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第1章

第15話 超常剣士のイロハと覚悟

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 例の温泉騒動の翌日。
 背筋を痺れさせるような緊張感が漂う中、教師らしくない軽めの衣服に身を包んだファルネスさんは、片手に持った分厚い本のページをめくった。

「まずは、基礎的な部分から話ていくぞ。妖精剣士シェダハとは何なのかって部分からだな」

 おごそかな雰囲気に包まれ、生徒達にとっては学園初の授業が淡々と進められていく。

「魔術を発する為の器官——魔術回廊は備わっているが、魔力を体内で生成することのできないヒューマン。魔力を体内で生成することはできるが、魔術回廊が備わっていないエルフ。そんな両者が一つの悲願、つまり魔王を討伐するのを目的に手を組み、その時代の王女と勇敢な男の二代英雄が完成させた融合形態。様々な魔術や脅威的な身体能力を手に入れたのが、君達が今目指している妖精剣士シェダハというものだ」

 ファルネスさんの説明を聞きながら、俺は手元にある分厚い教本に目を落とす。

 そこには、古い絵で二人の手を繋いだ男女が描かれており、男の方は剣を掲げ、女の方は両目を隠している。

 その絵を眺めながら、俺はファルネスさんが口にした王女と勇敢な男という部分に引っかかり、横目でチラッと隣に座っている妖精エルフを見た。

 流れるような金髪を特徴的な耳に掛けて、真剣な面持ちで教本を読むシエラは、いつにも増して理知的で美しく、勝手に見ておきながら俺は恥ずかしくなりすぐに目を逸らす。

 ……てか、この時代にも第一線で戦おうとする酔狂な王女がいたんだな。
 別に隣の王女シエラのことを酔狂と言っているわけではない。いや
 本当に全く。

 そんなことを考えながら、一人孤独に苦笑いをしていると、ファルネスさんは黒板に何かの文字を書き始めた。

「細かい内容とか、妖精剣士シェダハの闘い方とかは後々教えていくから、とりあえず今は、これだけ覚えてくれ」

 カツカツと小刻みな音を立てながら、チョークで文字を書くファルネスさん。

 書き終わったその黒板には、律儀に整えられた横文字で『契約ペア』と『霊剣抜刀エティソール』と残されていた。

「初めに、契約ペアっていうのはヒューマンと妖精エルフが特別な契りを結ぶ……いわば、儀式みたいなものだな。契約ペアの状態になったその瞬間から、お互いのどちらかが命を落とせばもう片方も死ぬ。つまり、命を預け合うってことだ」

 ファルネスさんは、さも当然の如く話を続けるが、音としては拾わなくとも唾をごくりと飲み込んだ生徒が多数いたことは言うまでもない。

 だが、そんな空気感の中で、最前列に座っていた人間ヒューマンの女子生徒がスッと手を上げる。

「あの、一つよろしいでしょうか?」
「何だい?レイラさん」
「互いの命を預け合うパートナーを、この学園の規則だからといって一ヶ月で見つけろっていうのは、あまりにも横暴ではないでしょうか?」

 この場にいる皆の思っていたことを、レイラと呼ばれた彼女は代弁した形となったが、まぁ当たり前に言及される事柄ではある。当然の反応だ。

 ここからじゃ顔までは見えないが、先程の声音から鋭い視線を送っているであろうと裕に推測できるレイラさんを真っ直ぐに見据えるファルネスさん。

「それは……」

 手に持っていた分厚い本を閉じ、近くにあった台へと置いた。
 そして、ゆっくりと間を開けて口を開く。

「俺も知らん!」

 ……?

 生徒全員の目が点となり、拍子抜けて「え?」と声を漏らす者もちらほら。

「何なら私だって、この学園に来て初日にそれ言われて、その時面識すらなかったミラと担任に猛抗議したし。まぁ、そういうものだって納得してくれとしか言いようがないな」
「……ッ!そんな理不尽なッ!」
「じゃあ、この学園を辞めるかい?」

 手を振りかざし声を荒げるレイラさんのことを、ニコニコと優しい笑みを浮かべながら眺めるファルネスさん。これが、本当にお調子者のその場作りの笑顔だとしたら、レイナさんは更に激昂し言葉を続けただろうが、笑顔の中に隠れた真剣な表情は誰が見ても明らかな為、レイナさんは押し黙ってしまう。

「レイナ・ジュナイブ……君にも、目的があってここに来た。違うか?」
「……い、いいえ」

 少し意地悪な笑みを浮かべながら、ファルネスさんはレイラさんに対し着席するように目配せをし、レイラさんは黙ったまま着席する。

「この制度に関してはどの学園も共通だ。何せ、本部が決めたことだからね。厳しい話だが、それが決まりなんだ。それに……」

 ファルネスさんは腕を組み、黒板にもたれかかって続ける。

契約ペアを解消する方法も、あるっちゃある。まぁ、まだ時間は残されているわけだし……紋章が導いてくれるから、基本的には大丈夫だと思うぞ。学園として契約ペアの成立を助長するイベントもあったりするからな。必要なのは、覚悟だけ」

 そう言うと、黒板に預けていた体を離し、忙しなく教室の扉の方へと歩き出した。

「問題は霊剣抜刀エティソールの方なんだよなぁ。これは、実際にやって見せた方が分かりやすいと思うし、今から広場に出てきてくれ。私の、妖精剣士シェダハとしての姿を目に焼き付けてもらおう」

 それだけを言い残すと、引き戸を右に開き、颯爽と外に出ていった。

 残された教室の生徒達は、一旦は騒つきを見せるものの、一人が出て行ったのを皮切りにゾロゾロと列を成して広場へ向かっていった。

 ちなみに、ユメルは興奮で鼻血を垂らしながら、

「現代最強格の妖精剣士シェダハの重圧を感じた!!」

 と、自分が詰められたわけでもないのに、心なしか嬉しそうに広場へと続く廊下を歩いていた。
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