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ダルマータ国
40.顔合わせ
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秋の青空が心地よいある日の午前、パール家の本邸にはエドワードとその友人が集まっていた。
母の自慢の庭園内に置かれたテーブルと椅子はいつでも休憩できるように使用人たちが清掃してくれているので、埃ひとつない。
エドワードはリルルとクリスタへ父ヨシュアと母カトリーヌが協力してくれる旨を夕食時に話した。
近々、顔合わせと作戦会議のため、本宅を訪れてほしいことも伝え、二人は了承したが、リルルは複雑そうな顔を浮かべた。
(確執がとれたわけではないのだろう、と言いたげだな)
エドワードはリルルの言いたいことがわかったが、敢えて口にしなかった。
そんなことは、エドワード自身がよくわかっている。
バラバラになったピースが元通りになるわけではない。長い年月によって、紛失したピースもある。
(それは、お前も同じだろう)
気が緩んだら、そんな言葉が口から溢れ出てしまう。だから、エドワードはあえてそれ以上、口にしないのだ。
感情に任せて口にすると、配慮を欠いて互いを罵り合って、後悔しかない気がする。そんな後悔はしない方が好ましい。
顔合わせの時には、頼んでいた腕時計が届いていたので、クリスタの腕に納まっていた。
まだ、傷すらないその時計を新調に扱うクリスタを見て、エドワードは存外に嬉しさが込み上げた。
「時計は時間を確認するものだ。壊れなければ、そんなにおずおずと扱う必要はない」
「盤面の裏にはとてつもない宝石が埋め込まれているんですよ。怖々なりますよ」
アレキサンドライトを盤上に載せなかったのは盗難防止以外に理由はない。
だが、盤面裏に宝石をつけたせいで、クリスタの腕時計は分厚くなり、使い勝手は格段に落ちている。
だから、多少ぎこちない使用感だったとしても、不恰好な時計のせいだと皆、納得するだろう。
贈り物をして、大切に使われている姿を見るのは存外に気分が良いものだ。
だからだろう。エドワードは少し浮かれていた。それ故に、母カトリーヌが自身の眼前に腰掛けていることすら気が付かなかった。
「随分とご機嫌のようですね」
少し低めの声が耳に入り、エドワードは恐る恐る視線を動かすと、茶色の髪を結い上げたあの特有の青い瞳が見えた。
「母上」
「怯えずとも私はあなたへ何にもしませんよ。それに、お父様から話があります。とは言っても、あなたの気持ちを汲めぬような母ではありません」
本当にそうなのだろう。息子の気持ちが汲めぬような女ではない。
それならば、なぜ、パール家はこれほどまで、バラバラになったと言うのだ。
「えーと、話していいかい?」
父ヨシュアが苦笑いをして、エドワードとカトリーヌを見やる。
どうにも、この親子は我の張り合いばかりをしている。そのせいで好転などしてこなかったというのに、未だに二人とも直そうとしない。
腹の中に言葉を飲み込み、にこりと笑って、ヨシュアは場を仕切る。こういう場の主導権を握るのは得意だ。
ヨシュアはパルクルトの教会の地下聖堂の壁画について説明をした。
あの壁画自体はヨシュアの父である前パール公が妻の実家のために作ったらしい。
エメラルド家の秘密を知ったからだそうだ。エメラルド家に使えるリュカスのこと、精霊国のこと、それらを婚約した日に妻から報告を受けた。
婚約を破棄するならば、今のうちですよ、と母が言ったそうだ。
ヨシュアはかつて父から言われた言葉を思い出しながら、伝えた。もう30年も前の出来事だというのに、今でも覚えていた。
「ダルマータ国が傾きかけていたのは、各公爵どころか国民が知っていることだから、エメラルド家の性格から言って、なんとかしたかったんだろう」
自分達の私財を投げ打ってでも、なんとかしたい、というのはいかにも、博愛主義のエメラルド家らしい考えだ。
「精霊国の主人を国へ返さなければ、と思ったんだろうね」
「国へ帰る方法がなかったのですか?」
「なかった。いや、あったのだが、今まではなかった」
なんとも言えない緊張感が漂った。この緊張感をカトリーヌが打破した。
「王冠に施されている宝玉の中にリュカスの娘が
なるほど。母の言葉にエドワードは妙に納得した。そして、やっとマルゲリータが生まれ、ダルマータ国の王妃となれば、精霊国の王の末裔がダルマータ国の玉座に座る。
