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第二章 盗賊団フライハイト
偽りの恋人
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リディアはわずかに息をついて、ファルシードの横顔に視線を送る。
彼は相変わらず仏頂面を顔に貼りつけており、ライリーと何やら話し込んでいた。
この人の彼女のフリ、か――
気が重い、以外の言葉が何も見つからない。
リディアはこれまで誰かと交際をしたことはなく、それどころか、初恋すらも未経験だ。
色恋に疎い状態で、恋人らしい演技などできるのだろうか。
しかも相手は出会ったばかりの男で、盗賊ということ以外は何もわからない状態だ。
今後のことを考えれば考えるほどに、リディアの不安はどこまでも膨らんでいく。
さらにリディアにとって、ファルシードという男は無愛想で荒っぽく、何を考えているのか全く掴めない。
そんな彼と上手くやっていく自信など、欠片もなかった。
とにかく少しでも気まずい思いをしないように――
リディアは、ひたすら話のタネを探すことに集中していった。
「おい、何を呆けてる。さっさと行くぞ」
ふと、ファルシードの声が聞こえる。
遠くから聞こえたように感じたその声は、すぐ後ろから発せられていた。
リディアはあまりにも、話題探しに没頭しすぎたのだ。
ゆっくりと顔を上げてあたりを見渡すと、ファルシードは一人、扉の前で立っていた。
「行くぞ、と言っているんだが」
向けられた深い紫の瞳が、鋭く光っているように見える。
不機嫌さを思わせる表情に、リディアはびくりと身体を震わせて、背筋を勢いよく伸ばした。
「ふぁい!」
あまりの緊張に、異様な声を出したリディアは、恥ずかしさから顔をうつ向かせていく。
ファルシードはそれを気にする様子もないまま、ライリーの部屋をあとにし、リディアも彼の後に続いた。
廊下へと出たリディアは、目の前にある広い背中を見つめる。
男所帯であろう船内で彼女が身を守るには、この男に頼るほかない。
増殖する不安と戦いながら、リディアは恐る恐る偽りの恋人の背中に声をかけた。
「あ、あの、ファルシードさん」
「なんだ」
振り向いたその顔は相変わらず不機嫌なオーラで満ちていて、リディアは少しばかりひるむ。
だけど、こんなことは想定内だったはずだ――
負けじと気合を入れなおし、深々と頭を下げた。
「私のせいで、ご迷惑をおかけしてすみません。よろしくお願いします」
「迷惑とわかってんなら、今後余計なことはするな」
「はい、気をつけます」
真剣な表情で大きくうなずく。
それを横目で見つめてきたファルシードは、踵を返して歩みを進めた。
「ついて来い。船内を案内する」
無愛想な声で発せられた言葉に、リディアの表情は一気に明るいものへと変わっていく。
何の義理もないし、面倒がられて放置されるのが関の山だ――と、リディアは思っていたのだ。
「ファルシードさん、ありがとうございます!」
予想外ともいえる展開にリディアは喜び、勢いよく頭を下げていく。
ほっと息をついて顔を上げると、ファルシードは足を止めており、うんざりしたような表情でリディアのことを見つめてきていた。
「俺をそう呼ぶのは止めろ」
「す、すみません。キャプテン」
リディアは慌てて言いかえる。
バドが彼をそう呼んでいたことを、思い出したのだ。
正式に団員として迎えられた今、リディアはこの船で一番の下っ端ということになる。
ファルシードはリディアにとって、ずいぶんと上の上司だということは間違いない。
だが、キャプテンという呼び名もまた不正解だったようだ。
ファルシードの瞳は“呆れた”とでも言いたげなものになっていた。
「お前……ジィサンの話、何も聞いてなかったのか」
「え?」
リディアは首をかしげて、ライリーの話を思い返してみる。
それなのに、いくら考えてみても思い出すことが出来ずにいた。
いつまでも答えを見つけられないリディアの顔は、徐々に難しいものへと変わっていく。
「……呑気の考えなしにも、ほどがある」
呟きにも似た声が聞こえた途端、彼女のあごに、突如ひんやりとした硬いものがあてられた。
それがファルシードの指だと気づき、リディアの心に動揺が走る。
逃げる間も与えられないまま、ぐいと顔を持ち上げられ、気が付いたら視線は上を向いていた。
未だかつてないほどの距離にいる男に、はっと息は止まり、身体が硬直する。
見下ろしてくる底知れぬ紫の瞳が、恐ろしくも美しく、不思議と視線がそらせない。
唐突すぎるこの状況に、リディアの思考はハイスピードで駆けめぐっていく。
混乱を極めた彼女は、何か行動を起こすこともできず、ただただ立ち尽くすしかできなかった。
そんな彼女を見つめるファルシードは、妖しげに口角上げていき、笑った。
あごにあてられていた手が頬へと動き、首筋を下方向へ、そっとなぞっていく。
これまでとは違う官能的ともいえる雰囲気を醸し出すファルシードに、リディアの血の気は一気に引いた。
このままじゃ、私――
リディアは戦慄し、不安から小さく唸るような声が出る。
