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第二章 盗賊団フライハイト
彼女の部屋
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言葉を無くしたリディアに、ファルシードは刺々しい声を返した。
「文句あんのか」
「いえ……あ、いや、ないよ」
ベッドの枠組とクローゼットしかない倉庫のような部屋だが、広さもまずまずある。
ホコリこそ多いが、カビが生えている様子もなく、ネズミの気配もない。
掃除さえすればなんとかなるだろう。
布団や家具さえどうにかすれば、まともな部屋が作れるように思えた。
がぜんやる気が沸いてきたリディアは、瞳に光を取り戻して、わずかに口角を上げていく。
団長から余った机や布団をもらって、それでこの部屋に――と、考える。
その過程で、リディアの顔は次第に赤みを増しはじめた。
「ファル……な、ないって言ったけど、やっぱりあるよ!」
突如リディアは声を荒げた。
顔どころか耳まで赤く染めてうつむいたリディアに、ファルシードは面倒そうな声を返してくる。
「あるって、何が」
「文句! 毎回こうやってファルの部屋を通らないと、私の部屋に行けないの!?」
「仕方ねェだろう。そもそも俺だって、毎度通られるのを我慢してやると言ってるんだが」
どうか別の行き方があると言ってくれ、と願うリディアの思いは虚しく砕け散った。
船内での部屋とは、家のようなものであるとリディアは思う。
自分の家に帰るのに、人の家を経由するのはどう考えても変だと、頭を抱えた。
それに何より、彼女は女で、ファルシードは男なのだ。
男女がこんなにも近くで住むなど、すんなり了承できるほうがおかしい。
ファルシードからすれば、彼女はただの部下でしかなく、近かろうが遠かろうが、どうでも良いことなのだろう。
だが、リディアにとって、この部屋の位置は大問題だった。
貴方は良くても、私は男の人の部屋を通るの、恥ずかしいんだってば!――
むすっとした顔で、リディアはファルシードを横目で見やる。
「ここが嫌なら、男部屋に叩きこむしかねェな」
不満が伝わったのか、ファルシードはポケットから鍵を取り出していき、ドアノブを握った。
思わぬ言葉に、リディアの身体はぴくりと震えていく。
男部屋が自室になるということは、男たちのいる部屋で共に寝たり、着替えをしたりするということだ。
そんなことをすれば、好奇の目にさらされると考えなくてもわかる。
途端、男部屋に比べればファルシードの部屋を経由するなど、ちっぽけな問題にしか思えなくなった。
慌てたリディアは、閉まりゆく扉に身体を滑り込ませて押さえた。
「嫌じゃない! だから、この部屋を私にちょうだい」
必死な瞳でリディアはファルシードの顔を見上げ、頼み込む。
「素直で結構なこった」
上から見下ろしてくるファルシードは、片側の口角を上げて、にやりと笑う。
全てお見通しだとでも言わんばかりの表情に、リディアはむっとして口をとがらせた。
ああ、私は厄介な人の彼女役になってしまったのかもしれない――
――・――・――・――・――・――・――
ファルシードの隣室が自室となったリディアは、鍵を受け取り、時間も忘れて部屋の掃除をすすめていた。
成果は目に見えてあり、天井から垂れ下がる蜘蛛のカーテンはなくなり、宙を舞うホコリも消えている。
白く曇った窓も磨かれて、橙に染まった空と海が見えていた。
「よし、完璧!」
汚れで真っ黒に染まった雑巾を絞って、リディアは達成感に満ちた顔で笑う。
はじめは廃屋にも見えたが、掃除で磨かれて、棚や布団が増え、机や椅子、ランプなども置かれるようになり、ずいぶんと部屋らしくなった。
殺風景ではあるが、リディアにとっては見慣れた一人の家よりもずっと愛着が沸きそうに思えた。
あとは、バケツの汚れた水を捨てて、掃除用具を甲板へと返せば完璧だ。
リディアは最後の一仕事を終えるために、バケツとモップを持って扉へと向かう。
