【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

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ダルマータ国

30. ハヤブサの意味 4

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 カトリーヌは壁に手を触れ「きれいね」と言った。
 意識していたわけではないが、なんとなく、口にしていた。

「親父がここまで望んでいたのかはわからない。だが、きっとキミになら……」

 ヨシュアは彩りどの光の球を見せて、そこに浮かんでくる都市名をカトリーヌへ見せた。

「子供の頃、ここを見つけた。親父が死ぬまで、家督を継ぐまでの期間で調べてこい、と。たった一つは行けなかった」

 ヨシュアはそう言うと、白い壁をトントンと叩いた。
「ジョルジュの森。サファイア家の者を連れていないと、森へ入ることが認められていなかった」

「そうなの?」

 ヨシュアは光を一つ一つ丁寧に消していく。魔力を持たぬカトリーヌにとって、それは手品のように不思議な行為だ。
「神聖な森だからだそうだよ。キミのような青い瞳を持たないと入れないと」

 すると、ヨシュアの周りに光が集まり出した。彼の体へと集まっていくように見える。

「儀式は終わったのか……」

 カトリーヌにはヨシュアの言っていることがわからなかった。儀式とはなんのことだろう、と。

「精霊は仕えるにたる者だけに仕える。そして、その者が死んだらその能力の一部を貰い受ける。そうやって能力も輪廻転生するらしい」

「らしいって。どうやって? 死体を食べるの?」

 カトリーヌの発想が思いの外、ダークなイメージだったので、ヨシュアは思わず笑ってしまった。

「精霊は、崇高な生き物だから、そんな恐ろしいことはしないさ。能力を口移しでもらうだけだよ」

 カトリーヌの髪をくしゃくしゃとヨシュアの手が撫でる。
「柔らか」
 
 カトリーヌは髪の毛を慌てて戻し、ヨシュアはそれを見ながら、ぽつりと呟いた。
「だが、父の力は弱いから、パール家に仕えるニーブははずれくじを引いたな。家に仕える精霊は自由になれないから、可哀想なことをしているよ」

 ヨシュアは白色の壁に右掌をおくと、そこから真っ白な光を放った。目も眩むほどの光線が地下を埋め尽くした。
 光が弱まっていくのをつむった瞼の向こうから感じ、カトリーヌはゆっくりと目を開けた。

「僕は父が意図したことはわかったつもりだし、これは僕の代で終わらせるべきことだ」
 
 ヨシュアはニコリと笑っていた。
 右手からは血が滲んでいたが、光が暗くなってしまって、カトリーヌには見えなかったのだ。
 だから、地上に出た時にヨシュアの手が血だらけでカトリーヌは驚いて悲鳴をあげた。

 急いで、包帯を持ってきてヨシュアの手に巻きつけると、ヨシュアはニコリと笑って言ったのだ。

「いつか、必ず迎えにくるから」


 それから間も無く、サファイア家から使いのものがカトリーヌを迎えにきた。10歳の半年をここで暮らしていたのに、もう誰もサファイアのものは来ないと思っていたのに、現れた。

「パール家との婚約が決まりました」

 使者はそのようなことを言っていた。そして、サファイア家に戻されてからも、父と母と会うことはなく、王妃教育を受けていた頃よりは幾分か緩やかな生活となったが、大差ないものだった。

 五年後、パール家との顔合わせで夫となる者の姿を見た時、カトリーヌは息を飲んだ。
 ヨシュアだったからだ。

 あの銀髪も瞳も、忘れることなどできない。
 もう亡くなってしまったけれど、義理の両親が牧師夫妻だなんて、うれしくてたまらない。


「それからヨシュアと文通を何度かしたわ。そうね、きっと初めて彼に会った時から、私はヨシュアに惹かれていたのね。けれど、互いに大人になって、むかしのようには行かなくなってしまったのよ」

 カトリーヌは懐かしそうに目を細めて、紅茶を啜る。

 ヨシュアとなら、誰よりも幸せになれると思っていたのに、どこでぼたんを掛け違えたのか、今では想像もできないわ。

「ああ、そうそう。教会のあの壁の暗号は貴方のおじいさまが残したものよ。もっともヨシュアがジョルジュの森については工作したけれど。私のサファイア家で使っていた印はハヤブサだったわ。けれど、壁とは無関係よ」