慌てて顔を背けると、逃さないとばかりに、耳元で囁かれた。
「船で抱くのも悪くねェ。せいぜい楽しませてくれよ」
彼は相変わらず仏頂面を顔に貼りつけており、ライリーと何やら話し込んでいた。
この人の彼女のフリ、か――
気が重い、以外の言葉が何も見つからない。
リディアはこれまで誰かと交際をしたことはなく、それどころか、初恋すらも未経験だ。
色恋に疎い状態で、恋人らしい演技などできるのだろうか。
しかも相手は出会ったばかりの男で、盗賊ということ以外は何もわからない状態だ。
今後のことを考えれば考えるほどに、リディアの不安はどこまでも膨らんでいく。
さらにリディアにとって、ファルシードという男は無愛想で荒っぽく、何を考えているのか全く掴めない。
そんな彼と上手くやっていく自信など、欠片もなかった。
とにかく少しでも気まずい思いをしないように――
リディアは、ひたすら話のタネを探すことに集中していった。
「おい、何を呆けてる。さっさと行くぞ」
ふと、ファルシードの声が聞こえる。
遠くから聞こえたように感じたその声は、すぐ後ろから発せられていた。
リディアはあまりにも、話題探しに没頭しすぎたのだ。
ゆっくりと顔を上げてあたりを見渡すと、ファルシードは一人、扉の前で立っていた。
「行くぞ、と言っているんだが」
向けられた深い紫の瞳が、鋭く光っているように見える。
不機嫌さを思わせる表情に、リディアはびくりと身体を震わせて、背筋を勢いよく伸ばした。
「ふぁい!」
あまりの緊張に、異様な声を出したリディアは、恥ずかしさから顔をうつ向かせていく。
ファルシードはそれを気にする様子もないまま、ライリーの部屋をあとにし、リディアも彼の後に続いた。
廊下へと出たリディアは、目の前にある広い背中を見つめる。
男所帯であろう船内で彼女が身を守るには、この男に頼るほかない。
増殖する不安と戦いながら、リディアは恐る恐る偽りの恋人の背中に声をかけた。
「あ、あの、ファルシードさん」
「なんだ」
振り向いたその顔は相変わらず不機嫌なオーラで満ちていて、リディアは少しばかりひるむ。
だけど、こんなことは想定内だったはずだ――
負けじと気合を入れなおし、深々と頭を下げた。
「私のせいで、ご迷惑をおかけしてすみません。よろしくお願いします」
「迷惑とわかってんなら、今後余計なことはするな」
「はい、気をつけます」
真剣な表情で大きくうなずく。
それを横目で見つめてきたファルシードは、踵を返して歩みを進めた。
「ついて来い。船内を案内する」
無愛想な声で発せられた言葉に、リディアの表情は一気に明るいものへと変わっていく。
何の義理もないし、面倒がられて放置されるのが関の山だ――と、リディアは思っていたのだ。
「ファルシードさん、ありがとうございます!」
予想外ともいえる展開にリディアは喜び、勢いよく頭を下げていく。
ほっと息をついて顔を上げると、ファルシードは足を止めており、うんざりしたような表情でリディアのことを見つめてきていた。
「俺をそう呼ぶのは止めろ」
「す、すみません。キャプテン」
リディアは慌てて言いかえる。
バドが彼をそう呼んでいたことを、思い出したのだ。
正式に団員として迎えられた今、リディアはこの船で一番の下っ端ということになる。
ファルシードはリディアにとって、ずいぶんと上の上司だということは間違いない。
だが、キャプテンという呼び名もまた不正解だったようだ。
ファルシードの瞳は“呆れた”とでも言いたげなものになっていた。
「お前……ジィサンの話、何も聞いてなかったのか」
「え?」
リディアは首をかしげて、ライリーの話を思い返してみる。
それなのに、いくら考えてみても思い出すことが出来ずにいた。
いつまでも答えを見つけられないリディアの顔は、徐々に難しいものへと変わっていく。
「……呑気の考えなしにも、ほどがある」
呟きにも似た声が聞こえた途端、彼女のあごに、突如ひんやりとした硬いものがあてられた。
それがファルシードの指だと気づき、リディアの心に動揺が走る。
逃げる間も与えられないまま、ぐいと顔を持ち上げられ、気が付いたら視線は上を向いていた。
未だかつてないほどの距離にいる男に、はっと息は止まり、身体が硬直する。
見下ろしてくる底知れぬ紫の瞳が、恐ろしくも美しく、不思議と視線がそらせない。
唐突すぎるこの状況に、リディアの思考はハイスピードで駆けめぐっていく。
混乱を極めた彼女は、何か行動を起こすこともできず、ただただ立ち尽くすしかできなかった。
そんな彼女を見つめるファルシードは、妖しげに口角上げていき、笑った。
あごにあてられていた手が頬へと動き、首筋を下方向へ、そっとなぞっていく。
これまでとは違う官能的ともいえる雰囲気を醸し出すファルシードに、リディアの血の気は一気に引いた。
このままじゃ、私――
リディアは戦慄し、不安から小さく唸るような声が出る。
慌てて顔を背けると、逃さないとばかりに、耳元で囁かれた。
「船で抱くのも悪くねェ。せいぜい楽しませてくれよ」
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