私に世界は救えません!~盗賊と偽りの恋人契約~

星影さき

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第一章 はじまりは夕闇とともに

団長の宝

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「ついて来いって、あなたに? どうしてですか」
 怪訝けげんな顔で、リディアは黒髪の男を見つめていき、視線を送られた男は、呆れたように肩をすくめた。

「さぁな。詳しい事情はウチのジィサン……団長に会ってから聞くこった。お前を宝と呼んで、部下たちに町中を探させている」

 彼の言葉に、リディアはいぶかしげに眉を寄せていく。
 リディアには、何かの団長をしている知り合いなどいない。
 さらに、『祈りの巫女』ではなく、『宝』と呼ばれたことなど、記憶になかったのだ。

 わけもわからず首をかしげていると、黒髪の男はリディアの混乱を察したのだろう。
 彼女の瞳を見つめて、再び口を開いた。

「ライリー・バレット。それがお前を探している男の名だ。お前ら知り合いなんだろうが」

「知り合いどころか……名前も知らないです」
 そもそも、彼女には名前を教え合うほどに仲のいい男などいなかった。

 ネラ教会と熱心なその信者たちは、よほど祈りの巫女に恋愛をさせたくなかったのだろう。
 リディアが男と話しているのを見かけるたびに表情を一変させ、嫌悪のこもった視線を向けてきていた。
 その空気を察した男たちは、次第にリディアに話しかけようとしなくなっていったのだ。


 なおもライリー・バレットを思い出せずにいるリディアを見て、黒髪の男はうんざりしたように深い息を吐いた。
「知り合いでもない女を盗め、かよ。あのクソジジィ、とうとうイカレやがった」

 話の内容を理解できないリディアは口を開こうとするが、それよりも早く黒髪の男が言葉を発した。

「まぁ、そんなの知ったこっちゃねェ。おい、さすがにこれなら聞いたことがあるだろう。フライハイトの団長ライリー」

 突如として飛び込んできた聞き馴染みのある単語に、リディアは言葉を無くし、目を丸く見開く。
 フライハイトとは、町の噂話で頻繁に出てくる幻の盗賊団のことだ。

 千人以上の団員で構成され、荒くれ者たちを束ねる団長は、三メートルを越すという大男。
 金のガレオン船で海を渡ると言われているにも関わらず、どういう仕掛けか、その姿を見た者は数えるほどしかいなかった。
 さらには、決まった拠点を持たずに神出鬼没なため、ネラ教会もその実態をつかめずにいるという、謎めいた組織として名をせていた。

「まさか、あの……」
 独り言のような彼女の呟きに、黒髪の男は不敵に笑う。

「盗賊団の団長に目をつけられるとは、お前もツイてないな」

 黒髪の男の言葉に、リディアはうつむいて、不安と安堵あんどが混じった複雑な表情を浮かべた。


 ついてない、のかな。むしろ――
 思わずそう考えてしまったリディアは、祈りの巫女として失格なのだろう。


――・――・――・――・――・――

 黒髪の男と向かい合うリディアの耳に、草葉のすれる音が響く。
 リディアはびくりと身体を震わせて、音のした方へ恐る恐る視線を送った。
 ネラ教の者が自分を追って来たのかもしれないと思ったのだ。

 しかし幸いなことに、その予想は大きく外れていた。
 木の陰からあらわれたのは、昨日酒場でリディアに鼻息荒く迫ってきたバドだった。

「もーキャプテンてば、急にいなくならないでくださいよ!」
 ぜぃぜぃと肩で息をする様子からすると、全力で走って来たのだろう。


 それなのに、黒髪の男はバドをねぎらう様子もなく、腰に巻いた布をひるがえして、リディアの元へと向かう。

「え……?」
 リディアは思わず、そうこぼした。
 右下に視線を送ると、彼女の手は、一回り大きい骨ばった手に力強くつかまれていた。

「来い」

「ちょ、痛っ!」
 突然引っ張られたリディアは、声をあげていく。
 そのおかげか少しは手の力も緩んだが、黒髪の男は手を離さないまま、彼女を引きずるように歩きだした。

「おいバド、船に戻るぞ。ジィサンの宝はもう探さなくていい」

「探さなくていいってどういう……って、あれ? その子って昨日の、祈りの巫女!?」

 『祈りの巫女』という言葉にリディアは怯え、思わず右手に力を込める。
 すると、黒髪の男がいかにも不機嫌といった様子でため息をつき、リディアを睨みつけてきた。

「言っておくが、俺もバドもフライハイトの団員だ。俺ら盗賊は海、陸問わず、欲しいもの全てを手に入れる。逃げられるだなんて思うなよ」

 黒髪の男の言葉は、リディアを落胆させるのに十分な威力を持っていた。
 うつむいたリディアは、わずかに下唇を噛んでいく。

 確かに彼女は、ネラ教会と婚約者からは逃れることはできた。
 だが、それでも全てから解放されたわけではなく、今度は荒くれ者が集う盗賊団に捕らえられてしまったのだ。

 大して状況は好転していない。
 冷静になった彼女はようやく、自分の置かれている状況を理解した。

 結局、自由からは程遠い――
 そんなことを考えながら、重い足取りのまま盗賊たちに連れられていったのだった。
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