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第二章 盗賊団フライハイト

船とノクスと

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 なんだか個性的な人たちだなぁ――
 嵐のように現れ、嵐のように去ってゆく背中を見つめて、リディアは小さく息をつく。

 振り返って顔を上げると、ファルシードと視線が重なり、リディアはわずかに身体を強張らせた。
 冗談でされたこととはいえ、迫られた時の恐怖が抜けきっていなかったのだ。


「バドとカルロ、ケヴィンの三人は覚えておけ。俺の下にあたる奴らになる」
 一方のファルシードは表情を変えることもなく、淡々と説明を続けている。

 彼からは、全くと言っていいほどに下心を感じられないどころか、リディアを女として扱うつもりも無さそうに見える。
 次第にリディアの緊張は解けていき、強く握ったこぶしも柔らかくほどいていく。


 ――いけない、余計なことばかり考えてちゃダメだ。
 三人の名前を忘れないようにと、リディアは自分自身に言い聞かせた。


「はい、ちゃんと覚えるようにしま……」
 出かかった丁寧語は、ファルシードの目つきをより鋭いものにさせていく。
 向けられる視線に気付いたリディアは慌てて言い直し、誤魔化し笑いを浮かべた。

「じゃなくて! 覚えておくね、だよね……あはは」

「さっさと慣れろ」

「うぅ、ごめん」
 ファルに呆れられてばかりだ――とリディアは空を仰ぐ。
 すると、広がるスカイブルーに一つの影をとらえた。

「ノクスだ!」
 リディアは、思わず声をあげた。

 太陽の光を浴びて、グリフォンのノクスは雲一つない空を飛び回っていた。
 上昇気流に乗ったのだろうか。
 空高くまで昇っていき、次第に小さくなっていく。

 自由に空を駆ける姿は悠々としていて、リディアは彼にじっと見惚れていた。
 リディアにとってノクスは、人を襲う獰猛なモンスターには、とても思えなかった。


「わー、いいな。楽しそう」
 眩い太陽に目を細めながら、リディアは微笑む。
 遠くの空にいるグリフォンに向かい、手を伸ばした。

「怖くねェのか」
 ファルシードはリディアの隣に立ち、見下ろしてくる。

「怖いって、どうして? ノクスは優しい子だと思うよ。あの子は人間……というか、ファルのことが好きみたいだし」

 リディアはファルシードを見上げて微笑みかける。
 ファルシードは「そうか」と、わずかに驚いたような顔をして、ノクスが飛ぶ空を見つめた。


――・――・――・――・――・――・――

 それから二人は階段を下り、食堂や洗面所といった、リディアが使いそうな場所を中心に回った。
 船の内部は廊下こそ狭いが、団員室の他に、帆やロープを置く部屋、火薬庫など、様々な部屋があった。

 これだけの数があるのだ。
 新人のリディアにも、一つくらい小部屋が割り当てられていても不思議ではなかったし、事実彼女もそう思っていた。


 ファルシードは階段を昇り続け、広い廊下へと出ていく。
 するとリディアは、床から出たレバーのような見覚えのある棒を見つける。

「ここって、団長の部屋の前……?」

「ああ。だが、部屋の入り口はこっちだ」
 先程のとは違う階段を下っていくと、そこにはまた扉があった。

 どんな部屋なのか、とリディアの胸は期待と不安で高鳴っていく。

 ファルシードがドアノブに触れ、かちゃりと音が鳴る。
 開かれた扉の向こうには、想像だにしなかった世界が広がっていた。

 天井からは洒落しゃれたランプが吊るされ、その下には質の良さそうな木の机が置かれている。
 ソファも横になって休めるほどの大きさだ。
 絨毯じゅうたんは模様のないシンプルなものが敷かれていた。
 どの家具も決して派手ではなかったが、リディアの趣味にぴたりとはまるものばかりだ。

 さらに、この部屋にはリディアの心を鷲掴みにしたものがあった。
 天井まである大きな棚に、ぎっしりと詰められた様々な本だ。


「わぁ、すごい……本がいっぱい! 本当にこんな素敵な部屋をもらっていいの」
 文字を禁止されていた反動からか、読めないにも関わらず、リディアは人一倍本に興味があったのだ。

 だが、目を輝かせるリディアに、ファルシードは眉を寄せた。

「おい、何を勘違いしている」

「勘違い?」
 リディアは、きょとんとした顔のまま、何も言葉を見つけられずにいる。

 ――あれ。ついさっき、ここが部屋の入口と言ってなかったっけ。
 リディアの頭の中は、混乱を極めていた。


「お前の部屋はここじゃない。ここは俺の部屋だ」
 ファルシードが告げてきた言葉は、さらにリディアの思考をひどく撹乱かくらんさせた。

「え、あの、ええと、どういうこと……」
 頭を真っ白にさせたリディアを置いて、ファルシードは歩みを進める。
 そのまま部屋の右奥へと向かった彼は、隣の部屋へと繋がる扉を開けた。

「来い。お前の部屋はこっちになる」

 駆け足でリディアはファルシードの元へと向かい、扉の向こうを見渡す。

「こ、ここが、私の部屋……?」
 目を見開いて呟いた。

 灰色の粉が舞い上がり、宙を漂う。
 至るところに蜘蛛の巣が張り巡らされ、部屋の中は廃墟にしかみえない。

 あまりのホコリっぽさに思わず咳こんだリディアは、呆然として立ち尽くしたのだった。
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