SPとヤクザ

魚谷

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 風に吹かれた桜の花弁が舞い散っている。
 進藤景は入学式が終わると、学校の裏手に向かっていた。
 新入生向けのレクレーションのせいで随分遅くなってしまったが、ここに来たいと思っていた。高校受験の時、敷地の裏手にも少しだが桜の木があると教師から教えられたのだ。
 校門へ続く並木道を彩る桜も美しいが、景はひっそりと静かに咲く桜も好きだ。
 誰かに見られる為に咲くのではなく、ただ咲きたいから咲く――そんな力強い意思が感じられるようで。
 風が止んだ。
 偶然頬にくっついた桜の花びらを指でいじっていた景は口元を緩める。
 と、この場に自分だけではないことに今さら気づいた。
 桜の木の根元に人がうずくまっている。

「だ、大丈夫ですかっ」

 ほとんど反射的に声を上げ、駆け寄った。

「ん?」

 自分と同じブレザーに、ワイシャツ、スラックス。ネクタイは緩められ、ワイシャツの胸元はだらしなく開けられている。
 学年を区別するための校章の入ったバッジは今年度入学生がつけているものと同じ、白色だった。
 少年――と言うには、大人びた印象があった景と同い年であるが、その涼やかな目元や整った顔立ち、少し伸びた黒髪には、妙な色気を感じさせる。
 茶色く澄んだ虹彩の中に景が映り込んだ。景はどきっとして、目を伏せながら、もう一度尋ねた。

「大丈夫、ですか? 先生を呼んで来ましょうか」
 ふぁっ……。その人は小さく欠伸を漏らした。
 それから小さく言う。

「良い」
「あ、……はい」

 立ち上がろうとすると、「おい」と呼び止められた。

「動くな」
「え?」

 青年の長い腕が伸び、景の頭に触れる。それだけで鼓動が跳ねた。
 その人の指先には桜の花びらがあった。

「あ、ありがとう……ございます」

 その人は別に、と言うかのように肩をすくめると、立ち上がった。
 百七十センチの景よりも頭一つ分高い。
 百八十センチはあるのではないかという長身に、広い肩幅という堂々とした体格だった。
 景が線が細く、ひょろりとした体型なだけに、余計に体格差を感じた。

「あの、き、君も、一年生だよね。僕は、一年一組の進藤景。君は?」

 奥手な景が初対面の人にこうも積極的に話しかけられるのは珍しいことだった。
 景は、目の前の青年の名前を知りたかった。

「矢ヶ崎涼介」

 相手が答えてくれたことが嬉しくて景は微笑んだ。

「矢ヶ崎……君」
「俺とつるまない方が良い」
「え?」
「じゃあな。景」

 待って。しかしそれは声にはならなかった。
 景はその人の姿が見えなくなるまで、その背を眺め続けた。
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