両手はふさがり、扉は開けられない。
これが勝手に開けばいいのに――とリディアは考えるけれど、そんな魔法のようなことが起こるはずもない。
そう。どう考えたって起こり得ないはずなのだ。
それなのに、扉はなぜか勢い良く自動で開かれていく。
わけのわからない展開にリディアは目を丸く見開き、突然現れたその人を見つめた。
「もうすぐメシだ。行くぞ」
ファルシードはノックもなし、声かけもなしの状態で部屋に入ってきているのに、悪びれる様子一つ見せようとしない。
他の団員に同じことをやってもさほど問題はないだろうが、リディアは女なのだ。
更にはファルシードともそう歳が変わらない年頃の娘……デリカシーがないにもほどがある。
リディアは口元をへの字に曲げて、怒りをあらわにした。
「あのね、勝手に開けないでほしいんだけど!」
「だったら鍵をかけておけ」
当然のように語ってくるファルシードの返しに、リディアは戸惑い、二の句がつげなくなってしまう。
リディアは母親としか生活をしたことがなかったため、常識というものが、よくわからなかったのだ。
「鍵をかけないほうが悪い、って、そういうもんなのかな。でも、ノックくらいしてくれたって……」
「それ、置いてから行くぞ」
必死に反論を続けているのに、ファルシードはそれを聞こうともせず、リディアの持つバケツとモップを奪い取っていく。
急に軽くなった両手を見てリディアは、ぽかんとして立ち尽くす。
彼の背中に視線を送ると、不思議とくすぐったい気持ちになり、下を向いて照れたように笑った。
持ってくれるなんて案外優しいな――
そう思いかけてリディアはふと我に返り、慌てて首を振った。
本当に優しかったら、掃除も手伝ってくれるはずだ、ということを思い返したのだ。
リディアが部屋の掃除をしている間、ファルシードは自室で本を読み続け、何一つとして手伝おうとしなかった。
ファルシードがしてくれたことといえば、いらなくなった古いランプを一つくれただけ。
部屋に明かりが出来たことはずいぶんと助かることではあるが、彼が優しいかどうかを問われると、首を縦には振れないような気がしたのだった。
「文句あんのか」
「いえ……あ、いや、ないよ」
ベッドの枠組とクローゼットしかない倉庫のような部屋だが、広さもまずまずある。
ホコリこそ多いが、カビが生えている様子もなく、ネズミの気配もない。
掃除さえすればなんとかなるだろう。
布団や家具さえどうにかすれば、まともな部屋が作れるように思えた。
がぜんやる気が沸いてきたリディアは、瞳に光を取り戻して、わずかに口角を上げていく。
団長から余った机や布団をもらって、それでこの部屋に――と、考える。
その過程で、リディアの顔は次第に赤みを増しはじめた。
「ファル……な、ないって言ったけど、やっぱりあるよ!」
突如リディアは声を荒げた。
顔どころか耳まで赤く染めてうつむいたリディアに、ファルシードは面倒そうな声を返してくる。
「あるって、何が」
「文句! 毎回こうやってファルの部屋を通らないと、私の部屋に行けないの!?」
「仕方ねェだろう。そもそも俺だって、毎度通られるのを我慢してやると言ってるんだが」
どうか別の行き方があると言ってくれ、と願うリディアの思いは虚しく砕け散った。
船内での部屋とは、家のようなものであるとリディアは思う。
自分の家に帰るのに、人の家を経由するのはどう考えても変だと、頭を抱えた。
それに何より、彼女は女で、ファルシードは男なのだ。
男女がこんなにも近くで住むなど、すんなり了承できるほうがおかしい。
ファルシードからすれば、彼女はただの部下でしかなく、近かろうが遠かろうが、どうでも良いことなのだろう。
だが、リディアにとって、この部屋の位置は大問題だった。
貴方は良くても、私は男の人の部屋を通るの、恥ずかしいんだってば!――
むすっとした顔で、リディアはファルシードを横目で見やる。
「ここが嫌なら、男部屋に叩きこむしかねェな」
不満が伝わったのか、ファルシードはポケットから鍵を取り出していき、ドアノブを握った。
