【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

文字の大きさ
33 / 63
ダルマータ国

32. シトリン家の娘

しおりを挟む
 汽車から飛び降りた娘はヴィヴィアン=フォン=シトリンと言って、シトリン家の娘で、現王妃の歳の離れた妹だった。

 ヴィヴィアンは姉のとは異なり、お転婆娘で、両親の悩みの種でもあった。

 美しい金色の瞳を持ち、豊かな黄色の髪を持つその少女はパルクルトから王都に戻ると、両親が真っ青な顔で近寄ってきた。

「ヴィヴィアン、突然屋敷を抜け出して、あなたは、どこへ行っていたの。今日は宝石商の方が来るって言ってたわよね」
「東の港町よ」
「え?」
 歩きながら、ヴィヴィアンがこともなげに応えた。母はあっけらかんと言って退ける娘の態度と、まさか汽車に乗っていたとは思わなかったからか、鳩が豆鉄砲を喰らったように拍子抜けした。

「それより、私、エドワード様のこと気にいっちゃった。とても美丈夫だったし、頭の回転も早そうだったわ」
「どういうこと? ヴィヴィ、まだ正式には決まってないのよ」
「あら、代わりの候補なんていたのかしら? それにお顔は大事よ。子ができた時、見た目が良いに越したことはないでしょう?」

 ドレスの埃をはたきながら、母の話に耳を傾ける。
 ヴィヴィアンの母は顔を赤くして、目も合わせない娘に語りかけるが、当の本人はお構いなしだ。

「ヴィヴィ、貴方、この縁談を嫌がっていたじゃない。どうして急に……」

 ヴィヴィアンはほんの少しの間、沈黙した。何かを吹っ切るように笑った。
「気持ちの変化よ。前向きになることは悪いことかしら? 私の髪には真珠の白の髪飾りをつけたら、とても映えると思うし、今は乗り気よ」
「ヴィヴィ」

 母の取り乱したような声が聞こえたが、ヴィヴィアンは気にもせず、足早に屋敷に入ると、自分の部屋に入り、ベッドに横たわった。

「だって、どうにもならないじゃない」

 ヴィヴィアンは枕に声を押しあてて、鳴き声がバレないように小さく啜り泣いた。

 扉の向こう側で母が出てきなさいと叫んでいる声が聞こえたが、ヴィヴィアンは聞こえないふりをした。

◆◆◆

 ヴィヴィアンの母は宝石商に娘の首飾りを作らせようと、屋敷に呼んでいたが、当の本人が、部屋から出てこないので、代わりに自分の耳飾りでも作ってもらうことにした。

「ごめんなさいね。頑固な娘で」

 宝石商は首を横に振り「かまいません。耳飾りも買っていただけたので、こちらとしては得しました」と言った。

 ヴィヴィアンは扉に耳を立て、宝石商が買える雰囲気が出たので、そっと部屋から出て、キッチンへ向かう。
 物音を立てると母に見つかり、豪華な首飾りを作らされるから、母にバレないように忍び足で向かう。

 キッチンで、料理人からりんごを受け取り、かじりながら、母と宝石商の話を聴き耳を立てる。

「随分と呼び止めてごめんなさいね。全く、あの子は」
「いえ。夕方に用事がなければ、もう少しお待ちしたかったのですが、申し訳ございません」
「いえ、こちらが行けないのよ。貴方も忙しいのね。次はどこのお屋敷かしら?」

