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17 力の覚醒
朝を迎えても、治癒魔術師は一向に来る気配がなかった。
とりあえず毒の周りを遅くするために、寮に備蓄されている医療品を使って時間稼ぎをしているようだが、それでも着実に毒によってシュヴァルツの体は蝕まれ続けている。
今、アリッサは一人でシュヴァルツのそばにいた。
さすがに焦れてきたのか、カーティスは団長と話すというので席を外している。
力のないシュヴァルツの手を両手で包み込むように握った。
彼の手はひどく冷たい。
毒によって彼の温もりが奪われているように思えて辛かった。
そんなことをしても無駄だと知りながら、少しでもシュヴァルツに温もりが戻って欲しくて、彼の体にそっと抱きつく。
――シュヴァルツ様、どうか元気になってください。もうすぐ治癒魔法を使える魔術師がいらっしゃるはずですから。
彼はアリッサの命を救ってくれたというのに、自分は祈ることしかできない。
不甲斐なかった。
「……何をしている」
ひどく渇いた声がして、顔を上げた。
蒼白な顔色のシュヴァルツの菫色の瞳と視線が重なった。
「目覚められたんですねっ」
「……どうしてお前が……ぐ……」
シュヴァルツは起き上がろうとして、顔を歪めた。
「無理しないでください。今は毒を受けていらっしゃるんですからっ」
「……呪紋の具合はどうだ?」
「こんな時に何を仰ってるんですか! 今は私のことなんてどうでもいいんです。シュヴァルツ様のほうがよっぽどひどいんですよ!?」
「これくらいどうということはない。それよりお前のほうが心配だ」
「夜明け前に少し……ですが、薬を飲んだので落ち着きました」
「そうか……すまない。俺のせいで」
「やめてください。シュヴァルツ様にはもう何度も助けてもらっています。今はご自分の心配だけをしてください。何か欲しいものはありますか?」
「水を……」
アリッサは水差しからグラスに水を注ぎ、シュヴァルツが上半身を起こすのを手伝いながら、グラスを口に寄せる。喉が大きく波打つ。
「もう一杯飲みますか?」
「……大丈夫だ」
シュヴァルツは「少し休む」と独りごちると、目を閉じてすぐに寝息をたてはじめた。
―一体いつになったら魔術師は来るの?
自分の無力さと焦燥感を覚えていると、扉が叩かれた。
ドアを開けると、団員がスープとパンの乗ったトレイを持って立っていた。
「こちら、食堂からの差し入れです」
「あ……ありがとうございます」
落胆が顔に表れないよう笑顔で応対して、トレイを受け取る。
「回復魔法の魔術師様は……」
「まだ……」
「そうですか」
とてもこんな状況で食べる気にはなれなかったが、シュヴァルツの身の回りの世話をするためにも倒れるわけにはいかない。
胃に詰め込むように入れた。
食事を終えて一息つくと、窓辺に寄る。
どんよりとした分厚い黒雲が日射しを隠してしまっているせいで、まるでずっと夜が続いているような気がして時間の感覚が狂う。
それから何度かシュヴァルツは目覚めたが、少しずつ気力が失われているようで、その痛々しい姿はとても見てはいられない。
不安に苛まれながらも、きっと魔術師は来てくれると自らに言い聞かせて、自分のできることを続けた。
しかし一向に、いい知らせはこなかった。
アリッサは部屋を出ると、団長室に向かう。
「失礼しますっ」と部屋に入った。
会話が終わるのをとても待ってなどいられないくらい、気持ちが急いていた。
「アリッサちゃん……?」
カーティスが、驚いたように目を見開く。
「勝手に入ってきてなんですか。すぐに部屋に戻りなさいっ」
ジェリドが不愉快そうに目を細める。
「おい、ジェリド。こんな時にやめろ」
「ですが、団長! この者は団員でさえいないのですよ!?」
「嬢ちゃんはそれだけ、シュヴァルツのことを心配してるってことだ。だろ?」