そしてエメラルド家を解体すれば、精霊王リュカスが精霊国に帰れる、と考えたのだろう。
「現状を整理するとリュカスはマルゲリータ嬢と精霊国に戻った。それは確かなんだね?」
「はい。ニーブが見ております」
「なるほど……。では、アビー王女はおそらく……」
エドワードはヨシュアの声にリルルが眉を動かしたような気がした。
「もしくは、皇太子との婚約後に私財を処分したからこそ、エメラルド家の末裔はいなくなった、と判断した可能性もあるね」
「そうだと思います。私は300年も生きているので、母が短命とは思えないです」
「そうだね」
クリスタの自信に溢れている言葉にリルルの顔色が良くなった。
「とりあえず、この大人数で動くのもどうかと思うから、チームに分かれて探索をしよう。少なくとも、我々が精霊国へ行く手立ては今のところないのだし、どちらかの国を平定するなら、リュカスに王冠を返す方が楽だろうからね」
「我々がリュカスとコンタクトをとる、ということですか?」
ヨシュアは首を縦に振る。
「場合によっては、君が王冠を掴んでも良いのではないかい? いずれにせよ、打てる手が多いに越したことはないよ」
クリスタはヨシュアに説得され、手首に巻いている腕時計に視線を落とした。
あれは、目立ってしまう。見た目が若い彼がつけているにはあまりにも分不相応の代物だ。
だが、もし、それを相応とする手立てがあるとするならば、それはただ一つ。
ヨシュアはカトリーヌの顔を見た。カトリーヌも同じことを考えているらしい。
「クリスタ、君はカトリーヌと共にジョルジの森へ行ってくれ」
父の提案にエドワードが何か言いたげだったが、ヨシュアは続ける。
「ジョルジの森に入れるのはサファイア家のみ。カトリーヌはサファイア家の血を引く。怪しまれずに入れる上に、最短で精霊国へ行けるだろう。2人とも良いかな?」
「はい」
「ええ」
エドワードが口を挟む前に話がまとまった。だから、エドワードはもやもやした気持ちと一緒に言葉を腹の中へと押しやる。
父、ヨシュアは更に続ける。
「私が、公爵家から離れてウロウロすると目立ってしまう。私は司令塔として、ここにいる。だが、エドワード、リルル、お前たちは引き続き、アルフィアス殿下と接触をし続けてくれ」
ヨシュアは指笛を吹き、窓を開けた。
「ニーブを伝達役として使うから、問題ないだろう」
指笛に反応したのか、一羽のハヤブサが、窓の外から現れ、ヨシュアの肩に止まった。
母の自慢の庭園内に置かれたテーブルと椅子はいつでも休憩できるように使用人たちが清掃してくれているので、埃ひとつない。
エドワードはリルルとクリスタへ父ヨシュアと母カトリーヌが協力してくれる旨を夕食時に話した。
近々、顔合わせと作戦会議のため、本宅を訪れてほしいことも伝え、二人は了承したが、リルルは複雑そうな顔を浮かべた。
(確執がとれたわけではないのだろう、と言いたげだな)
エドワードはリルルの言いたいことがわかったが、敢えて口にしなかった。
そんなことは、エドワード自身がよくわかっている。
バラバラになったピースが元通りになるわけではない。長い年月によって、紛失したピースもある。
(それは、お前も同じだろう)
気が緩んだら、そんな言葉が口から溢れ出てしまう。だから、エドワードはあえてそれ以上、口にしないのだ。
感情に任せて口にすると、配慮を欠いて互いを罵り合って、後悔しかない気がする。そんな後悔はしない方が好ましい。
顔合わせの時には、頼んでいた腕時計が届いていたので、クリスタの腕に納まっていた。
まだ、傷すらないその時計を新調に扱うクリスタを見て、エドワードは存外に嬉しさが込み上げた。
「時計は時間を確認するものだ。壊れなければ、そんなにおずおずと扱う必要はない」
「盤面の裏にはとてつもない宝石が埋め込まれているんですよ。怖々なりますよ」
アレキサンドライトを盤上に載せなかったのは盗難防止以外に理由はない。
だが、盤面裏に宝石をつけたせいで、クリスタの腕時計は分厚くなり、使い勝手は格段に落ちている。
だから、多少ぎこちない使用感だったとしても、不恰好な時計のせいだと皆、納得するだろう。
贈り物をして、大切に使われている姿を見るのは存外に気分が良いものだ。
だからだろう。エドワードは少し浮かれていた。それ故に、母カトリーヌが自身の眼前に腰掛けていることすら気が付かなかった。
「随分とご機嫌のようですね」
少し低めの声が耳に入り、エドワードは恐る恐る視線を動かすと、茶色の髪を結い上げたあの特有の青い瞳が見えた。
