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第二章 盗賊団フライハイト
夕陽と揺れる心
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リディアとファルシードは船首甲板へと向かい、ほこりっぽい倉庫へ掃除用具を押しこんでいく。
男所帯のため、掃除をしようとする者がいないのだろう。
バリケードに思えるほど乱雑で、人の侵入を拒んでくる倉庫を前に、明日はここの整頓をしてやろう、とリディアは心に決めた。
扉を閉めて手に付いたほこりを払い、かんぬきで固定する。
錆ついているからか、きぃと耳につく音が鳴った。
そのままリディアは何の気なしに、光のほうへ視線を移した。
水平線より上は橙に、下はワインレッドに染まっている。
太陽は形を変えて滲みはじめ、海面へと沈みつつあった。
溶けた光が橋のように広がり、波に揺らめきながら音もなく瞬いている。
――燃えているみたいな夕焼け……あの日と同じ色。
無言のまま立ち尽くすリディアの顔からは、みるみるうちに血の気が引いていく。
“なぜこのようなところにいる! 日没後は家にいろと言っただろうが”
感情のままに怒鳴り付けてくるハンス司祭の声が、リディアの頭に響いた。
――司祭さま、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ
「どうした」
心ここにあらず、といった様子のリディアを疑問に思ったのだろう。
ファルシードは怪訝な表情でリディアに視線を送ってきた。
「あ、ええと……」
顔面を蒼白にさせたリディアは目をそらし、理由を語ろうとはしない。
代わりに、そわそわと落ち着きなく身体を動かし、船尾にある自室へ向かう扉を気にしている。
その態度に合点が行ったのか、ファルシードはリディアを呆れたような瞳で見つめ、深く息をついた。
「普通に慣れろ、と言ったはずだが」
彼の言葉にリディアはうつむいて、きゅっとこぶしを握った。
夕陽を目にした途端、リディアは過去の事件を思い出してしまったのだ。
それはまだ、彼女が幼かった頃のこと。
母の目を盗んで家を飛び出し、海に沈む夕陽と星を一目見ようと、灯台へ走った。
そこで沈みかかった夕陽を見たはいいものの、ハンス司祭に見つかってしまったのだ。
ハンス司祭は鬼の形相を浮かべ、幼いリディアを罵倒し、彼女の髪をつかんで歩きだした。
家についた途端、物のように放り投げて“貴様は破滅の巫女になるつもりなのか”と罵ってきた彼の顔が、リディアは未だに忘れられないのだ。
以来、リディアは沈み行く夕陽を異常なほどに恐れるようになった。
それを見るたび、条件反射のように禁忌事項が頭を過ぎり、慌てて家に閉じこもった。
“日没後、外出してはならぬ”という教えは、リディアにとって、呪いと呼べるほどの力をもっていたのだ。
普通に慣れろ、という言葉にリディアは喜ぶことはなく、反対に苦しげに下唇を噛んでいく。
溢れそうな涙を堪えようとしているせいか、蒼白になっていた肌も赤みを増してきていた。
「気休めは、苦しいだけだよ……ファルだって、私が普通になれるとは、思っていないんでしょう」
リディアは隣に立つファルシードの顔を見ることもなく、ぽつぽつと呟くように言う。
「は?」
「巫女も普通の人になれる、そんなの本気で思うはずないよ。だって……」
そこから先は、口に出すことなどできなかった。
強く目をつむり、顔も苦しげに歪んでいく。
リディアは、自身に課せられた使命の大きさを、嫌というほどに知っていたのだ。
平和というものは尊いものだ。
ひとたび暗黒竜の封印が解けてしまえば、これまで保たれてきたこの平和がどうなるかなど想像に難くない。
美しいこの海も死体で溢れ、緑溢れる山はえぐれ、町には歌の代わりに悲鳴が響くだろう。
何かを得ようとすれば、何かは手放さなければならない。
平和を手にするため、人々は祈りの巫女たちの命を生贄として捧げることに決めたのだ。
私は世界から死ぬことが渇望され、生きることなど望まれてはいない――
自身の運命を呪うリディアの瞳に、涙がにじむ。
「いつか“その時”は絶対にやってくる。運命からはきっと、逃げられない」
抑揚もなく、台詞のようにリディアは言う。
船での生活など、つかの間の夢にしかすぎないこともわかっていた。
いずれ世界のため、祈りの巫女として命を捧げなくてはならないということも、全部わかっていた。
ぽたりぽたりと甲板の乾いた床板にしずくが落ちて、小さく丸い染みを作った。
重荷を肩に乗せられたようにリディアは背を丸めて、両手で顔を覆う。