「はい。ノックもせずに入ってきたのは申し訳ありません。癒魔術師の方がどうなったのか、知りたくって。それを聞いたらすぐに出ていきますので」
団長をはじめ、部屋にいる面々は表情を曇らせた。
「カーティス様……?」
「この大雨で橋が流された。そのせいでいつ到着するか分からない、らしい。今、団長とどうするか話し合っているところだ」
「でもみなさんは魔術師ですよね。魔法でどうにかならないんですか?」
「嬢ちゃん、悪いな。相手は自然現象。こればっかりはどうにもならねえんだよ。魔法なんざ、不便なことばっかだ」
団長は顔を顰めた。その手はぎゅっと硬く拳を作り、小刻みに震える。
シュヴァルツを心配し、何もできない無力感をこらえているのだ。
「シュヴァルツ様は、あとどれくらい持ちそうなんですか」
目を伏せたカーティスに代わり、答えてくれたのは団長だ。
「良くて半日」
「良くて……? 他の薬で時間稼ぎは……!?」
カーティスとジェリドは黙ってしまう。
団長は「ったくよっ」と頭をガシガシと掻きむしる。
「嬢ちゃん、とにかく他にやれることがないか、こっちでも検討してみる。悪いが、あいつのことを見ててくれ」
「……分かりました。失礼します」
「俺も行く」
カーティスと共にシュヴァルツの部屋へ戻ろうとしたその時、玄関で団員たちが騒いでる現場に遭遇する。
「離してくれ! 俺のせいで副団長が!」
一人の団員を、周りが必死になって引き留めている。
カーティスが舌打ちをし、「こんな時になにやってんだ」とぼやきながら、団員たちに向かって「何があった!」と声を荒げた。
団員たちははっとして敬礼する。
「こいつが、魔術師を迎えに行くと言って聞かなくって……」
「だって副団長は俺を庇ったばっかりに……。もし万が一のことがあったら……」
「で? お前が迎えに行くって?」
「はい……ぐぅ!?」
カーティスは、不意にその団員の胸ぐらをきつく掴んで、壁に叩きつけた。
「お前、あいつに救われた命を無駄にしようっていうのか?」
「で、でも、何かしたくて……」
「ふざけたことを抜かすなよ。お前みたいな青二才がこの大雨ん中でていって、無事にたどりつけるのか?」
「そ、それは」
「無駄だろうが。あいつがお前を助けたのは、お前に無謀な真似をさせるためじゃねえんだよ!」
「か、カーティスさん……」
「馬鹿な真似はするな。いいか!?」
団員は弱々しく頷く。
「たく。泣くな。野郎の涙なんざ見たくねえんだよ!」
カーティスは胸ぐらから手を離すと、無言で階段を上がっていく。
「あの方、なんですね……」
「つい半年くらい前に配属されてきてばっかりなんだよ。腕は悪くないが、感情で動くところはまだ青二才だ」
シュヴァルツの部屋に到着すると、ベッドの周りに団員たちが集まっている。
「おい、何があったっ」
シュヴァルツはさっきよりも苦しげな表情で、荒い息を繰り返す。
額に触れると、ひどい熱だ。
「熱冷ましをもってこい!」
「はいっ!」
しかし熱冷ましを使っても、効果はなかった。
周りの団員たちはシュヴァルツの名を呼び、啜り泣きはじめる者まで出て来た。
「泣くだけだったら邪魔だ! 出ていけ!」
カーティスの怒声を背中で聞きながら、アリッサは湯につけたタオルをきつく絞り、汗を拭く。
「……魔術師を迎えに行ってくる」
不意にカーティスが言った。
「それはさっきカーティス様ご自身が、やめろと言われたことじゃないですか」
「アリッサちゃん。あんな青二才と一緒にしないでくれ。俺ならできる」
「カーティス様にとっても危険です。もしあなたに出来るのであれば、団長様が命じられているのではないですか」
魔法を使えると言っても、団員たちも人間だ。
「じゃあ、どうするんだ。アリッサちゃんは、こいつが死んでもいいって思ってるのか!?」
「思ってません。思ってないからこうして、微力ですが、私にできることをしてるんですっ」
感情が高ぶり、目頭が熱くなる。
アリッサは袖で涙をぬぐい、それから深呼吸をする。
「……すいません。感情的になってしまって」