「そうですか。母上が話してくださったので、整理できました。ありがとうございます」

 礼を言って顔を上げたエドワードの表情が、若かりし頃のヨシュアとそっくりで、カトリーヌは思わず視線を逸らす。

 エドワード……、ヨシュアおっとによく似た顔でこちらを見るのはやめて。
 私がうまくできなくて、家庭を壊したと、責められているようなそんな気分になるから。


「ジョルジュの森はサファイアの血がなければ入れないのよ。貴方行くことはできないわ。だから、どうすることもできないのよ」

 カトリーヌは紅茶をソーサーに戻した。

「話たわよ。私の条件を飲んでちょうだい」
「なんですか?」

「貴方のお婆さまの目は美しい翠の持ち主だった。私の意図することが何かわかるわよね? だから、マルゲリータ嬢への恋慕は断ち切りなさい」

 エドワードはカトリーヌの結い上げられた髪と青い瞳をじっと見つめる。

 昔から疑問だった。なぜマルゲリータとエドワードが接点を持ち、話すことを嫌がっていたのか。
 家の格などではない。この人自身がそれを最も嫌っているのだ。

「近親婚の可能性を言っていますか?」
「ええ」
「合法の範囲だとしても?」

 マルゲリータとエドワードが仮に婚姻したとして、マルゲリータの年齢を考慮するとせいぜい近いと言っても従兄弟あたりだろう。
 合法の範囲だ。

「その合法を繰り返した一族は子を成しにくい身体となったわよ」

 サファイア家は300年前から近親婚を繰り返してきた。カトリーヌもその運命となると思っていたが、近親婚を恐れた現王が同族のカトリーヌではなく、シトリン家の娘を王妃に据えた。

 金と土地を失いたくなかった故の同族間での結婚だが、そのせいで、子を成せなくなっては、元も子もない。
 得た土地、金、権力がゼロになるくらいならば外から血を入れることの方が良いと考えたのだ。

 マルゲリータはおそらく、現王が蟄居しない限りは、皇子の婚約者の身分は次期に剥奪される。

 エメラルド家はマルゲリータの手によって公爵の爵位を放棄し、平民となったのだ。いくら外の血を入れるにしても、話の土俵にすら上がらない。
 必ず婚約破棄となる。その時、エドワードが、マルゲリータを選んでもらっては困るのだ。

 けれど、エドワードがマルゲリータ嬢への恋慕を捨てることなどできないだろう。

「母上は、エメラルド家を憎んでいるのですか?」

 エドワードの言葉にカトリーヌは眩暈がした。

「何と馬鹿なことを」

 エメラルド家を憎んでなどいない。あの優しい牧師だった義父が、自分自身やヨシュアにまで、派生して調べていた暗い大事な家門に、サファイアの重婚の遺伝子をいれたくない。

 大切な人が守っているものを台無しにしたくない。例え私が嫌われようとも、それで守れるならば、恨まれても憎まれても、蔑まされても構わない。

 平民が崇め奉る神聖な血は、権力と欲にまみれた一族で、だからこそ、ヨシュアですら、長男の目が私の青を引き継いだことを知った時、落胆の顔を見せた。

 サファイア家ですらいらぬとなったこの血は、どこのか家門においても不要な産物だ。

 それをシトリン家は引き取ってくれるといった。それを拒絶するなど、カトリーヌには選択肢として浮かばない。

「貴方の言うように、そんな単純な憎悪であれば良かったのかもしれないわね」

 私がどんなに望んでも、私の先祖が行ってきた所業は消えない。
 だから、私の血が薄くなるその時まで、どうか。

 エドワードは手紙をカトリーヌへ手渡すと、そそくさと席を立った。
「私がマルゲリータに惹かれた理由の一つに牡蠣のシチューを作ってくれたからです。覚えていますか? 私が風邪で熱を出した時、母上は牡蠣のシチューを作ってくれました。私はそれが忘れられなくて、マルゲリータに話したことがありました。彼女はそれを覚えていて、私が落ち込んだ時、彼女が作ってくれた」

 カトリーヌの手紙を持つ手が、カタカタと震えた。

 覚えている。パルクルトの街で、あの教会で初めて教えてもらった料理が牡蠣のシチューだった。
 だから、まだ、エドワードが小さい頃に作ったことがある。
 公爵家の女主人が、厨房に立つなんて、と使用人長に怒られ、それ以来つくっていないが、覚えている。

「味は母上が作るものと似ていたのです。あれは、エメラルド家の味だったのですね」

 閉まった扉からはバタンと音がして、静まり返った部屋に響いた。
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