先程までは嬉しいと思えた“普通”という言葉が、今のリディアにはひどく苦しいものに思えた。
男所帯のため、掃除をしようとする者がいないのだろう。
バリケードに思えるほど乱雑で、人の侵入を拒んでくる倉庫を前に、明日はここの整頓をしてやろう、とリディアは心に決めた。
扉を閉めて手に付いたほこりを払い、かんぬきで固定する。
錆ついているからか、きぃと耳につく音が鳴った。
そのままリディアは何の気なしに、光のほうへ視線を移した。
水平線より上は橙に、下はワインレッドに染まっている。
太陽は形を変えて滲みはじめ、海面へと沈みつつあった。
溶けた光が橋のように広がり、波に揺らめきながら音もなく瞬いている。
――燃えているみたいな夕焼け……あの日と同じ色。
無言のまま立ち尽くすリディアの顔からは、みるみるうちに血の気が引いていく。
“なぜこのようなところにいる! 日没後は家にいろと言っただろうが”
感情のままに怒鳴り付けてくるハンス司祭の声が、リディアの頭に響いた。
――司祭さま、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい……ッ
「どうした」
心ここにあらず、といった様子のリディアを疑問に思ったのだろう。
ファルシードは怪訝な表情でリディアに視線を送ってきた。
「あ、ええと……」
顔面を蒼白にさせたリディアは目をそらし、理由を語ろうとはしない。
代わりに、そわそわと落ち着きなく身体を動かし、船尾にある自室へ向かう扉を気にしている。
その態度に合点が行ったのか、ファルシードはリディアを呆れたような瞳で見つめ、深く息をついた。
「普通に慣れろ、と言ったはずだが」
彼の言葉にリディアはうつむいて、きゅっとこぶしを握った。
夕陽を目にした途端、リディアは過去の事件を思い出してしまったのだ。
それはまだ、彼女が幼かった頃のこと。
母の目を盗んで家を飛び出し、海に沈む夕陽と星を一目見ようと、灯台へ走った。
そこで沈みかかった夕陽を見たはいいものの、ハンス司祭に見つかってしまったのだ。
ハンス司祭は鬼の形相を浮かべ、幼いリディアを罵倒し、彼女の髪をつかんで歩きだした。
家についた途端、物のように放り投げて“貴様は破滅の巫女になるつもりなのか”と罵ってきた彼の顔が、リディアは未だに忘れられないのだ。
以来、リディアは沈み行く夕陽を異常なほどに恐れるようになった。
それを見るたび、条件反射のように禁忌事項が頭を過ぎり、慌てて家に閉じこもった。
“日没後、外出してはならぬ”という教えは、リディアにとって、呪いと呼べるほどの力をもっていたのだ。
普通に慣れろ、という言葉にリディアは喜ぶことはなく、反対に苦しげに下唇を噛んでいく。
溢れそうな涙を堪えようとしているせいか、蒼白になっていた肌も赤みを増してきていた。
「気休めは、苦しいだけだよ……ファルだって、私が普通になれるとは、思っていないんでしょう」
リディアは隣に立つファルシードの顔を見ることもなく、ぽつぽつと呟くように言う。
「は?」
「巫女も普通の人になれる、そんなの本気で思うはずないよ。だって……」
そこから先は、口に出すことなどできなかった。
強く目をつむり、顔も苦しげに歪んでいく。
リディアは、自身に課せられた使命の大きさを、嫌というほどに知っていたのだ。
平和というものは尊いものだ。
ひとたび暗黒竜の封印が解けてしまえば、これまで保たれてきたこの平和がどうなるかなど想像に難くない。
美しいこの海も死体で溢れ、緑溢れる山はえぐれ、町には歌の代わりに悲鳴が響くだろう。
何かを得ようとすれば、何かは手放さなければならない。
平和を手にするため、人々は祈りの巫女たちの命を生贄として捧げることに決めたのだ。
私は世界から死ぬことが渇望され、生きることなど望まれてはいない――
自身の運命を呪うリディアの瞳に、涙がにじむ。
「いつか“その時”は絶対にやってくる。運命からはきっと、逃げられない」
抑揚もなく、台詞のようにリディアは言う。
船での生活など、つかの間の夢にしかすぎないこともわかっていた。
いずれ世界のため、祈りの巫女として命を捧げなくてはならないということも、全部わかっていた。
ぽたりぽたりと甲板の乾いた床板にしずくが落ちて、小さく丸い染みを作った。
重荷を肩に乗せられたようにリディアは背を丸めて、両手で顔を覆う。
先程までは嬉しいと思えた“普通”という言葉が、今のリディアにはひどく苦しいものに思えた。
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