【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

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ダルマータ国

48. 精霊国にて 8

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 リュカスが玉座に腰を据えるまでは、王宮に波風を立てたくないと思い、簡易的だが、魔法で変装をすると、世界樹の王冠も見えぬよう、フード付きのマントで、頭上を隠す。

 その際、頭からは前が見えないだの、このマントは獣の匂いがするだの、うるさかったが、暫くすると、黙りこけた。
 それもそのはず、荒れ果てた王城の前では、数多ある文句など取るに足らぬ物と化すからだ。

 リュカスが護衛を恐れて、王城の門ではなく、壁面から王城へ侵入した。
 埃がべっとりと手に触れ、気持ち悪さがあったが、管理が行き届いていないのだろう。
 壁を登り切ると、リュカスは息を呑んだ。
 その景色はリュカスにとって見たことのないものだったからだ。

 かつては手入れが行き届いていたら庭園は荒れ果て、植物が消えていた。建物のあらゆる箇所が崩れており、修繕などしていない。
 
 何よりも空気そのものが重苦しく、灰色の雲が覆っているかのような薄暗さがあった。

 従者も減っているのだろうか。壁から見下ろす限り、歩いている姿は見られない。先程手に触れた埃や汚れは何もリュカスが触れた一部だけではなく、どうやら全体的にあり、そこかしこに点在していた。

「あんたの責任だよ。よく見るんだ」

 責めるような声が頭上から聞こえた。わかっている。この世界樹の眷属けんぞく精霊は。

 リュカスはかつて娘の部屋があった2階の部屋を見ると、そこにあったはずの大きな木も失われており、王が不在の代償を思い知った。

 王宮と世界樹は最も荒廃が遅いと聞くが、王宮でこの程度ということは、ギリギリ間に合ったか、遅いか、の瀬戸際ということか。

 マルゲリータ様には感謝しかない。

 リュカスは壁から飛び降りると、一歩、二歩と王城内を闊歩する。いくら荒れ果てているとは言え、ここは王城だ。不思議なことに誰にも会わずに廊下を歩ける。
 一つの国の要となる場で、誰にも会わないことなどあるのだろうか。
 会議をしていたとして、それは一部の者だけであり、侍女や護衛がいないというのは、ここが仮王にとって、守るべき場所ではない、あるいはーーー。

 リュカスはそれから先を、考えるのをやめた。その答えは玉座に辿り着いた今、無意味な物となったからだ。

 大広間の玉座に近づきながら、リュカスはマントを脱いだ。
 王としてはあまりにも見窄らしいその姿で、ゆっくりと玉座に近づいた。

 玉座の足元には、黒色の綺麗な蹄が見える。確かに自分を落としいれ、娘を誘拐した裏切り者の簒奪者が玉座には座っている。


「滅びたのか?」
「それなら、私はここにいない」

 眷属精霊はそう答えた。

「国が滅びたわけではないのだな、それは良かった」

 玉座の前で、リュカスはその足を止めた。
「久しぶりだな」

 玉座に座る者からは返答の声は聞こえない。
 玉座には、豪奢な服を着たヨボヨボの年老いて今にも死にそうな仮王が座っていた。

 かつては艶やかな立て髪に美しい手を持つ黒色の獅子は、人型の時は長い黒髪に美しい顔立ちで女たちの憧れの的だったリュカスの知っている姿とはかけ離れていた。
 髪はなくなり、美しかった蹄はボロボロに朽ち果て、柳のような瞳は今は開くことすら困難なようだった。
 美しい弧を描いていたその唇は、しわがれていて、息をするのがやっと、と言ったところだ。