「母上」
「怯えずとも私はあなたへ何にもしませんよ。それに、お父様から話があります。とは言っても、あなたの気持ちを汲めぬような母ではありません」
本当にそうなのだろう。息子の気持ちが汲めぬような女ではない。
それならば、なぜ、パール家はこれほどまで、バラバラになったと言うのだ。
「えーと、話していいかい?」
父ヨシュアが苦笑いをして、エドワードとカトリーヌを見やる。
どうにも、この親子は我の張り合いばかりをしている。そのせいで好転などしてこなかったというのに、未だに二人とも直そうとしない。
腹の中に言葉を飲み込み、にこりと笑って、ヨシュアは場を仕切る。こういう場の主導権を握るのは得意だ。
ヨシュアはパルクルトの教会の地下聖堂の壁画について説明をした。
あの壁画自体はヨシュアの父である前パール公が妻の実家のために作ったらしい。
エメラルド家の秘密を知ったからだそうだ。エメラルド家に使えるリュカスのこと、精霊国のこと、それらを婚約した日に妻から報告を受けた。
婚約を破棄するならば、今のうちですよ、と母が言ったそうだ。
ヨシュアはかつて父から言われた言葉を思い出しながら、伝えた。もう30年も前の出来事だというのに、今でも覚えていた。
「ダルマータ国が傾きかけていたのは、各公爵どころか国民が知っていることだから、エメラルド家の性格から言って、なんとかしたかったんだろう」
自分達の私財を投げ打ってでも、なんとかしたい、というのはいかにも、博愛主義のエメラルド家らしい考えだ。
「精霊国の主人を国へ返さなければ、と思ったんだろうね」
「国へ帰る方法がなかったのですか?」
「なかった。いや、あったのだが、今まではなかった」
なんとも言えない緊張感が漂った。この緊張感をカトリーヌが打破した。
「王冠に施されている宝玉の中にリュカスの娘が
なるほど。母の言葉にエドワードは妙に納得した。そして、やっとマルゲリータが生まれ、ダルマータ国の王妃となれば、精霊国の王の末裔がダルマータ国の玉座に座る。
そしてエメラルド家を解体すれば、精霊王リュカスが精霊国に帰れる、と考えたのだろう。
「現状を整理するとリュカスはマルゲリータ嬢と精霊国に戻った。それは確かなんだね?」
「はい。ニーブが見ております」
「なるほど……。では、アビー王女はおそらく……」
エドワードはヨシュアの声にリルルが眉を動かしたような気がした。
「もしくは、皇太子との婚約後に私財を処分したからこそ、エメラルド家の末裔はいなくなった、と判断した可能性もあるね」
「そうだと思います。私は300年も生きているので、母が短命とは思えないです」
「そうだね」
クリスタの自信に溢れている言葉にリルルの顔色が良くなった。
「とりあえず、この大人数で動くのもどうかと思うから、チームに分かれて探索をしよう。少なくとも、我々が精霊国へ行く手立ては今のところないのだし、どちらかの国を平定するなら、リュカスに王冠を返す方が楽だろうからね」
「我々がリュカスとコンタクトをとる、ということですか?」
ヨシュアは首を縦に振る。
「場合によっては、君が王冠を掴んでも良いのではないかい? いずれにせよ、打てる手が多いに越したことはないよ」
クリスタはヨシュアに説得され、手首に巻いている腕時計に視線を落とした。
あれは、目立ってしまう。見た目が若い彼がつけているにはあまりにも分不相応の代物だ。
だが、もし、それを相応とする手立てがあるとするならば、それはただ一つ。
ヨシュアはカトリーヌの顔を見た。カトリーヌも同じことを考えているらしい。
「クリスタ、君はカトリーヌと共にジョルジの森へ行ってくれ」
父の提案にエドワードが何か言いたげだったが、ヨシュアは続ける。
「ジョルジの森に入れるのはサファイア家のみ。カトリーヌはサファイア家の血を引く。怪しまれずに入れる上に、最短で精霊国へ行けるだろう。2人とも良いかな?」
「はい」
「ええ」
エドワードが口を挟む前に話がまとまった。だから、エドワードはもやもやした気持ちと一緒に言葉を腹の中へと押しやる。
父、ヨシュアは更に続ける。
「私が、公爵家から離れてウロウロすると目立ってしまう。私は司令塔として、ここにいる。だが、エドワード、リルル、お前たちは引き続き、アルフィアス殿下と接触をし続けてくれ」
ヨシュアは指笛を吹き、窓を開けた。
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