1 / 30
過去1
しおりを挟む
風に吹かれた桜の花弁が舞い散っている。
進藤景は入学式が終わると、学校の裏手に向かっていた。
新入生向けのレクレーションのせいで随分遅くなってしまったが、ここに来たいと思っていた。高校受験の時、敷地の裏手にも少しだが桜の木があると教師から教えられたのだ。
校門へ続く並木道を彩る桜も美しいが、景はひっそりと静かに咲く桜も好きだ。
誰かに見られる為に咲くのではなく、ただ咲きたいから咲く――そんな力強い意思が感じられるようで。
風が止んだ。
偶然頬にくっついた桜の花びらを指でいじっていた景は口元を緩める。
と、この場に自分だけではないことに今さら気づいた。
桜の木の根元に人がうずくまっている。
「だ、大丈夫ですかっ」
ほとんど反射的に声を上げ、駆け寄った。
「ん?」
自分と同じブレザーに、ワイシャツ、スラックス。ネクタイは緩められ、ワイシャツの胸元はだらしなく開けられている。
学年を区別するための校章の入ったバッジは今年度入学生がつけているものと同じ、白色だった。
少年――と言うには、大人びた印象があった景と同い年であるが、その涼やかな目元や整った顔立ち、少し伸びた黒髪には、妙な色気を感じさせる。
茶色く澄んだ虹彩の中に景が映り込んだ。景はどきっとして、目を伏せながら、もう一度尋ねた。
「大丈夫、ですか? 先生を呼んで来ましょうか」
ふぁっ……。その人は小さく欠伸を漏らした。
それから小さく言う。
「良い」
「あ、……はい」
立ち上がろうとすると、「おい」と呼び止められた。
「動くな」
「え?」
青年の長い腕が伸び、景の頭に触れる。それだけで鼓動が跳ねた。
その人の指先には桜の花びらがあった。
「あ、ありがとう……ございます」
その人は別に、と言うかのように肩をすくめると、立ち上がった。
百七十センチの景よりも頭一つ分高い。
百八十センチはあるのではないかという長身に、広い肩幅という堂々とした体格だった。
景が線が細く、ひょろりとした体型なだけに、余計に体格差を感じた。
「あの、き、君も、一年生だよね。僕は、一年一組の進藤景。君は?」
奥手な景が初対面の人にこうも積極的に話しかけられるのは珍しいことだった。
景は、目の前の青年の名前を知りたかった。
「矢ヶ崎涼介」
相手が答えてくれたことが嬉しくて景は微笑んだ。
「矢ヶ崎……君」
「俺とつるまない方が良い」
「え?」
「じゃあな。景」
待って。しかしそれは声にはならなかった。
景はその人の姿が見えなくなるまで、その背を眺め続けた。
進藤景は入学式が終わると、学校の裏手に向かっていた。
新入生向けのレクレーションのせいで随分遅くなってしまったが、ここに来たいと思っていた。高校受験の時、敷地の裏手にも少しだが桜の木があると教師から教えられたのだ。
校門へ続く並木道を彩る桜も美しいが、景はひっそりと静かに咲く桜も好きだ。
誰かに見られる為に咲くのではなく、ただ咲きたいから咲く――そんな力強い意思が感じられるようで。
風が止んだ。
偶然頬にくっついた桜の花びらを指でいじっていた景は口元を緩める。
と、この場に自分だけではないことに今さら気づいた。
桜の木の根元に人がうずくまっている。
「だ、大丈夫ですかっ」
ほとんど反射的に声を上げ、駆け寄った。
「ん?」
自分と同じブレザーに、ワイシャツ、スラックス。ネクタイは緩められ、ワイシャツの胸元はだらしなく開けられている。
学年を区別するための校章の入ったバッジは今年度入学生がつけているものと同じ、白色だった。
少年――と言うには、大人びた印象があった景と同い年であるが、その涼やかな目元や整った顔立ち、少し伸びた黒髪には、妙な色気を感じさせる。
茶色く澄んだ虹彩の中に景が映り込んだ。景はどきっとして、目を伏せながら、もう一度尋ねた。
「大丈夫、ですか? 先生を呼んで来ましょうか」
ふぁっ……。その人は小さく欠伸を漏らした。
それから小さく言う。
「良い」
「あ、……はい」
立ち上がろうとすると、「おい」と呼び止められた。
「動くな」
「え?」
青年の長い腕が伸び、景の頭に触れる。それだけで鼓動が跳ねた。
その人の指先には桜の花びらがあった。
「あ、ありがとう……ございます」
その人は別に、と言うかのように肩をすくめると、立ち上がった。
百七十センチの景よりも頭一つ分高い。
百八十センチはあるのではないかという長身に、広い肩幅という堂々とした体格だった。
景が線が細く、ひょろりとした体型なだけに、余計に体格差を感じた。
「あの、き、君も、一年生だよね。僕は、一年一組の進藤景。君は?」
奥手な景が初対面の人にこうも積極的に話しかけられるのは珍しいことだった。
景は、目の前の青年の名前を知りたかった。
「矢ヶ崎涼介」
相手が答えてくれたことが嬉しくて景は微笑んだ。
「矢ヶ崎……君」
「俺とつるまない方が良い」
「え?」
「じゃあな。景」
待って。しかしそれは声にはならなかった。
景はその人の姿が見えなくなるまで、その背を眺め続けた。
21
あなたにおすすめの小説
俺の幼馴染が陽キャのくせに重すぎる!