思わぬ言葉に、リディアの身体はぴくりと震えていく。
男部屋が自室になるということは、男たちのいる部屋で共に寝たり、着替えをしたりするということだ。
そんなことをすれば、好奇の目にさらされると考えなくてもわかる。
途端、男部屋に比べればファルシードの部屋を経由するなど、ちっぽけな問題にしか思えなくなった。
慌てたリディアは、閉まりゆく扉に身体を滑り込ませて押さえた。
「嫌じゃない! だから、この部屋を私にちょうだい」
必死な瞳でリディアはファルシードの顔を見上げ、頼み込む。
「素直で結構なこった」
上から見下ろしてくるファルシードは、片側の口角を上げて、にやりと笑う。
全てお見通しだとでも言わんばかりの表情に、リディアはむっとして口をとがらせた。
ああ、私は厄介な人の彼女役になってしまったのかもしれない――
――・――・――・――・――・――・――
ファルシードの隣室が自室となったリディアは、鍵を受け取り、時間も忘れて部屋の掃除をすすめていた。
成果は目に見えてあり、天井から垂れ下がる蜘蛛のカーテンはなくなり、宙を舞うホコリも消えている。
白く曇った窓も磨かれて、橙に染まった空と海が見えていた。
「よし、完璧!」
汚れで真っ黒に染まった雑巾を絞って、リディアは達成感に満ちた顔で笑う。
はじめは廃屋にも見えたが、掃除で磨かれて、棚や布団が増え、机や椅子、ランプなども置かれるようになり、ずいぶんと部屋らしくなった。
殺風景ではあるが、リディアにとっては見慣れた一人の家よりもずっと愛着が沸きそうに思えた。
あとは、バケツの汚れた水を捨てて、掃除用具を甲板へと返せば完璧だ。
リディアは最後の一仕事を終えるために、バケツとモップを持って扉へと向かう。
両手はふさがり、扉は開けられない。
これが勝手に開けばいいのに――とリディアは考えるけれど、そんな魔法のようなことが起こるはずもない。
そう。どう考えたって起こり得ないはずなのだ。
それなのに、扉はなぜか勢い良く自動で開かれていく。
わけのわからない展開にリディアは目を丸く見開き、突然現れたその人を見つめた。
「もうすぐメシだ。行くぞ」
ファルシードはノックもなし、声かけもなしの状態で部屋に入ってきているのに、悪びれる様子一つ見せようとしない。
他の団員に同じことをやってもさほど問題はないだろうが、リディアは女なのだ。
更にはファルシードともそう歳が変わらない年頃の娘……デリカシーがないにもほどがある。
リディアは口元をへの字に曲げて、怒りをあらわにした。
「あのね、勝手に開けないでほしいんだけど!」
「だったら鍵をかけておけ」
当然のように語ってくるファルシードの返しに、リディアは戸惑い、二の句がつげなくなってしまう。
リディアは母親としか生活をしたことがなかったため、常識というものが、よくわからなかったのだ。
「鍵をかけないほうが悪い、って、そういうもんなのかな。でも、ノックくらいしてくれたって……」
「それ、置いてから行くぞ」
必死に反論を続けているのに、ファルシードはそれを聞こうともせず、リディアの持つバケツとモップを奪い取っていく。
急に軽くなった両手を見てリディアは、ぽかんとして立ち尽くす。
彼の背中に視線を送ると、不思議とくすぐったい気持ちになり、下を向いて照れたように笑った。
持ってくれるなんて案外優しいな――
そう思いかけてリディアはふと我に返り、慌てて首を振った。
本当に優しかったら、掃除も手伝ってくれるはずだ、ということを思い返したのだ。
リディアが部屋の掃除をしている間、ファルシードは自室で本を読み続け、何一つとして手伝おうとしなかった。
ファルシードがしてくれたことといえば、いらなくなった古いランプを一つくれただけ。
部屋に明かりが出来たことはずいぶんと助かることではあるが、彼が優しいかどうかを問われると、首を縦には振れないような気がしたのだった。
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