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ダルマータ国

6. 接触

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 エドワードがパルクルトの街に着くと、驚くほど発展していて度肝を抜かれた。

 整備された石畳、煉瓦造りの建物、下水道まであった。

 建物は空高く聳え立ち、街の入り口には門番もいた。

「これは驚いた」
「首都と見まごうぐらいに整備されているわね」

 リルルの言葉にエドワードは無言で頷く。

 トランクを左手で持ち、右手で帽子を押さえながら、宿屋に入り、台帳に偽名を記入した後、部屋に案内されると、エドワードはふう、と息を吐く。

「この髪のせいで、帽子を被ることになったが、海風が強くて、あまり活発に動けないな」

 エドワードは自分の髪をぴょんぴょんと触りながら、切ってしまおうかとしたのだろう。それを見かねたリルルが「少しだけなら、対処できる」と言って、エドワードの髪に触れた。

 するとリルルが触れた先から、エドワードの髪は黒色へと変化をしていく。

 丁度真っ黒になったところで、部屋の扉をガチャと開いて、エドワードとリルルはピクリと体を震わせた。

「あ、すみません……。夕食をいつお持ちすればよいかと……」

 エドワードは眼光鋭く睨みつける。
「だからと言って、部屋を勝手に開けるな」

「は、申し訳ございません」
 宿屋の主人は頭を下げるが、リルルの姿を探している。

(なるほど、そういうことか)

「夕飯は不要だ。食べて来る」
 エドワードはそう言って、扉を閉めると、主人は「あ」と息をもらし、閉まった扉を見つめ、トボトボ去っていった。

 リルルは目を丸くして、唇を噛み、急いで洗面台へ駆け込む。
「うぇ」

(エドワードと恋人だと思われた。絶対。そして、そういう目で見られた)

 そう思ったら、吐き気をもよおしていた。

「おい」
 エドワードは心配する、というよりもやや複雑な面持ちでリルルを見る。

「俺だって同じ気持ちだ。精霊を妻と勘違いされているのだからな」

 そう。リルルは男の精霊なのだ。そして、このダルマータ国では精霊を性的な目で見ることは禁じられており、精霊も色恋の目で見られることを激しく嫌うのだ。

 それがましてや同性からの恋慕は嫌悪感しか抱かない。

 だが、リルルはあまりにも美しい顔立ちかつ、身長もあまり高くなく、また、名前も女っぽいので、リルルは女の格好をしている。

 少なくともそうすることで、半分は憧れの対象から減るからである。
 男性の格好などしたら、女からも男からも追い回される。それなら絶世の美女としていれば、少なくとも女からの眼差しは回避できるからだ。

「とにかく、吐くな」

 エドワードは街に溶け込みやすいよう、いつもより身なりを落として、リルルの回復を待つ。

「いくよ」

 リルルはパチンと音を鳴らし、自分の服もエドワードにあわせた街娘風を装う。

「もう少し、こうするか」
 リルルの顔がいささか美しすぎるので、エドワードはわざと、目の周りに大きなシミを造った。

「余計なものをこさせるな」

 階段を降りると、宿屋の主人が飛んできたが、リルルの顔のシミを見た途端、落胆したように、目を伏せ、「いってらっしゃいませ」と、小声で挨拶をした。

(ふむ、効果的だな)

 エドワードはまず、ダルマータ創世記に出てくるパルクルトの港に足を運ぶことにした。
 この海岸でサファイア家の宝玉が海底から見つかった、とされている。
 元来、このパルクルトはサファイア領なので、そこから見つかっても不思議ではない。

 だが、天帝が宝玉を取り上げた、としておいて、なぜ、サファイア家の宝玉だけがみつかるのか、まして、鉱山から発掘されるサファイアが海底から見つかったのだ。

 そもそも天帝だっているかどうか怪しいが、山から取れる鉱石がなぜ海底から見つかった、として受け入れられたのだろうか。
 二百年前と今とでは文明の発展の違いはあれど、人間の本質はさほど変わらないはず。
 それがなぜ、受け入れられたのだろうか。

 パルクルトの港は魚介類の水揚げもある。だが、一番は他国からの貿易の入り口としての機能が高い。

 港には沢山の大型船が停泊しており、人々は荷を下ろしている。

「夜にならないと、動けないよ?」
「わかっている」

 エドワードが港へ足を運んだのは、エメラルド家で見た地図が原因である。

 エメラルド家の地下の部屋に光を灯すと、その壁面に埋め込んであるエメラルドが光を反射し、小さな点が出没していた。

 その点と点を線で結んでもなにも起きないが、紙を折っていくと、地図が浮き上がった。

 この港から、2キロほど言ったところに海底火山があり、エメラルド家のダルマータ創世記に映し出された地図ではその火山を指していた。

 港をぐるりと下見した後、街の中を散歩していると、あまりの人混みで圧倒された。
「わあ、すごいや」
「食事するにも、こう人が多いと、店を探すだけで一苦労だな」

 エドワードがふう、と息を吐くと、リルルの肩に誰かがぶつかった。

 赤髪の男性で、身長は180センチくらいだろうか。
 男は、振り返り「申し訳ない、お嬢さん」と言って謝った後、足早に立ち去る。

 その瞳は翠色をしており、エドワードは見覚えがあった。

(まさか!)

 エドワードはリルルに手を差し伸べることなく、男を追った。

 エドワードは男を追う。角を三つ曲がった人混みの少ない路地に入り込んだところで、エドワードは赤髪の男にたどり着き、男の肩を叩いた。
「待ってくれ」

 振り返った男の瞳はやはり翠色をしていた。

(わかっている。背丈も違う。別の者だ)

「先程のお嬢さんのお連れの方ですか?
すみませんでした。急いでおりましたので」

 赤髪の男は目をぱちくりさせ、エドワードの手をそっと肩から離す。

「いや、それは構わないのだが……。その、知り合いに似ていたもので、すまない」

 エドワードはスルスルと肩から手を離すと、なんとなく、興味で聞いてしまった。

「その瞳は? エメラルド家の瞳とそっくりで、その……差し支えなければ、教えてくださらないか?」

 赤髪の男は「ああ、エメラルド家。詳しいのですね。たしかに私はエメラルド家に縁があります」とニコリと笑った。

「私はクリスタ。エメラルド家当主に仕える者です。エドワード様」

 エドワードは反射的にクリスタと距離を保とうと、背後に飛び跳ね、目の端で捉えた自身の髪の毛の色を確認する。

 髪はまだ黒かった。

「写真を見たことがあるのですよ。マルゲリータ様から」

 エドワードの首筋に冷や汗が流れた。

「それは……」
 エドワードは生唾を飲み込む。

「場所を移しましょう。ここに来たということは、エメラルドの地下室を訪れた、ということでしょう」

 わざとリルルにぶつかり、わざと私にその姿を視認させ、わざと私をおびきよせ、路地裏に来た。

 肩で息をしながら、やっとリルルが追いついた。
「待ってよ、探したよ………って、雰囲気、何?」

 この一触即発の雰囲気にリルルも充てられたが、なぜかリルルだけが右往左往しており、当事者は落ち着いていた。
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