私に世界は救えません!~盗賊と偽りの恋人契約~

星影さき

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第一章 はじまりは夕闇とともに

港からの脱出法

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 黒髪の男は詳細を説明しないまま、バドに簡単な指示を出していく。
 しばし時を置いてから、バドは指示されたものを持ち、息を切らしながら戻って来た。

 彼が手にしているのは麻の縄と、白い布。
 そして、後ろにあったのは台車に載せられた巨大な木箱だ。

「これは……?」
 リディアは目の前にある箱を見つめて呟く。

「馬を搬送するための箱っスよ。今回はキャプテンの指示通り、敷居を外してきたっス。それにしちゃ戻るの早かったっしょ」
 仲間と思われる屈強な男たちと共に箱を持ってきたバドは、得意気に鼻をこすった。


 リディアはその場に立ったまま、箱の中を見ようと背伸びをしていく。
 箱の上方には小窓がついており、開いているそこから中身をのぞこうと思ったのだ。

 すると、右隣から呆れたような声が聞こえてくる。
「何もねェよ。これはお前が入るおりだ」

「え!?」
 黒髪の男の言葉に、リディアとバドは同時に声をあげた。

 困惑する二人に構うことなく、黒髪の男はリディアの手首をつかんだまま、淡々と指示を飛ばした。
「おいバド。布と縄をこいつに」

「え、あ、アイ・サー!」
 戸惑いながらもバドは声をあげ、手際良くリディアの手を後ろで縛り、口には布を噛ませていく。
 リディアがバドの顔を見つめると「そんな目で見ないでほしいっス」と、彼は寂しそうに視線を落とした。

 バドの態度に、盗賊とはいえ、悪い人ではないのだろうとリディアは思ったが、箱に入る意味に関しては全くと言っていいほどわからずにいた。

 やがて作戦の準備が整ったのか、リディアを入れた箱の扉は閉められ、光が消えていく。
 暗闇の中、息遣いがやけに大きく聞こえ、不安だけが静かに募っていった。

――・――・――・――・――・――・――・――

 数分の時が過ぎてもなお、リディアの周囲は変わらず漆黒の闇に包まれていた。
 壁の外からは、台車を押しているであろうバドや黒髪の男の声が時折聞こえてくる。

 悪路を進んでいるのだろうか。
 小石を乗りあげるたびに箱が揺れて、リディアの身体は幾度も壁にぶつかった。

 次第に波の音が大きく聞こえ、あちこちから聞き覚えのある神官の声が飛んできている。
 いつの間にか、箱の揺れも小さくなっていた。
 盗賊たちと共にこの箱は、港に入ったのだとリディアは推測した。


 黒髪の男は一体何を考えているのだろう、とリディアは座ったままうつむく。
 箱に隠したところで、神官たちは中身を確認するだろうし、意味などないように思える。
 呆れてため息が出るような展開だが、猿ぐつわをされているせいで、それすらもできない。

 こんなにも大きな箱を、神官が見逃してくれるわけがない――
 リディアがそう考えていると、カツカツと高らかな靴音が近づいてきた。


「お前たち、積み荷を見せろ」
 外から棘のある声が聞こえてくる。

 悪い予感ほど、当たってしまうものだ。
 名前はわからなくとも、リディアには声の主が神官の一人だということは、声でわかった。

 神官の呼びかけに、盗賊たちは移動を止めたのだろう。
 箱の揺れがぴたりと止まる。


「おや、ネラ教の方が珍しい。何やら騒がしいですが、一体どうされたのです?」
 黒髪の男の声が聞こえた。
 先程までとは違う、柔らかな口調だ。
 穏やかな声は盗賊らしさを微塵みじんも感じさせず、別人が話しているようにすら思える。


「祈りの巫女様が失踪しっそうされた。積み荷に紛れていないか確認させよ」

「失踪……ですか。なるほど、それは一大事。ですが、この荷だけは見ないほうがいいですよ。きっと後悔しますから」
 黒髪の男は神官にひるむこともなく、のらりくらりと会話を続けている。
 それが、かえって神官の気にさわったのだろう。
 けんのある声がした。

「見ないほうがいい、か。怪しいな、見せろ」

 その声にリディアは、びくりと身体を震わせた。
 絶体絶命とは、まさにこのことだ。
 リディアは、いたずらに神官をあおった黒髪の男を恨んだ。


 外からため息が聞こえ、木箱の上方にある小窓から、錠を開ける音がする。

「あーあ、知りませんよ。どうしてもと言うのなら、ここからのぞいてください。中見れるんで」

「小窓? これだな」
 リディアは小さく丸まり、影に隠れる。
 だが、隠れたところですぐに見つかってしまうだろう。

 小窓が開いたと同時にまばゆいばかりの光が差し込む。
 恐ろしさのあまりリディアが顔を上げられないでいると、カエルの鳴き声に似た、妙な声が聞こえた。

 それに驚いたリディアは、条件反射的に顔を上げていく。
 すると、真っ青な顔をした神官の横顔が一瞬だけ目に映った。
 地獄を見たような顔をしている神官を不思議に思う暇もなく、なぜかすぐさま小窓は閉められ、箱の中はまた闇で満ちていく。


「だから言ったじゃないですか」
 黒髪の男の呆れたような笑い声がする。

「ぐ、ぐぐぐグリフォン!? 獰猛どうもうなモンスターがどうして」

「モンスターをペット代わりに欲しがる人もいるんですよ。ご存知だとは思いますがこいつは狂暴なんで、命が惜しければ手を出さないほうがいいですよ。それともまだチェックします?」

「い、いやいい。早く行け」

 神官の怯えたような声がし、箱はまた揺れ動き始めた。
 暗闇にノクスの丸い水色の瞳が浮かんで見える。

 リディアは、グリフォンのノクスと共に箱へと入れられていたのだ。
 リディアは今になって、ようやく黒髪の男の作戦を理解した。

 グリフォンは一般的に、人を襲い喰らうモンスターとして知られており、リディアも数年前に隣町の街道を行く旅人がわし獅子ししの身体を持つ化け物に襲われたという噂を聞いていた。
 そんなグリフォンのいる箱の中を探そうとする者などいるはずがない、というわけだ。


 リディアは神官から逃れたことにわずかに安堵したが、すぐさま罪悪感が襲ってきた。

 動けないのは確かであり、言葉が出せないのもまた、確かなこと。
 それでも、うなるような声は出せたはずなのに、どうしてリディアはそれをしなかったのか。
 やろうと思えば、身体を動かして、神官に存在を知らせることも出来たはずなのに。
 なぜ、見つからないように隠れてしまったのか。

 グリフォンが怖かったから。
 盗賊に脅されていたから。

 そんなものは、リディアに用意された都合のいい言い訳でしかなかった。


 彼女は祈りの巫女という使命から、目を背けてしまったのだ。
 ピートという乱暴で恐ろしい男の元に嫁ぐことも、他人のために命を捧げることも、恐ろしくて仕方なかった。
 教会へと戻るよりも、自分を宝と呼ぶ団長のもとへ向かうほうが、望みがあるように思えてしまったのだ。

 リディアは自分の弱さを呪いながら、今にも泣き出してしまいそうな目を強くつむる。
 そんなリディアの心を察したのか、グリフォンのノクスは彼女を慰めるようにそのほおを優しくすりつけてきたのだった。
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