女嫌いの騎士は呪われた伯爵令嬢を手放さない

魚谷

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23 疑念

 翌朝、シュヴァルツたちはアーマーを身につける。
 シュヴァルツにアーマーを着せる役目には、アリッサが志願した。
 これ以上、彼の体に刻まれる傷跡が増えぬよう祈るような気持ちで行う。

「出来ました」

 シュヴァルツは体を動かしてチェックする。

「……助かった。行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
「日暮れまでには戻る」

 シュヴァルツの背が遠ざかるのを見ているだけで、胸が熱くなり、体がむずむずしてくる。

「シュヴァルツ様っ!」

 アリッサは衝動的に、シュヴァルツの背中にしがみつく。

「呪紋か?」
「いいえ……。決して無茶はしないでください」

 気持ちが昂ぶり衝動的に行動してしまったことが恥ずかしく、アリッサは頬を染めながらシュヴァルツから離れた。

「それは無理だな。魔獣討伐は片手間でできるものではない」
「……そうですよね」
「だが、頭の片隅にはおいておく」
「それで十分ですっ」

 魔獣討伐へ向かうシュヴァルツたちを見送ると、ひとまず務めは終わりだ。
 町には後方要員のアリッサをはじめ、三人の団員が緊急時の連絡員として残る。

 ――結局ここでもシュヴァルツ様たちのお帰りを待たなきゃいけないのよね。

 ただシュヴァルツたちが向かった森とは目と鼻の先。
 寮よりはマシだ。何かあればすぐ駆けつけられる。
 アリッサは二階の部屋へ移動し、昨夜のように窓辺から町を眺める。

 ――あの女の人……。

 広場に見覚えのある女性を見つけた。
 昨夜、周囲を窺うようにして北へ消えていった女性だ。
 女性は他の町の人々から問い詰められているようだ。しきりに弁明をしている。

「何か問題ですかっ!」

 気の毒に思え、つい声をかけてしまう。
 町の人々は慌てて周囲を見回し、アリッサに気付いたかと思えば、中年女性をその場に残して、足早に去って行った。

 中年女性は、じっとアリッサを見つめている。
 思い詰めたような厳しい表情をしていた。

「あの、もし何か相談事があれば、お話を……」

 しかし女性は逃げるように、いなくなってしまう。
 様子がおかしい。
 と、町長がこの建物へ近づいてくるのが見えた。
 アリッサは一階へ下り、町長に応対する。

「どうされましたか?」

 町長は周囲を見回す。

「他の方々は?」
「今朝方、魔獣討伐へ行かれました」
「そうでしたか。では、皆さんはここで何を?」
「私たちは支援係ですので、知らせがあるまで待機しております」
「あぁ……。なるほど。討伐はどれくらいかかるでしょうか?」
「それは魔獣次第ですね。すぐに討伐できれば今日中。魔獣を見つけられなければ、時間はかかってしまいますね」
「そ、それは困ります……」
「お気持ちは分かりますが、焦ってもすぐに成果が出るとは限らないので」

 町長の様子が明らかにおかしい。

「それとも何か緊急の用事がありますか? それでしたら、責任者と話していただいて」
「い、いえ! そこまでしていただかなくても結構です! 皆様のことは信頼しておりますので。ところで、あなたも魔術師様、なのですか?」
「はい」
「……あぁ、それは大変ですねえ。女性なのに魔術師だなんて」
「どういう意味ですか?」
「そんなにお綺麗なのに、魔術師では嫁の貰い手もないでしょう。可哀想だ。若い身空なのに……」

 町長は心から同情していると言わんばかり。

「私は魔術師であったことを、幸せに思っています!」

 この力がなければ、シュヴァルツを救えなかった。
 アリッサを怒らせたことに遅ればせながら気付いたらしい町長ははっとした顔をして、「も、申し訳ございません……」と形ばかりの謝罪をすると、そそくさと去って行った。

「なんなのよ、あの人」

 思わず文句が口をついてでる。

「最悪なじいさんだ」
「シュヴァルツ様がいなくて本当に良かった。いたら血の雨が降ってたぞ」

 その場に居合わせた団員たちがぶつくさと呟いた。



 シュヴァルツたちが戻って来たのは昼過ぎだった。
 町を出発した時と同じメンバー。誰も欠けていないし、怪我人もいない。
 アリッサたち留守番組は宿所から出て、迎える。

「皆さん、おかえりなさい! 魔獣はどうですか?」

 カーティスが親指を立てた。

「無事に討伐したぜ。ま、今回は数だけの雑魚で楽勝♪」

 荷車には魔中の死骸が乗せられている。通常の狼より一回りは大きい。
 この手の魔獣は力や体格以外は普通の動物と大して変わらない。
 毒や罠で人間を襲う魔物とは違って、戦いやすい種類だ。

 魔獣討伐成功の知らせに、町の人々がやってくる。
 魔獣の死骸に腰を抜かしたり、顔をそむけたり、興味津々に眺めたりと、反応は様々だ。

「本当にありがとうございます! 皆様のおかげで助かりました!」

 町長が深々と頭を下げる。
 野次馬の中には、あの中年女性の姿があった。
 アリッサは人々が魔獣に夢中になっている隙に、その女性の袖を引き、物陰へ移動する。

「な、なにか」
「昨夜、あなたを見かけました。あんな夜更けにどこへ出かけられていたのですか?」
「見間違いでは? 出歩いてはいません……」

 女性の目が泳ぐ。

「バスケットを持って、周りを気にされてましたよね。さっきも言いましたが、私たちにお手伝い出来る事があれば仰って下さい」

 女性は作り笑いを浮かべる。

「魔術師様、みなさんが魔獣を討伐してくださったお陰で何も心配はございません。ありがとうございます」
「でも」
「おい、アリッサ。何をしている。行くぞ!」

 シュヴァルツが声を上げた。
 女性は「すいません。私、用事があるので」とアリッサの手を振り払い、そそくさと家の中に引っ込んでしまう。

「あっ」

 アリッサはシュヴァルツの元へ戻る途中、昨夜、先程の女性が消えていった方角を見る。

 建物の屋根ごし、教会の鐘楼が見えた。

 教会は嫌な思い出しかない。悪魔とまぐわったと糾弾され、その地下牢に閉じ込められた。
 地下牢に……。

 あのバスケットはもしかして、差し入れではないのだろうか。もちろんあの女性が教会に行ったかどうかは分から
ない。でももし目的地が教会だとしたら。
 教会に閉じ込められるのは人の道に反した者。その中には魔術師も含まれている。
 もしあの女性の親類に魔術師がいて、今も捕まっているとしたら。

 ――シュヴァルツ様に話してみるべき? でも証拠があるわけじゃない。

 何の根拠もなく教会を見せて欲しいと言っても拒否されるだろう。
 派遣される際に、外の人々との軋轢は避けるようにも言われている。
 いたずらに疑うことはまさに、軋轢を生むことになってしまう。

 もし強引に見た挙げ句、アリッサの考えが間違っていたら。
 アリッサはもやもやしたものを抱えながら結局、シュヴァルツに従って町を出るしかなかった。
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