「いや、俺こそ……悪い」
「……お前ら、うるさいぞ……」
「シュヴァルツ様!」「シュヴァルツ!」
「魔術師は?」
シュヴァルツが力なく見てくる。
「……この大雨で。でも、団長様たちが今、何かできないかと考えてくださってますので!」
そうか、とシュヴァルツは小さくうなずく。
「カーティス。こいつを頼む」
「……任せろ」
ぞわっと全身の鳥肌が立つ。
「そんな話をしないでください。シュヴァルツ様は死にません!」
「自分のことは、自分がよく分かる」
カーティスの鮮やかな菫色の眼差しがくすんで見え、光もどこか虚ろだ。
「やめてください。諦めないでください……っ」
「……二人きりにしてくれ」
カーティスは頷くと、部屋を出ていく。
「絶対に諦めないでください。シュヴァルツ様は生きてるんですから」
泣いてはダメだと頭では理解しながら、溢れる涙が頬を伝う。
病床に伏せった母のことを考えないわけにはいかない。
あの時自分は何もできずに、ただ寄り添っていることしかできなかった。
大人なのに、できることだって増えているはずなのに、あの時と同じことしかできない。
「頼む。泣くな」
「シュヴァルツ様、お願いですから諦めないでください。絶対に助かるって、信じて下さい……。私も信じますから」
シュヴァルツは腕を伸ばす。
彼の手が、頬に触れる。大きく硬い手の平、優しくアリッサの頬を撫でた。
アリッサは、彼の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握る。
「アリッサ……」
「信じて下さい」
「……お前が言うのなら、信じよう」
――大切な人をこれ以上、奪わないでください。
どれだけそうしていただろうか。
「……温かい」
シュヴァルツがぽつりとこぼす。
「え……?」
「お前の手だ……まるで陽向みたいだな」
「そ、そうですか……?」
そうだろうか、と自分の手を見る。
その時、ぼんやりとアリッサの手から、光がこぼれる。
光が、シュヴァルツの手へと伝わっていく。
「魔力」
シュヴァルツが言った。
「魔力?」
「お前の手から、魔力を感じる」
シュヴァルツは信じられないという顔で、目を瞠る。
「いいえ。魔法なんて一度も使ったことは……」
きらめきがシュヴァルツに流れ、その体を包み込む。
その光は、部屋を真昼のように照らし出す。
同時に、アリッサは自分の体が燃えるように熱くなるのを意識した。
それは呪紋による衝動とは違う。その熱は不快でも、苦しいわけでもないどころか、清涼な息吹を感じるものだった。
青白かったシュヴァルツの顔に血色が戻り、体を蝕み、どす黒く変色していた部分が次第に薄くなっていく。
「アリッサちゃん!?」
カーティスが部屋に飛び込んでくる。
他の団員たちも異変を感じて、駆けつけてきた。
シュヴァルツを包み込んでいた光がゆっくり収束していくと同時に、アリッサの全身から力が抜け、足元から崩れ落ちる。
しかし危ういところで支えられた。
間一髪のところで右腕を掴んでくれたのは、シュヴァルツ。
その手には、しっかりと力がこもる。
「大丈夫か?」
「は、はい。シュヴァルツ様、毒の痕が消えて……」
「信じられないが、もう苦しくも痛くもない」
「……マジかよこれ、夢じゃねえよな……?」
カーティスがシュヴァルツに触れる。
「おい、やめろ」
眉をひそめたシュヴァルツが、べたべたと触りまくるカーティスの手を邪魔くさそうに払う。
カーティスはみるみる笑顔になると、「マジかよ!」と笑顔を浮かべ、感極まったようにシュヴァルツに抱きつく。
「な、何して……」
「こんな時くらい素直に受け入れろって! どんだけ心配したと思ってるんだよ!」
「ったく」
シュヴァルツは、カーティスにされるがままになった。
「副団長!」
他の団員たちも我慢できないと言わんばかりに雪崩を打って部屋に突入するや、口々に声をかけはじめる。全員が全員、涙を流して、喜んでいた。
