強く押しつけ、抱擁の具合を少々強くした。
「……それは、間違いない」
手を自身の頭部に添え、男は苦笑——否、楽しそうともとれる笑みを零す。そんな様子を見た妖精も奔放な笑顔を見せた。
「……私は、あなたと死ねるのならそれは本望と言えます。……これは本当に、最初で最期に言葉として伝えますが……」
妖精は男の前へと位置を変え、自らの視線と男の視線を交わらせる。
そして、ほんの少し紅潮した頬を隠すように、くしゃっとした照れ笑いをしながらその言の葉の続きを綴った。
「私は、あなたが大好きです。あなたは……私の全てです」
ずっと言いたくて堪らなかった、しかし、素直になれずにこんな死ぬ間際でしか伝えられなくなってしまった感情を、嘘偽りなく言葉にする。
男は、少し驚いたように妖精の顔をまじまじと見つめるが、当の妖精は、気恥しさのあまりに身の置き所がなかったのか顔を男の胸へ埋めた。
肌寒いこの季節に、暖かい風が頬を掠める。
そして、次は男の方から、エルフの華奢な細身の身体をぎゅっと強く、強く抱きしめた。
「俺も最初で最期だから言うけど、その……好きだ。…………あー!恥ずかしい!やっぱ、こういうのは性に合わん!」
「ふふ、本当に最期まで不器用な人ですねぇ……もう、二度と言えませんよ?もっと言っておかなくて大丈夫ですか?」
声音だけは精一杯気丈にしているものの、この男からずっと聞きたかった、言われたかった言葉をかけられ、こんな状況といえど高揚と喜びが妖精の全身を支配し、特徴的な耳は真っ赤に染まる。
「良いよ……きっと、充分過ぎるくらいに伝わっただろうしな」
男は、妖精の頭を左手で優しく撫で目を瞑る。
ほんの数秒の——まさしく刹那という、瞬間として捉えることが可能であろう時間の沈黙が、場を一時的に支配する。窮屈で、動きようのない沈黙。その一瞬ではもちろん、状況も情景も、二人の姿勢さえ変化はなかった。
「……この目を開けたら、また見たくないものと向き合わなきゃいけないのか」
ぽつりと、誰へ言うでもない言葉を、この世界の誰かに縋るように一言、呟いた。
そして、ゆっくりと目を開いた男は、今視界に映っている世界を潤んだ瞳に焼き付ける。
「よし、行くか……」
そう言い、右手の平を大きく広げた男は、暗雲が覆う空を見上げる。その顔は、清々しくも、やるせなくも映った。
「まぁ唯一の心残りは、この時代の遺恨を後世に残してしまうことだよなぁ……あの化け物、魔力高すぎて封印しきれないし……
「……きっと未来にも、私達以上の最強のパートナーが現れてどうにかしてくれますよ。だって、私達がいるのだから」
「……そうだな。そう信じるしか、ないよな」
やるせなく答える。
そして、ほんの少しだけ口の端を吊り上げた男の右手の平が光の粒子に包まれ、それに共鳴するかのように、妖精の身体は眩く、今にも消えてしまいそうな純白の発光を帯びた。
「さてと。じゃあ、覚悟決めたし行くか!言ったからには、地獄まで付き合ってもらうぞ?」
自らの両手を絡ませ、祈りを捧げる仕草を作る妖精は、どんな宝石よりも美しく輝き、枯れてしまう花のような儚い笑顔で叫ぶ。
「えぇ!あなたとなら地獄だって!」
「霊剣抜刀、来い!神剣オリアヴィレッド!」
詠唱にも近い文言を唱えた瞬間、エルフの身体は輝きを保ったまま飛散し、その光の粒子は、一本の美しい剣へと姿形を変えて、男の右手へと収まった。
その剣を強く握りしめた男は、幾らか離れた土地で虐殺と破壊の限りを尽くしている──後に、魔王と呼ばれることとなる存在に向けて一歩、また一歩と足を前に進める。
——まぁこの封印も、せいぜい二百年とかそこらが限界か……それ以前に、俺がなんも出来ずに死んだら、人類全滅で終わるけど。
先の未来へと、願いを託す。
人類が犯してしまった過ちの清算と、悠久の平和を。
自分達が何よりも欲した、愛する人間——否、愛する者と紡ぐ、当たり前という名の平和を。
「もう一回くらい、言っとけば良かったかな……」
薄暗く草木は枯れ、人の気配すら感じさせない荒野に向けて、男は最期にボソッと呟いた。
「……愛してる」
グレゴリウス統一歴──117年。
「俺達ここで死ぬんだろうなぁ……」
ふわぁと無気力な欠伸をした男は、後ろに立つ妖精にそう言葉をかける。
「ふふっ、怖いんですか?珍しく弱気ですねぇ」
からかうような目線を向けてクスクスと笑う妖精は、自身の体の震えを必死に落ち着かせ、男の方へと近付き優しくゆっくりと抱きしめた。
「大丈夫……一人じゃないですよ。もし死んでしまっても、その時は一緒です」