佐倉海斗
BL
十七歳の高校三年生の春、少年、葉山葵は恋をしていた。
相手は幼馴染の杉田律だ。
……この恋は障害が多すぎる。
律は高校で一番の人気者だった。その為、今日も律の周りには大勢の生徒が集まっている。人見知りで人混みが苦手な葵は、幼馴染だからとその中に入っていくことができず、友人二人と昨日見たばかりのアニメの話で盛り上がっていた。
※三人称の全年齢BLです※
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。
みどりのおおかみ
BL
「強情だな」
忠頼はぽつりと呟く。
「ならば、体に証を残す。どうしても嫌なら、自分の力で、逃げてみろ」
滅茶苦茶なことを言われているはずなのに、俺はぼんやりした頭で、全然別のことを思っていた。
――俺は、この声が、嫌いじゃねえ。
*******
雑兵の弥次郎は、なぜか急に、有力武士である、忠頼の寝所に呼ばれる。嫌々寝所に行く弥次郎だったが、なぜか忠頼は弥次郎を抱こうとはしなくて――。
やんちゃ系雑兵・弥次郎17歳と、不愛想&無口だがハイスぺ武士の忠頼28歳。
身分差を越えて、二人は惹かれ合う。
けれど二人は、どうしても避けられない、戦乱の濁流の中に、追い込まれていく。
※南北朝時代の話をベースにした、和風世界が舞台です。
※pixivに、作品のキャライラストを置いています。宜しければそちらもご覧ください。
https://www.pixiv.net/users/4499660
【キャラクター紹介】
●弥次郎
「戦場では武士も雑兵も、命の価値は皆平等なんじゃ、なかったのかよ? なんで命令一つで、寝所に連れてこられなきゃならねえんだ! 他人に思うようにされるくらいなら、死ぬほうがましだ!」
・十八歳。
・忠頼と共に、南波軍の雑兵として、既存権力に反旗を翻す。
・吊り目。髪も目も焦げ茶に近い。目鼻立ちははっきりしている。
・細身だが、すばしこい。槍を武器にしている。
・はねっかえりだが、本質は割と素直。
●忠頼
忠頼は、俺の耳元に、そっと唇を寄せる。
「お前がいなくなったら、どこまででも、捜しに行く」
地獄へでもな、と囁く声に、俺の全身が、ぞくりと震えた。
・二十八歳。
・父や祖父の代から、南波とは村ぐるみで深いかかわりがあったため、南波とともに戦うことを承諾。
・弓の名手。才能より、弛まぬ鍛錬によるところが大きい。
・感情の起伏が少なく、あまり笑わない。
・派手な顔立ちではないが、端正な配置の塩顔。
●南波
・弥次郎たちの頭。帝を戴き、帝を排除しようとする武士を退けさせ、帝の地位と安全を守ることを目指す。策士で、かつ人格者。
●源太
・医療兵として南波軍に従軍。弥次郎が、一番信頼する友。
●五郎兵衛
・雑兵。弥次郎の仲間。体が大きく、力も強い。
●孝太郎
・雑兵。弥次郎の仲間。頭がいい。
●庄吉
・雑兵。弥次郎の仲間。色白で、小さい。物腰が柔らかい。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる