女嫌いの騎士は呪われた伯爵令嬢を手放さない

魚谷

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9 お偉いさん

 アリッサは濃厚な口づけをされたドキドキがまだ尾を曳いているが、シュヴァルツはといえば、まるで何事もなかったように平然として、馬にまたがっている。

 やっぱり彼の中で口づけに特別な意味などないのだろう。

 寮が見えてくる。門前に見馴れぬ馬車が止まっていることに気づく。

 立派な四頭立ての馬車で、身分の高い人物が乗っていると分かる。

「お客様でしょうか」
「……団長からは何も聞いていないが」
「おい、シュヴァルツ!」

 その馬車の傍らには、カーティスがいた。

 シュヴァルツはアリッサを抱きながら、馬から下りる。

「来客か?」

 カーティスは頭を抱えている。

「とんでもないことになったぞ。お前が手紙で振ったお嬢さんの親父……魔塔のお偉いさんが乗り込んできたよ。今、応接室で団長が相手をしている」
「シュヴァルツ様……」

 カーティスの反応から、かなり大変なことになっているようだが、シュヴァルツは眉ひとつ動かさず、「会ってくる」と歩き出す。

 ――大丈夫なのかな。

 アリッサが心配してもどうにかなる問題ではないが、心配になり、つい後を追いかけてしまう。

「副団長、応接室に」
「聞いている」

 シュヴァルツは平然とした顔で部屋に入って行く。

 扉が閉められるが、シュヴァルツが入室して間もなく、「ふざけるな!!」という壮年の於呂子の怒声が廊下にまで響く。

「私の娘が気に入らんとは、たかが一介の騎士の分際で何様だ! 断るにしても、『興味がない』と一文だけ送ってきて断るとは……常識がないのか、常識が!」

 廊下で聞き耳をたてていた騎士たちは「やばいぞ」と顔を青ざめさせる。

「一方的に縁談話を持ってきたのはあんたたちだ。なぜ俺がそんなものにいちいち丁寧に返信をする必要がある」
「わ、私を誰と心得ている! 魔塔の大神官だぞ! お前のような若造、辺境にいつでも飛ばせるんだぞ!」
「まあまあ、大神官様。そう怒らず。こいつは腕が立つ。魔塔直轄の騎士団の中で最も多くの魔獣を狩っているし、迫害された魔術師の子女の保護にも熱心だ。あなたでもそんな勝手なことはできませんよ」

 団長が取りなそうとしている。

「お前までそんな奴をかばうのか!?」
「ですが、シュヴァルツの女嫌いは有名でしょう。こいつと一緒になったら、お嬢さんこそ不憫です」

 怒声に混じり、若い女性の啜り泣きまで聞こえる。

「黙れ! お前がそう甘やかすから、この男が図に乗るんだぞ! もういい! お前らでは話にならん!」

 扉に足音が近づいて来るや、扉が大きく開け放たれた。

 白い髭をたくわえたいかにも大物という佇まいの男と、その胸に顔を埋める若い女性が出てくる。アリッサと、泣き暮れる少女と眼が合った。

「……な、なんで、ここに女がいるの。銀竜騎士団に女の騎士は今はいないはずでしょ!? まさか……あんた? あんたが、シュヴァルツ様にいらぬことを吹き込んだの!?」
「ち、違います!」
「嘘つくんじゃないわよ!」

 女性に飛びかかられそうになるのを、反射的に腕で頭をかばう。

 しかし一向に何も起きないから、おそるおそる目を開けた。

 シュヴァルツが、女の胸ぐらを掴んで壁に押しつけていた。

 女性が苦しそうに顔をゆがめ、ジタバタしている。

「俺はおまえみたいな醜い女が、何より嫌いだ。お前のような女と結婚? 虫唾がはしる。そこらの野良犬とつがうほうがよっぽどマシだ」

 女性は顔を青くし、口をパクパクさせる。

「シュヴァルツ様! お、おやめください!」

 か弱い女性が怯える様を見てはいられず、シュヴァルツを揺する。

 シュヴァルツは掴んでいた胸ぐらから手を離す。

「お父様! こんな男と結婚なんてありえません!」

 女性は号泣し、父親に泣きつく。

 父親は今にシュヴァルツの獰猛な姿に完全に肝を潰したように、「い、いくぞ!」と足早にその場を去って行く。

 シュヴァルツはまるで何事もなかったように、「怪我は?」と普通に、聞いてくる。

「……だ、大丈夫です。それより、いいんですか。あんなことをしてしまって……」
「あいつから襲いかかった。俺にはお前への責任がある。だからとめた。それだけだ」
「それだけではありません! とんでもないことをしてくれましたね! 大神官様は魔塔の大物ですよ! 睨まれたら、この騎士団全員の今後に影響が……」

 団長の秘書を務めるジェリドが、不満を隠さずに告げた。

「いや、問題ない」
「団長!? まだこいつを庇うのですか!?」
「俺が推している大物が、あのじいさんのライバルなんだよ。あいつが今回の件でうちに何かしようものなら、足元をすくえるだろう。あのケチなじいさんを追い落とす好機かもなぁ。とにかく問題ない。シュヴァルツ、よくやったぞ」

 ハハハハ、と高笑いしながら団長は去って行く。ジェリドが「お待ちを!」とそのあとを追いかけていった。
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