 宝石商を呼ぶのは、婚礼や社交界デビュー準備の場合が多い。そう言う祝い事をキャッチしておくことは、政治的に大切だ。

「パール家ですよ」

 ヴィヴィアンは、りんごをキッチンのテーブルに置くと、勢いよく、母と宝石商の前に現れた。

「私も連れていってくださる?」

 宝石商はビクリと体を震わせ、少し驚いたようだが、すぐにクスリと笑った。
「かまいませんが、首飾りは……」
「そんなものかまいません」
「ヴィヴィ!」

 ヴィヴィアンは宝石商の手を掴んで、屋敷を飛びだした。

「お嬢様」

 ヴィヴィアンは屋敷が見えなくなるのを確認すると、宝石商の男を抱きしめた。

「いけません」

 男はヴィヴィアンを引き離そうとするが、ヴィヴィアンは首を振るだけで離れない。

「少しの間だけ、だから」

 宝石商の男とシトリン家の娘ヴィヴィアンは恋仲だった。平民と貴族の報われない恋だ。
 立場が逆であればまだ結婚できたかもしれない。だが、男は平民で、女はこの国の第三位の貴族だった。

 それは二人が結ばれる可能性がないことを意味していたのだ。

「貴方に、私の結婚の首飾りを作って欲しくない。パール家から送られる指輪も貴方が作るなんて、それを毎日見て、暮らせと言うの? 耐えられないわ」

 男は「わかった」と返答し、娘の額に口づけをする。
そして「パール家は指輪を頼まれていないよ」と付け加え、ヴィヴィアンを抱きしめた。

ヴィヴィアンは男の腕から顔を上げると「え? どういうこと?」と首を傾げる。

◆◆◆

 宝石商のルーイの話ではこうだ。

 パール家には腕時計を作ってほしいと依頼があった。ただ、その腕時計の背面にとある宝石を組み込んでほしいと時計屋から依頼があった。

 だが、時計屋は宝石のことにはとんとわからない。そこで宝石の特性や加工についてルーイに白羽の矢が立った、と言うことらしい。

「私のためではないと言うことは安心したけれど、腕時計は殿方へ贈るものよね」

 街で馬車を見つけて、ルーイと乗りながら、ヴィヴィアンはルーイに問う。
「そうだね。なんでも、とても大切な客人への贈り物らしいよ。まあ、だから引き受けたのだけれど」
「ルーイ!」

 ヴィヴィアンは目をハート型にして喜び、ルーイの言葉に満足そうだ。
「あの男、髪色を変えていたけれど、パルクルトの街では女性と汽車に乗っていたのよ。髪の色さえ変えればバレないと思ったのかしら。それなのに、王都についてそうそう、私のご機嫌とりをするなんて、不誠実だわ! 許せないじゃない」
「それでついてきたのかい?」
「そうよ! 幸い、向こうは私のことなど知らないから、バラしてやろうと思ったの! 私が気に入って進めたのに、恋仲の人と旅行するなど、あってはならないことだわ。お母様もお父様も傷心の私の言うことを聞いてくれると思うし、そしたら、私たちの結婚もうまくいくわ! と思っていたのだけれど、プレゼントは殿方なのね」

 ヴィヴィアンは熱量たっぷりにルーイへ不満をぶつけたのだが、ルーイは「エドワードさまの従者にとびきりの美女がいるけれど、その方ではないのかい?」とこれから会う顧客の悪口を控える。

「え? なんで殿方が女性に護ってもらうのよ? 普通は逆じゃなくて?」

 ヴィヴィアンは理解ができない、という表情を浮かべる。
「中には(きみのように)武術が得意な女性もいるし、ゴツい男性を連れ歩くより、夫婦や恋人を装えて自然と紛れ込むこともできるから、使い勝手はいいようだよ」

 実際、ジェット家の護衛は女性が担っている。ヴィヴィアンは貴族社会に疎い。それは彼女の歳の離れた姉が王妃であり、ヴィヴィアンが姉より有力者と結婚する可能性がないからか、ヴィヴィアンの両親はヴィヴィアンにそこまでの教育をさせなかったからだろう。
 いや、正確には諦めたのだろう。
 この我の強い姫を姉姫のように育て上げることは、年齢を言ってからの子育てとしては酷だからだ。

 だが、平民にくれてやるほど寛大な心持ちではないらしい。

「ルーイ、私、なんとしてもこの婚約は破棄してみせるからね」

 ルーイは苦笑いをしてヴィヴィアンを見つめた。そんなことをできる立場でないことをルーイは知っているからだ。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...