――シュヴァルツ様、団員のみんなからこんなにも慕われているんだ。
窓の向こうでは雨がやみ、雲の切れ間から日射しが差す。
アリッサは自分を支えてくれているシュヴァルツの手を、こっそりと握り返した。
とりあえず毒の周りを遅くするために、寮に備蓄されている医療品を使って時間稼ぎをしているようだが、それでも着実に毒によってシュヴァルツの体は蝕まれ続けている。
今、アリッサは一人でシュヴァルツのそばにいた。
さすがに焦れてきたのか、カーティスは団長と話すというので席を外している。
力のないシュヴァルツの手を両手で包み込むように握った。
彼の手はひどく冷たい。
毒によって彼の温もりが奪われているように思えて辛かった。
そんなことをしても無駄だと知りながら、少しでもシュヴァルツに温もりが戻って欲しくて、彼の体にそっと抱きつく。
――シュヴァルツ様、どうか元気になってください。もうすぐ治癒魔法を使える魔術師がいらっしゃるはずですから。
彼はアリッサの命を救ってくれたというのに、自分は祈ることしかできない。
不甲斐なかった。
「……何をしている」
ひどく渇いた声がして、顔を上げた。
蒼白な顔色のシュヴァルツの菫色の瞳と視線が重なった。
「目覚められたんですねっ」
「……どうしてお前が……ぐ……」
シュヴァルツは起き上がろうとして、顔を歪めた。
「無理しないでください。今は毒を受けていらっしゃるんですからっ」
「……呪紋の具合はどうだ?」
「こんな時に何を仰ってるんですか! 今は私のことなんてどうでもいいんです。シュヴァルツ様のほうがよっぽどひどいんですよ!?」
「これくらいどうということはない。それよりお前のほうが心配だ」
「夜明け前に少し……ですが、薬を飲んだので落ち着きました」
「そうか……すまない。俺のせいで」
「やめてください。シュヴァルツ様にはもう何度も助けてもらっています。今はご自分の心配だけをしてください。何か欲しいものはありますか?」
「水を……」
アリッサは水差しからグラスに水を注ぎ、シュヴァルツが上半身を起こすのを手伝いながら、グラスを口に寄せる。喉が大きく波打つ。
「もう一杯飲みますか?」
「……大丈夫だ」
シュヴァルツは「少し休む」と独りごちると、目を閉じてすぐに寝息をたてはじめた。
―一体いつになったら魔術師は来るの?
自分の無力さと焦燥感を覚えていると、扉が叩かれた。
ドアを開けると、団員がスープとパンの乗ったトレイを持って立っていた。
「こちら、食堂からの差し入れです」
「あ……ありがとうございます」
落胆が顔に表れないよう笑顔で応対して、トレイを受け取る。
「回復魔法の魔術師様は……」
「まだ……」
「そうですか」
とてもこんな状況で食べる気にはなれなかったが、シュヴァルツの身の回りの世話をするためにも倒れるわけにはいかない。
胃に詰め込むように入れた。
食事を終えて一息つくと、窓辺に寄る。
どんよりとした分厚い黒雲が日射しを隠してしまっているせいで、まるでずっと夜が続いているような気がして時間の感覚が狂う。
それから何度かシュヴァルツは目覚めたが、少しずつ気力が失われているようで、その痛々しい姿はとても見てはいられない。
不安に苛まれながらも、きっと魔術師は来てくれると自らに言い聞かせて、自分のできることを続けた。
しかし一向に、いい知らせはこなかった。
アリッサは部屋を出ると、団長室に向かう。
「失礼しますっ」と部屋に入った。
会話が終わるのをとても待ってなどいられないくらい、気持ちが急いていた。
「アリッサちゃん……?」
カーティスが、驚いたように目を見開く。
「勝手に入ってきてなんですか。すぐに部屋に戻りなさいっ」
ジェリドが不愉快そうに目を細める。
「おい、ジェリド。こんな時にやめろ」
「ですが、団長! この者は団員でさえいないのですよ!?」
「嬢ちゃんはそれだけ、シュヴァルツのことを心配してるってことだ。だろ?」
「はい。ノックもせずに入ってきたのは申し訳ありません。癒魔術師の方がどうなったのか、知りたくって。それを聞いたらすぐに出ていきますので」
団長をはじめ、部屋にいる面々は表情を曇らせた。
「カーティス様……?」
「この大雨で橋が流された。そのせいでいつ到着するか分からない、らしい。今、団長とどうするか話し合っているところだ」
「でもみなさんは魔術師ですよね。魔法でどうにかならないんですか?」
「嬢ちゃん、悪いな。相手は自然現象。こればっかりはどうにもならねえんだよ。魔法なんざ、不便なことばっかだ」
団長は顔を顰めた。その手はぎゅっと硬く拳を作り、小刻みに震える。
シュヴァルツを心配し、何もできない無力感をこらえているのだ。
「シュヴァルツ様は、あとどれくらい持ちそうなんですか」
目を伏せたカーティスに代わり、答えてくれたのは団長だ。
「良くて半日」
「良くて……? 他の薬で時間稼ぎは……!?」
カーティスとジェリドは黙ってしまう。
団長は「ったくよっ」と頭をガシガシと掻きむしる。
「嬢ちゃん、とにかく他にやれることがないか、こっちでも検討してみる。悪いが、あいつのことを見ててくれ」
「……分かりました。失礼します」
「俺も行く」
カーティスと共にシュヴァルツの部屋へ戻ろうとしたその時、玄関で団員たちが騒いでる現場に遭遇する。
「離してくれ! 俺のせいで副団長が!」
一人の団員を、周りが必死になって引き留めている。
カーティスが舌打ちをし、「こんな時になにやってんだ」とぼやきながら、団員たちに向かって「何があった!」と声を荒げた。
団員たちははっとして敬礼する。
「こいつが、魔術師を迎えに行くと言って聞かなくって……」
「だって副団長は俺を庇ったばっかりに……。もし万が一のことがあったら……」
「で? お前が迎えに行くって?」
「はい……ぐぅ!?」
カーティスは、不意にその団員の胸ぐらをきつく掴んで、壁に叩きつけた。
「お前、あいつに救われた命を無駄にしようっていうのか?」
「で、でも、何かしたくて……」
「ふざけたことを抜かすなよ。お前みたいな青二才がこの大雨ん中でていって、無事にたどりつけるのか?」
「そ、それは」
「無駄だろうが。あいつがお前を助けたのは、お前に無謀な真似をさせるためじゃねえんだよ!」
「か、カーティスさん……」
「馬鹿な真似はするな。いいか!?」
団員は弱々しく頷く。
「たく。泣くな。野郎の涙なんざ見たくねえんだよ!」
カーティスは胸ぐらから手を離すと、無言で階段を上がっていく。
「あの方、なんですね……」
「つい半年くらい前に配属されてきてばっかりなんだよ。腕は悪くないが、感情で動くところはまだ青二才だ」
シュヴァルツの部屋に到着すると、ベッドの周りに団員たちが集まっている。
「おい、何があったっ」
シュヴァルツはさっきよりも苦しげな表情で、荒い息を繰り返す。
額に触れると、ひどい熱だ。
「熱冷ましをもってこい!」
「はいっ!」
しかし熱冷ましを使っても、効果はなかった。
周りの団員たちはシュヴァルツの名を呼び、啜り泣きはじめる者まで出て来た。
「泣くだけだったら邪魔だ! 出ていけ!」
カーティスの怒声を背中で聞きながら、アリッサは湯につけたタオルをきつく絞り、汗を拭く。
「……魔術師を迎えに行ってくる」
不意にカーティスが言った。
「それはさっきカーティス様ご自身が、やめろと言われたことじゃないですか」
「アリッサちゃん。あんな青二才と一緒にしないでくれ。俺ならできる」
「カーティス様にとっても危険です。もしあなたに出来るのであれば、団長様が命じられているのではないですか」
魔法を使えると言っても、団員たちも人間だ。
「じゃあ、どうするんだ。アリッサちゃんは、こいつが死んでもいいって思ってるのか!?」
「思ってません。思ってないからこうして、微力ですが、私にできることをしてるんですっ」
感情が高ぶり、目頭が熱くなる。
アリッサは袖で涙をぬぐい、それから深呼吸をする。
「……すいません。感情的になってしまって」
