【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

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ダルマータ国

11. 朝の出来事

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 エドワード達が屋敷に戻ったのは、真夜中で、夜1時を過ぎた頃だった。

 青ざめた顔でこれから話し合いをしようとするクリスタに対し「明日にしよう」とエドワードは言った。

 この青年の緑色の瞳がマルゲリータと同じだからなのかもしれない。
 夜更けに話し合いなど、そんな提案をするな、と思うのに、強く出れないのはそのせいだ。

 今日会った人との距離としては濃密すぎた。流石のエドワードも疲労が否めない。

 それにエドワードの精霊も疲れ切った顔をしている。
 クリスタは、状況をよんで、すぐに提案を取り下げた。
「お心遣い、痛み入ります」
 礼だけつげ、従者を連れてクリスタの屋敷をあとにする。

 エドワードが帽子を目深に被り、宿屋に戻ると、宿屋の亭主はすっかり寝ていた。
 面倒者を起こすまいとエドワードとリルルはゆっくり階段を登る。
 リルルに抱かれたニーブはエドワードの身体に戻ることすらできず、申し訳なさそうにうずくまっている。

 部屋に入り、扉を閉める前にエドワードは何を思ったのか、テーブルの上にあった小さな紙をちぎっていた。

「エドワード?」
「気にするな」

 リルルの問いにエドワードはそっけなく答えた。

 エドワードは扉の前で、もそもそ作業していたのだが、しばらくして扉を閉める。

 エドワードは風呂を浴び、ベッドに横たわると思わず「疲れた」と呟く。

 長い一日だった。
 まだ荷解きもしていない荷物を横目で捉えた後、そういえば、このトランクの中はごちゃごちゃに荷物が入れられていたな、とおもったが、重たくなった瞼が開こうとしない。
 睡魔に負けたエドワードは、明日、リルルにやらせよう、そんなことを思って、眠りにつく。


 その日の夢は、なんとも懐かしい夢だった。
 まだエドワードもマルゲリータも幼い頃のことで、二人は河原で遊んでいた。

 河原には草木があり、魚も泳いでいた。

「ここの川には魚がいるんだ。虹色の魚を食べたらマルゲリータのお母さんも元気になるよ」
「エド……」

 マルゲリータは頬を赤く染め、目からこぼれ落ちそうな涙を拭う。

「そうだよね。元気になるよね」

 日も暮れかけた頃、魚は見つからず、空のバケツを持って帰路についていた。
 パール家の馬車で、マルゲリータをエメラルド家まで送り届ける馬車の中では二人とも無言で、ただ重苦しい気まずい雰囲気が流れていた。

「ありがとう」
 馬車から降りたマルゲリータが、元気のない声色でそう言った。
「また、見つけ」

「お嬢様」
 エドワードの言葉を遮り、エメラルド家の侍女が馬車の前に立つマルゲリータに向けて放ったその言葉は、緊迫感があった。

「どこに行っていたのですか? 奥様が」
 侍女は言葉より早く、マルゲリータを抱きしめた。

 マルゲリータの足元には先程まで使用していたバケツが彼女の手から離れ、甲高い音を、鳴り響かせて地面に弧を描くように転がる。

 マルゲリータは走って、屋敷に向かって走っていき、侍女がそれを追いかける。

 とんでもないことをしてしまった。

 そんな罪悪感がエドワードの心に芽生えたが、どうすることも出来ず、風に煽られて、転がるバケツを見ているうちに、エドワードの乗っている馬車は動き出した。


 
 翌朝、パール邸が騒がしく、エドワードは母に尋ねると、マルゲリータの母が亡くなった、と知らされた。

「僕のせいだ」
 エドワードは聞こえるか聞こえないか、くらいの小さな声で思わずつぶやいた。

 その途端、母の眼光は鋭く光り、エドワードは母から平手打ちを食らっていた。
 
 母は何にも言わず、頬を押さえるエドワードを卑下するかのように侮蔑の視線を送った。
 そして、そのまま、エドワードの側を離れた。

(ああ。僕がマルゲリータとお母さまの最期のお別れの時間を奪ってしまった)