「今のお前からは、何一つ、答えが返ってこないな」

 世界樹が定めた王ではない者が引き継ぐと、こうなるのか。

「ヒトに……この国を任せられるか」

 消え入りそうな煙のように、小さな声が玉座から聞こえた。
 呼吸が苦しいのか、時折シューシューと息を吐く音を交えながら。

 リュカスは魔法で、真っ赤な剣を出しながら「そんなことで? アビーは国を継がない」と言った。

「……そんな……こと…… とは、なんだ……お前の……誰も……わからない」
「王の条件を満たしていない者は王にはなれないのだ」

 リュカスは玉座に座る男の腹に赤色の刃を入れていく。
「ぐ」
玉座の男は小さく声を漏らす。

 生ぬるい液体がつかをこえてリュカスの手に流れ込む。

「王の条件は世界樹が伝える。それは、王族と王にしか伝えないからだ」

「お前の……娘は……の……ずじ…うに……いる」
「知っている。どうすれば、助けられる?」
「…せ…ぜ….苦しめ」

 リュカスは剣の柄をぐるりと回転させ、勢いよく抜いた。
「……は」
 男は苦しそうに玉座から転げ落ち、楽しそうな笑みを浮かべて息絶えた。

 精霊は死を迎えると、光の粒となって消えていく。骨など残らない。だから、この仮王も豪奢な衣服だけがその場に残り、肉体は光の粒となって宙へと消えていった。

「くそったれ」

 リュカスは先刻までついていた仮王の血すらも、光の粒となって剣から消えていったのをしばらくは黙ってみていたが、踏ん切りがついたように息を吐くと、剣を魔法でしまった後、ゆっくりと玉座に座った。
 ほんの少し生温かいその椅子の肘置きに両手を置き、深く息を吐いた。

「こんなもののために、馬鹿げている」
「それでも欲しいんだよ」
「王は金も地位もある。だが、その実は、国に縛り付けられた奴隷と同じだ」

 リュカスは両の手を見ると。息を吐いた。
「ただ、愛した人が別の国の人だった、それだけのことだろう」
「それだけの話だよ。だが、王だ。結婚には民の許可がいる事案となる。民は安心して生活がしたい。そのために、君主の妻は気になるものだ」
 リュカスは気持ちを落ち着かせようと、深く息を吐く。
「そのために、私や私家族は犠牲になれと?」
「お前もやっていることは同じだろう。己を優先し、民と国を荒らしたのだから。民からしたら、今のお前と同じ思いだろうよ」

 リュカスは玉座の足元に転がる仮王の衣服を丁寧に取り上げると、畳み始める。

「従者の服が廊下や庭に一つもなかった。こいつが処理していたのだろうな」

 私に対する不満はあれど、民や臣下に対する不満はなかったのだろう。そうでなければ、あの身体で死に行く者の衣服を処理をしていくのは一苦労だ。
 
 リュカスは畳終わった衣服を持って、廊下にあった小さな小箱へと入れる。

「これはどこか見えるところに飾るとするよ」

 嘆いても、きっと変わらない。
 アビーを解放する手を言わなかったのは、それを伝えると、私がまた玉座を離れるからだ。
 だから、敢えて言わなかった。怒らせることをいったのだ。

 真相なんてわからない。いつか必ず、わかる時がくる。

 あの、満足げな死に様を忘れぬように。

「あのさ、感傷に浸ってるところを水刺すのって悪いなあとは思うけど、マルゲリータはどうするの?」

 頭上からの声に、リュカスは思い出したように「あ」と声を漏らし、「急いで助けに行かねば」と王城の廊下を駆けていく。
 
 するとそこには先刻まで誰もいなかったと言うのに、駆けていく自身の視界の隅に動く者を捉え、リュカスは足を止めて、一瞬身構える。

「誰だ」

 赤髪を持つその人物はラフな身なりとはかけ離れた腕時計をしていた。
 リュカスは覚えていた。見覚えのある髪色に、愛した女の瞳と同じ翠色。
 そして、はるか昔、この子を抱いたことがある。生まれたばかりのこの子を何とかして救おうとダルマータ国に行ったのだ。

 何度となく時は巡ってマルゲリータ様に付き添って、会ったこともある。
 だが、面と向かって話したことはない。会話をしてみたいと思っていたが、よもやこのような会話とは想像してこなかった。

「あれ? え?」
 かつて聞いたものよりも、低い声だったと思う。リュカス自身は緊張して、声が裏返った。
「クリスタ?」

 翠の瞳をパチクリさせて、男は頷く。

「会えて良かった」
「それは私もだ」

 リュカスはクリスタを抱き留める。

「だが、ゆっくりもしてられない。マルゲリータ様を戻さなくては」

 クリスタは祖父の手から離れ「それは大丈夫。もう帰ってるよ」と言って、笑顔を見せた。



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