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ダルマータ国

46. 精霊国にて 6

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 マルゲリータがヨロヨロと地面に手を置いて立ちあがろうとするが、呼吸が少しだけ苦しく感じた。

 わかっている。こうなることは、わかっていたから、それでも、諦めたくない。

 アレキサンドライトのおかげだろう。まだ、大丈夫だ。

 歩いて行く。
 さく、さく、さく、と足跡が荒野の大地に跡を残す度に、そこから、命が芽吹くように、心を込めて魔法を込める。

 大丈夫。草花が咲けば、この世界は好転する。この世界が好転すれば、きっと、ダルマータ国も好転する。

 どれだけ歩いたのかわからない。息もあがる。


 あの銀髪に黒色の瞳は、いつもマルゲリータの側にあった。
 エドはパール家の次男で、自分でも事業を行っている。エドの母はサファイア家から嫁いでいるから、エドワードは由緒正しいお家柄のご子息だ。

 公爵と言っても、末端の公爵に位置しており、爵位も資産的にもエメラルド家はパール家にメリットがない。あのエドの母が、エメラルドの娘など、嫁として扱うわけがないこともマルゲリータは知っている。
 それに、何よりもエドはシトリン家の娘と婚約をしている、ということもマルゲリータは知っている。

 どんなに、エドが、私を思っても、私がどんなにエドを思っても、叶わない。好きな人と結婚するなど、公爵家の者には敵わないことだから。
 それならせめて、エドには幸せになってほしい。

「はあはあ」

 息があがる。マルゲリータは自分が生やした草花の下で、寝転がることにした。額の汗を袖で拭い、大きく息を吐く。

 休憩しないとやってられないわ。
 あら、横になると眠たくなるのね。そっか。ここでは時間の流れがダルマータと違うから、私は一日中走っているようなものなのね。

 瞼が重たくなるのに抗えず、マルゲリータはゆっくりと目を閉じる。

「マリー」
 
 耳の片隅でそんな声がした。
 かつて両親だけがそうやってマルゲリータを呼んでいた。

 ついにお迎えが来たのね。

 ただその声は何故だか、両親の声ではなく、別の者の声だったから、おそらく、幻聴だろう。

 この声の主は、絶対にこのような荒れ果てた精霊国に来るわけはない。
 それに、鉄仮面のように一度もマルゲリータに笑いかけたこともなかった。いつもあの青い瞳が怖くて、マルゲリータもあまり会話をしなかった。
 そんな人物が、間違って精霊国に来てしまったとしても、マルゲリータに愛称呼びをするなどあり得ない。

 どうせ幻聴なら、別の人が良かったな。

 そんなことを思っていた矢先、マルゲリータの意識がぷつりと途絶えた。


◆◆◆

 どれくらい眠っていたかわからないが、気がついた時、随分と呼吸が楽になっていた。リュカスが作ったような天幕はなく、ただ、誰かの背におぶされていた、という感覚だけはあった。

 視界に飛び込んだのが、赤毛の髪が見えたので、マルゲリータはリュカスなのかと、開眼すると、そこには赤髪の人物の背中とその隣を歩くエドワードの母が見えた。

「えっ!」

 マルゲリータは意外な人物の登場に、思わず声が大きくなり、そして仰け反ってしまったので、おぶさってくれている人の背中から落ちそうになった。
 
 エドワードの母のカトリーヌは顔色を変えず「起きたのね」とマルゲリータを見てそう言うと、マルゲリータの体制を整えた。

 リュカスならば、マルゲリータを背負って移動するのではなく、どこかで宿を作るだろうから、背負ってくれている人物はリュカスでないことをマルゲリータは気づいていたが、この人と限定できるほどの情報がない。

「どうして、ここに?」
「ジョルジュの森と世界樹の扉が繋がっているのよ。私はサファイア家の出身だから、ジョルジュの森を利用できるのは不思議ではないでしょう?」
「いえ、そこではなく……」
「……私では不満かしら?」
「え?」
「エドワードがいいと、思ったのではなくて?」

 確かに、他の人が良かった、とは思った。思ったけれど、面と向かって言われると、何とも言えない。
 それにここまでカトリーヌ様が話をすることなど今までなかったのではないだろうか。

「まあまあ、マルゲリータもカトリーヌ様も落ち着いてください」

 マルゲリータとカトリーヌの会話に割って入ったのはリュカスよりも声が少しだけ高い。
 マルゲリータは、その声の人物を知っていたので「クリスタ! どういうこと?」と、聞いてしまった。
「順を追って説明するよ」
クリスタは 少しだけマルゲリータの表情を見るように、振り返った。

 クリスタは相変わらず、昔から顔が変わっていない。

 クリスタのいう順を追っての説明を聞いたマルゲリータは複雑そうに頭を抱えた。

「わかりますよ。お話の内容とか、そういうのは。ですが、理解はしているけど納得はしていない、というか、まだ……」
「納得しない?」
「はい……」
「それは時間が解決してくれると思いますよ」

 クリスタが順を追って説明をしても、どう考えても、カトリーヌがマルゲリータを助けにきた、ということが今までのそっけないカトリーヌの態度から、想像ができず、混乱が拭えない。

「カトリーヌ様、助けに来てくださり、ありがとうございます」

 それでも、彼女がここに来て、助けてくれたことは事実だ、だから、礼を言わずにはいられない。

「元気になったことは良いことだわ」
 カトリーヌは照れているのか、マルゲリータに向けられた熱視線を逸らす。
「あなたは、帰りなさい」
「え?」
「私がいたら、あなたをダルマータに戻せるわ。あなたは戻って休みなさい」
「待ってください」

 マルゲリータは急いでカトリーヌの提案を遮ると、深く息をついた。そして、クリスタの背中から降りると、自分のアレキサンドライトをカトリーヌへ見せる。

「私にもこの国の行く末を見なくてはならないかと」
「あなたがいてもいなくてもこの国になんの影響もありませんよ」
「う」
「あなたはリュカス王をここへ連れてくるのが仕事で、それは終わったでしょう。だいたいリュカス王はあなたがここにいることを望んでますか?」
「それは……」
「私の体も堪えます。帰ってくれませんか?」

 カトリーヌの言葉を聞いたら、マルゲリータは何にも言えなくなった。

「わかりました」

 カトリーヌはマルゲリータの言葉に安心したような表情を見せる。

 マルゲリータはこう答えることしかなかった。
 あのカトリーヌ様がここまで譲歩するということは、もう引かざるおえない。


 クリスタはマルゲリータを抱きしめると「とは言っても、次の扉までは、まだあるから」と駄々っ子を宥めるようにそう言った。

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