 虹色の魚を取りに行こうと言わなければ、マルゲリータはお別れできたのに。

「ごめんなさい」

 エドワードは、赤く腫れ上がった頬を抑えて、マルゲリータに謝った。



 宿屋のベッドの上で寝返りを打つと、そのベッドの軋む音と、頬を掠める涼やかな風に、エドワードは思わず目を覚ました。

 外は腫れ上がり、青空が広がっていた。ほんの少しだけ、窓が開いていた。

 昨夜は窓を閉め忘れたのだろうか、疲れていたからな、と思って、エドワードは窓を閉める。

 辺りを見渡すと、ニーブの姿が見当たらなかったが、リルルはまだ寝ていた。

「なるほど」

 エドワードは納得したように、呟くと、顔を洗うため、洗面台へ向かう。
 リルルの呑気な寝顔に少しだけ苛立ったが、リルルも功労者の一人だから、ここは恩をきせておこう。


 顔を洗った後、服を着替えようとしたのだが、昨日の服は潮風に濡れている上に、泥まみれだ。
 仕方なく、トランクを開けると、服がぐわっと溢れ出てきて、部屋の中には服で溢れかえった。
(どうやったら、こんな収納になるんだ)

 イラッとしながらも、エドワードは洗面台から水差しに水を汲み、テーブルの上にある空のグラスに水を注ぐ。

 グラスに注いだ水を一気に飲み干すと、テーブルの上に戻す。

 それにしても、このプライバシーもない宿屋に何度も泊まるわけにもいかない。

 昨日は勝手に部屋を開けられた。
 リルルの顔に化粧をしたことで、亭主の興味が削がれたのか、昨夜は来た形跡はないが……。

 昨夜、部屋に戻ると、小さな紙を挟んで扉を閉めた。扉を開ければ紙が地面に落ちる仕組みになっている。
 朝起きても、エドワードが仕掛けた位置に紙はある。

 エドワードは紙切れをとると、ゴミ箱に捨て、ベッドにどさっと腰掛ける。

 とはいえ、高級宿なんかに泊まると、身バレしてしまうだろう。
 かと言って、クリスタの家には泊まりたくない。あの屋敷は使い勝手はいいが、寝所の世話になるほど気を許していない。

 いや、誰であろうと、それは変わらないかもしれないが。


「うーん」
 艶かしい声が聞こえ、エドワードは声の主の顔を見る。
 顔にはよだれのあとがついている。

 うん、絶対、荷物の整理をさせよう。

「リルル、起きろ」

 主人の声に、リルルは寝ぼけているのか「うーん、まだ食べれない」と応える。

 コレが、新婚夫婦ならばかわいらしいのだろうが、生憎、エドワードはリルルの主人である。
 それも男の精霊の。

「安心しろ、仕事が終わるまで、お前に食わせる飯はない」
「へ!」

 リルルは目を開け、ぱちくりさせる。
「エドワード、起きてたの?」

 リルルの目の前には、洋服を着た主人が立っていた。その視線を徐々に下げていくと、足元は洋服が散乱しており「おお」と声を漏らす。

「これか」

 リルルは寝巻き姿のまま起き上がると、無造作に服を取ると、トランクの中に詰めこんでいく。
 そんなリルルの手を掴み「たたみなさい」と言ったエドワードの諦めにも似た心情を押し図るのは容易いだろう。

 リルルは苦笑いをしながら、服をたたみはじめる。どうやら観念したらしい。

「あれ? ニーブは?」
 エドワードは窓を開ける。
「帰ってきたところらしい」

 エドワードが窓を開けると、ニーブが部屋の中に入り、エドワードの体の中に収まった。

 ニーブの朝は誰よりも早かった。陽がさすと、ニーブは部屋を出て、昨夜の海底火山の場所まで飛んで行っていた。

「変わりはないですね」
「そうか」

 地震が起きた、それくらいの心境なのだろう。周囲が騒いでいないのは良いことだ。
 エドワードはニーブを自身の体に戻すと、リルルに話を振る。

「ニーブは仕事をしたぞ。リルル、きちんと働けよ」

 エドワードは、そういうと、部屋から出て、伸びをする。
 
 昨日はいろいろなことがあった。だが、今日はそれを引きずるわけにはいかない。
 とりあえず、朝飯を買って、新しい宿屋を探さないと。
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