虹色古書店

カズモリ

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9.朱色⑨

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 どうしてなのかはわからないが、吸い込まれるように、目が離せないほど、そのステンドグラスは言葉では言えない魅力を放っていた。

 エラがゆっくりと扉に近づき、ドアノブを握り締める。金属がヒヤリと感じた。
 ドアノブを、手前に引くと、目の前には双子の幼女が揃って立っている。

 銀髪なのか白髪なのか、肩につくかつかないかくらいの長さの髪を切り揃え、この世界には随分と不似合いな着物を着こみ、ニコニコと笑顔をエラに向けてくる。

「よろしいのですか?」
「え?」
 何がどう宜しいのか、エラにはわからない。
「旅路をこのまま終わらせてもよろしいのですか?」
「物語も佳境というのに、最後まで見届けなくて良いのですか?」

 二人はじっとエラを見つめた。エラも緊張した面持ちでふたりをみたあと、なぜか二人の後ろにちらっと見えた扉が気になり、目が離せない。

 この二人も随分も気にはなる。聞きたいことや、聞かなきゃいけないことが沢山ある。
 だけど、なぜだろう。なぜか、あの扉の方が優先しないといけない。そんな気がする。

「行かなくちゃ」

 そんな気持ちが溢れ出し、古書店の中を進むと、その扉の前でエラはゴクリと唾を飲み込んだ。

「そちらを開けるのですか?」
 二人のうちの一人がそういった。エラはそれには答えず、扉をじっと見つめ、意を決してドアノブを開き、中へ進む。

 部屋は簡素でとても小さかった。テーブルと椅子があり、テーブルの上には赤色の背表紙だろうか。一冊の本が開かれている状態で置かれていた。

 この本を触れてはいけないような、それとも触れなくてはいけないのかわからない。
 ただ、胸の音がドラムロールのように早鐘をうつので、エラは指をそっと近づけ、そして、恐る恐る指に触れた。

「あ」
 その言葉と共にエラの体に朱色の光が包み込んだ。

 思い出したのだ。自分が何者で時々押し寄せるあの自分の中にあった違和感の正体に気がついた。
 そして、この光も。来た時と同じくらい眩しい。

 そう思って反射的に目を瞑った。しばらくして瞼の先で光っていた光が消えた時、彼女はゆっくりと目を開いた。

 先刻まで身を包んでいた裾の長いドレスはデニム生地のハーフパンツになり、ボロボロの裾にエプロンを纏っていた上肢は、着慣れたTシャツに変わっていた。
 目に映る指先は小さく縮み、金色の髪は肩までの黒髪へと変わっていた。

 いや、戻っていた。

 テーブルには見覚えのある赤色の本があり、その横には使い古して風合いの漂う朱里のランドセルがあった。

「朱里」

 聴き慣れた声。
 
 そうだ。私はじゃない。

 放課後にふしぎな本屋に入ったら、本の中に吸い込まれた。大好きな本のシンデレラの主人公エラになってた。

 心の中に立ち込めていたモヤが晴れていくような、ガラスケースに閉じ込められていた世界が、徐々にひび割れを起こすように、今置かれている状況が次第に理解してきた。

 懐かしく感じるその声の方を見ると、スーツ姿のママがいた。
 いつもピシッと着こなしているのに、なぜかスーツはくたびれていた。
 その違和感の正体はすぐにわかった。だから、朱里の胸は熱くなっていく。

「ママ」

 思わず出た言葉。そして、涙も一筋、二筋、頬を伝って床を濡らした。

「ママ!」
「朱里!」

 二人は互いを抱きしめた。朱里の耳に「良かった」と安堵の声を漏らす母の声が確かに聞こえた。

 戻ってきたのだ。本の世界に吸い込まれたのに、戻って来れた。

 良かった。良かった。

 塾や習い事が辛かった。
 だからほんの少し違う世界に行きたいと思った。けれど、今いるこの世界を手放して物語の主人公になりたい、とは思っていない。

 王子と結婚して豪華なお城で暮らすより、今いる朱里の世界の友達、家族、学校。それらの方がよっぽど価値があるし、それらを手放して得られる幸せは、幸せなんかじゃない。

 朱里はママから離れると、にこりと笑って、ランドセルを背負う。
 背中にずっしりくる重量感。
 うん、しっくりくる。

 良かった。

 何がなんだかわからなかったけれど、どうしてこんなことになったのだろう。
 今置かれている現状に不満を抱いたから、こんなことになったの?
 寄り道をして気にはなっていま古書店に入ることがこんなことになるの?
 あの双子の女の子は本の中に吸い込まれる事を知っていたの?

 色々な疑問が湧いてきて、あの二人に問いただしたい。
 朱里はテーブルの上にある本をチラリと見た後、再び触れたら、また本の世界に入り込むような気がして、本をしまうことはせず、母に「帰ろう」と言って、古書店の奥の部屋を後にした。

 なぜか、触れてはいけない。そんな気がする。

 朱里が部屋から出ると、あの双子の女の子はいなくなっていた。

 なんで? 文句を言いたい。そう思っていたのに。
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