「いや、俺こそ……悪い」
「……お前ら、うるさいぞ……」
「シュヴァルツ様!」「シュヴァルツ!」
「魔術師は?」
シュヴァルツが力なく見てくる。
「……この大雨で。でも、団長様たちが今、何かできないかと考えてくださってますので!」
そうか、とシュヴァルツは小さくうなずく。
「カーティス。こいつを頼む」
「……任せろ」
ぞわっと全身の鳥肌が立つ。
「そんな話をしないでください。シュヴァルツ様は死にません!」
「自分のことは、自分がよく分かる」
カーティスの鮮やかな菫色の眼差しがくすんで見え、光もどこか虚ろだ。
「やめてください。諦めないでください……っ」
「……二人きりにしてくれ」
カーティスは頷くと、部屋を出ていく。
「絶対に諦めないでください。シュヴァルツ様は生きてるんですから」
泣いてはダメだと頭では理解しながら、溢れる涙が頬を伝う。
病床に伏せった母のことを考えないわけにはいかない。
あの時自分は何もできずに、ただ寄り添っていることしかできなかった。
大人なのに、できることだって増えているはずなのに、あの時と同じことしかできない。
「頼む。泣くな」
「シュヴァルツ様、お願いですから諦めないでください。絶対に助かるって、信じて下さい……。私も信じますから」
シュヴァルツは腕を伸ばす。
彼の手が、頬に触れる。大きく硬い手の平、優しくアリッサの頬を撫でた。
アリッサは、彼の手に自分の手を重ね、ぎゅっと握る。
「アリッサ……」
「信じて下さい」
「……お前が言うのなら、信じよう」
――大切な人をこれ以上、奪わないでください。
どれだけそうしていただろうか。
「……温かい」
シュヴァルツがぽつりとこぼす。
「え……?」
「お前の手だ……まるで陽向みたいだな」
「そ、そうですか……?」
そうだろうか、と自分の手を見る。
その時、ぼんやりとアリッサの手から、光がこぼれる。
光が、シュヴァルツの手へと伝わっていく。
「魔力」
シュヴァルツが言った。
「魔力?」
「お前の手から、魔力を感じる」
シュヴァルツは信じられないという顔で、目を瞠る。
「いいえ。魔法なんて一度も使ったことは……」
きらめきがシュヴァルツに流れ、その体を包み込む。
その光は、部屋を真昼のように照らし出す。
同時に、アリッサは自分の体が燃えるように熱くなるのを意識した。
それは呪紋による衝動とは違う。その熱は不快でも、苦しいわけでもないどころか、清涼な息吹を感じるものだった。
青白かったシュヴァルツの顔に血色が戻り、体を蝕み、どす黒く変色していた部分が次第に薄くなっていく。
「アリッサちゃん!?」
カーティスが部屋に飛び込んでくる。
他の団員たちも異変を感じて、駆けつけてきた。
シュヴァルツを包み込んでいた光がゆっくり収束していくと同時に、アリッサの全身から力が抜け、足元から崩れ落ちる。
しかし危ういところで支えられた。
間一髪のところで右腕を掴んでくれたのは、シュヴァルツ。
その手には、しっかりと力がこもる。
「大丈夫か?」
「は、はい。シュヴァルツ様、毒の痕が消えて……」
「信じられないが、もう苦しくも痛くもない」
「……マジかよこれ、夢じゃねえよな……?」
カーティスがシュヴァルツに触れる。
「おい、やめろ」
眉をひそめたシュヴァルツが、べたべたと触りまくるカーティスの手を邪魔くさそうに払う。
カーティスはみるみる笑顔になると、「マジかよ!」と笑顔を浮かべ、感極まったようにシュヴァルツに抱きつく。
「な、何して……」
「こんな時くらい素直に受け入れろって! どんだけ心配したと思ってるんだよ!」
「ったく」
シュヴァルツは、カーティスにされるがままになった。
「副団長!」
他の団員たちも我慢できないと言わんばかりに雪崩を打って部屋に突入するや、口々に声をかけはじめる。全員が全員、涙を流して、喜んでいた。
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