明るい素振りで振舞いながら優しい声音で言う妖精をみて、男は自らの心臓の高ぶっていた鼓動が少しずつ収まるのを感じる。
そして、無機質な声音で、問う。
「……これは人類の罪だ。お前が巻き添えになる必要は……ないんだぞ?」
「はぁ……私が一緒じゃなかったら何にもできないくせに、今更それ言います?」
溜息をつきながらムスッとした表情を浮かべた妖精は、自身の顔を男の背中にグリグリと力強く押しつけ、抱擁の具合を少々強くした。
「……それは、間違いない」
手を自身の頭部に添え、男は苦笑——否、楽しそうともとれる笑みを零す。そんな様子を見た妖精も奔放な笑顔を見せた。
「……私は、あなたと死ねるのならそれは本望と言えます。……これは本当に、最初で最期に言葉として伝えますが……」
妖精は男の前へと位置を変え、自らの視線と男の視線を交わらせる。
そして、ほんの少し紅潮した頬を隠すように、くしゃっとした照れ笑いをしながらその言の葉の続きを綴った。
「私は、あなたが大好きです。あなたは……私の全てです」
ずっと言いたくて堪らなかった、しかし、素直になれずにこんな死ぬ間際でしか伝えられなくなってしまった感情を、嘘偽りなく言葉にする。
男は、少し驚いたように妖精の顔をまじまじと見つめるが、当の妖精は、気恥しさのあまりに身の置き所がなかったのか顔を男の胸へ埋めた。
肌寒いこの季節に、暖かい風が頬を掠める。
そして、次は男の方から、エルフの華奢な細身の身体をぎゅっと強く、強く抱きしめた。
「俺も最初で最期だから言うけど、その……好きだ。…………あー!恥ずかしい!やっぱ、こういうのは性に合わん!」
「ふふ、本当に最期まで不器用な人ですねぇ……もう、二度と言えませんよ?もっと言っておかなくて大丈夫ですか?」
声音だけは精一杯気丈にしているものの、この男からずっと聞きたかった、言われたかった言葉をかけられ、こんな状況といえど高揚と喜びが妖精の全身を支配し、特徴的な耳は真っ赤に染まる。
「良いよ……きっと、充分過ぎるくらいに伝わっただろうしな」
男は、妖精の頭を左手で優しく撫で目を瞑る。
ほんの数秒の——まさしく刹那という、瞬間として捉えることが可能であろう時間の沈黙が、場を一時的に支配する。窮屈で、動きようのない沈黙。その一瞬ではもちろん、状況も情景も、二人の姿勢さえ変化はなかった。
「……この目を開けたら、また見たくないものと向き合わなきゃいけないのか」
ぽつりと、誰へ言うでもない言葉を、この世界の誰かに縋るように一言、呟いた。
そして、ゆっくりと目を開いた男は、今視界に映っている世界を潤んだ瞳に焼き付ける。
「よし、行くか……」
そう言い、右手の平を大きく広げた男は、暗雲が覆う空を見上げる。その顔は、清々しくも、やるせなくも映った。
「まぁ唯一の心残りは、この時代の遺恨を後世に残してしまうことだよなぁ……あの化け物、魔力高すぎて封印しきれないし……
「……きっと未来にも、私達以上の最強のパートナーが現れてどうにかしてくれますよ。だって、私達がいるのだから」
「……そうだな。そう信じるしか、ないよな」
やるせなく答える。
そして、ほんの少しだけ口の端を吊り上げた男の右手の平が光の粒子に包まれ、それに共鳴するかのように、妖精の身体は眩く、今にも消えてしまいそうな純白の発光を帯びた。
「さてと。じゃあ、覚悟決めたし行くか!言ったからには、地獄まで付き合ってもらうぞ?」
自らの両手を絡ませ、祈りを捧げる仕草を作る妖精は、どんな宝石よりも美しく輝き、枯れてしまう花のような儚い笑顔で叫ぶ。
「えぇ!あなたとなら地獄だって!」
「霊剣抜刀、来い!神剣オリアヴィレッド!」
詠唱にも近い文言を唱えた瞬間、エルフの身体は輝きを保ったまま飛散し、その光の粒子は、一本の美しい剣へと姿形を変えて、男の右手へと収まった。
その剣を強く握りしめた男は、幾らか離れた土地で虐殺と破壊の限りを尽くしている──後に、魔王と呼ばれることとなる存在に向けて一歩、また一歩と足を前に進める。
——まぁこの封印も、せいぜい二百年とかそこらが限界か……それ以前に、俺がなんも出来ずに死んだら、人類全滅で終わるけど。
先の未来へと、願いを託す。
人類が犯してしまった過ちの清算と、悠久の平和を。
自分達が何よりも欲した、愛する人間——否、愛する者と紡ぐ、当たり前という名の平和を。
「もう一回くらい、言っとけば良かったかな……」
薄暗く草木は枯れ、人の気配すら感じさせない荒野に向けて、男は最期にボソッと呟いた。
「……愛してる」
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