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第1章

第1話 孤児院からの旅立ち

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 ほのかに暖かさを感じる、心地の良い朝。

 孤児院の皆が見送りに出てきてくれている中、俺は今日共に門出を迎える友人が来るのをゆったりと待っていた。

「今日から、始まるのか……」

 空を見上げると、雲一つないほど清々しい青空であり、周囲には新たな出発を祝うかのように、鮮やかな色彩を帯びた花々が咲き誇っている。

 そんな色とりどりの花々を眺めていると、俺を待たせていることに悪びれる様子もない友人が、手を振りながらノロノロと近付いてきた。

「待たせた!ちょっと、持っていくもの選びに戸惑って……」

 荷物が詰められたリュックを大事そうにさすりながら言う。

「……どうせ、集めてたエロ本の厳選とかだろ?」
「あ、分かっちゃった?最近僕が気に入ってる妖精エルフの子の写真見る?」
「…………はぁ」

 俺は目を細めて、呆れ半ばの嘆息をもらす。

 こんな時まで気に入っているエロ本の厳選をしているこの男の名は、ユメル・ログジェッダ。俺と同じ十六歳で、濃い茶色の短髪に、それと同じ色彩を帯びた瞳、ひょろっとした見た目だが、実際は引き締まった細身の筋肉質な男だ。腐れ縁というか、まぁいわゆる親友ってやつ。

「遠慮しなくていいって~。ほらほら!この子とか、まさに絶世の美少女って感じ!めっちゃ可愛いし、何よりもエロくない!?」
「お前な……。これから、もうしばらくここ帰ってこれないんだぞ?そんなアホっぽいこと考えてないで、今のうちに故郷の匂いを覚えとけって」
「もー、固いなー」 
「…………まぁでも、それは後で見せて……」
「やっぱ、リオも見たいのかよ~」

 ユメルは心底楽しそうに笑い、俺もそれに釣られて自然と笑顔になる。

 緩い空気間で、俺とユメルが脱力してしまいそうな他愛のない日常会話をしていると、見送りに来ている先生や、俺達より年下の孤児院生の群衆の中から、白髭を生やした年配の院長先生が前に出てきた。

「リオ、ユメル。今日まで、孤児院でチビ達の世話を手伝ってくれてありがとうな。お前達なら、向こうに行っても、きっと上手くやれると思う。だけど、もしどうしても辛くなったら、いつでも帰ってくるんだぞ……」

 優しく微笑み、暖かい視線を送ってくれる院長先生。人間味のある本当に優しい人で、この孤児院で間違いなく一番お世話になったし、心が壊れかけていたあの時期にも、親身に寄り添ってくれた恩人と呼ぶべき人物。この人のおかげで、今こうやって生きていると言っても過言ではないと思う。そのくらい、俺にとって大切な人なのだ。
 
 ちなみに、ユメルと共に呼ばれたリオというのは俺の名前だ。この世界ではちょっと珍しい黒髪と、その髪色同様の黒い瞳をしている。

「はい、六年間、本っ当にお世話になりました!この恩は、一生忘れません!」

 俺は、きっぱりとした面持ちでそう告げ、皆の顔を見渡しながら、深々と頭を下げた。

 今俺とユメルが出立しようとしているこの孤児院は十歳の頃からお世話になっていて、身寄りのない俺とユメルにとっては実家のような場所だ。

 目の前の院長先生や、後ろで涙を堪えている先生達には本当の家族のように優しく、時には厳しく育ててもらった。語り尽くせないくらい思い出が詰まった場所であり、残された故郷。

 ちなみに、俺は親の顔をしっかり覚えているが、隣でヘラヘラとしているユメルは、物心ついた頃には親に捨てられ、既にこの孤児院に来ていたらしく親の存在を知らない。だから、ここの先生達が本当の親同然であり、おそらく俺よりも思い入れがあるだろう。

 隣に立っているユメルは、俺の言葉にそっと続いた。

「……僕は、正直、名前もどこにいるのかも分かんない親を憎んでる。でもさ、少し感謝もしてるんだ。……だって、院長先生や先生達、孤児院の皆や、リオとこんなに幸せな時間を過ごせたからね!まぁ僕が、最強の妖精剣士シェダハになって、捨てたこと後悔させてやりますよ!」

 普段ヘラヘラしてるユメルから、こんなにも堅実的な言葉が出てくるのは正直意外であり、それを聞いた院長先生や後ろの先生達も驚きの表情を見せ、堪えていた涙を流す人もちらほら。

 しんみりとした雰囲気になったが、その空気を破るように俺は口を開く。

「いや!最強の妖精剣士シェダハになるのは俺だから!ユメルは二番目で、俺の部下にしてあげるよ!」
「うーん、リオの部下とか命が七つあっても足りなさそうだから、ごめんかなぁ……」

 苦笑しながら、首を横に振るユメル。

「あ、そういうこと言っちゃうんだ?しかもめっちゃ真面目な顔で」

 互いに競争心剥き出しにいつも通りいがみ合っていると、院長先生は笑いながら、

「その様子なら、二人とも心配はないな!外で馬車を待たせてある。頑張ってくるんだぞ!」
「「はい!」」

 声を張り上げ俺達を鼓舞してくれる院長先生。

 偶然にも重なった声で大きな返事をし、俺はもう一度深く礼をした。
 そして、俺とユメルは踵を返し、鮮やかな花々に囲まれながら孤児院を後にする。

 孤児院以外での自立した生活など、今の今まで経験したことがないし、当然だが幸先不安だらけ。
 だけど俺には、どうしても叶えたい夢がある。追いつきたい憧れがある。
 そして、なにを犠牲にしてでも、奴がいる。

「……それじゃ、行くか!」
「よしっ!じゃあ、どっちが先に馬車に着けるか競争しよ!」
「望むところだ!」
「んじゃ、おっさきー!」

 一足先に走り出すユメル。
 おいズルいぞ!と叫びながら、続く俺。

 きっとこれが、守るべき日常であり、幸せであり、当たり前なのだろう。
 友達と笑ったり喧嘩したりの、豊かな表情溢れる日々。満天の笑顔が広がる生活。

もう二度と、大切な人を失いたくないから。


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