虹色古書店

カズモリ

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10. 朱色⑩

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 朱里が本の世界から戻った時、外はすっかり暗くなっていた。
 虹色古書店に入った時はまだ明るかったから、16時くらいだと思うが、今はすっかり真っ暗だ。

「あれ、真っ暗」
 朱里はランドセルの肩ベルトを握り締め、自転車を轢くママをチラリと見上げた。
 その表情は見えないが、取り乱したような様子はなく、いつものママのような気がする。

「うん。今8時近くだからね」
「え、そんなに?」
 朱里が驚いていると、ランドセルをママがひょいっと持ち上げ、自転車の前カゴにいれた。
「時間は経つのが早いのよ」

 ふーん。そうなんだ。朱里はとぼとぼ歩きながら、虹色古書店の不思議な体験を思い返していた。

 あの双子の女の子は最後会えなかったし、よくわからないままだけれど、とにかく虹色古書店ここが言葉に言い出せないような、不思議な場所だとわかった。

 でも、ママはなんで、あの場所を知っていたの? 私があそこにいたって、どうしてわかったの? どうして本の中から出てきたのに驚いていないの?

 朱里は聞きたいことがあるけれど、聞いてはいけないような、触れたらいけない。そんな空気を、察して気持ちが胸につかえて、飲み込んだ。

 物語の主人公になるなんて、荒唐無稽な話は誰も信じないだろうし、自分の中だけに留めて、毎日を過ごすことにするのだろう。
 

 そんなことを思って、籠の中で小刻みに揺れるランドセルを見ていた。

 不思議と数時間前には憂鬱感でいっぱいだった日常が、失われなかったことに安堵している。当たり前を奪われなかったことが、良かった。

 夜空だって毎日見たら、そのありがたみもわからない。けれど、なくなったら、昼間だけなら、気温は上がり続けるだろうし、そんなの不便だ。


***


 虹色古書店の奥の部屋に朱色の本が一冊置かれていた。
 銀髪のおかっぱ頭の少女が本をかかえて、元あった棚へ戻した。

 棚に戻すと背表紙は先刻までの鮮やかな朱色から無機質白色へと変化した。
「集まらなかったね」
「そうだね」

 見た目がそっくりな少女が、もう一人、カウンターから扉のステンドグラスを見つめ、ポツリとそう答えた。
 何とも悔しそうな、そんな顔を浮かべる。

 もう一人の少女はステンドグラスから目を逸らすと、本棚の側にいる少女に近づいてくる。
 本棚の側にいる少女が落ち込んでいるからか、慰めようとしているのだろう。

 そっと彼女の肩に手を置いて心配ないよ、というように声をかけた。

「物語を最後まで体験しないと色は得られない。こちらの名前をすっかり忘れて、本の中あちらの人にならなければ、名前の色はもらえないもの」

 肩を抱かれながら、もう一人の少女が悔しそうに、深く息をついた。
「あと少しだったのに」
「また、次の人を待たないと」
「そうね」

 次は何色を名前に持つ人がこの地を訪れるだろうか。
 ステンドグラスに彩を添えてくれるだろうか。

 二人の少女は落胆と期待を胸に抱いて、ただ真っ白な背表紙を虚に見ていた。
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