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1 転生

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 ベッドから起き上がったジュレミー・ランドルフは、自分が転生者であることを思い出した。
 前世、会社員だったジュレミーは寝不足がたたり、ぼんやりしたところを、トラックにはねられた。
 気付けば、ここ、ファンタジーBLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の世界に転生したのだ。
 主人公(受け)は、クリスという少年。
 クリスは両親を幼い頃に亡くし、孤児院で育った。
 どれほど苦しい境遇でもめげない太陽のような子で、その愛くるしさにたまたま慈善事業でその孤児院の後援を行っていたシャフト男爵夫妻の目に留まり、引き取られる。
 血統がどうのというのは関係ない。一目惚れのようなものだったのだろう。
 クリスは生まれてはじめて家族の温もりに包まれ、その中で少しずつ貴族として心得を学び、生粋の貴族の子弟にも負けないくらいの気品を供えるようになる。
 そんなある日、道に迷った彼は公爵家の跳ねっ返りとして貴族社会の鼻つまみ者になっている一人の少年と出会う。

 それが俺様攻めの、ラインハルト・ボーディガン。
 花のように可憐で柔らかなクリスと、触れるもの、近づくもの全てに牙を剥く問題児ラインハルト。本来は水と油であるはずの二人はなぜか惹かれあい、親友、そして恋人と絆を深める。
 そんなクリスに横恋慕し、二人の仲を引き裂こうとする悪役王子の取り巻きがジュレミーである。
 物語の中で最終的に悪役王子ともども断罪され、その行方を知る者はだれもいないENDを迎える。
 クリスの学院の卒業式の日に一つに結ばれる主人公たちとはあまりに対照的な最期である。
 なぜ前世、男だったのにここまで知っているのかと言えば、ジェレミーがBLを嗜んでいたからだ。
 普通のラブコメでなく、BLでしか得られないものがある。
 現代物よりファンタジーが好きだったから主食は小説。
 それはともかく。

「いったぁ……」

 思わず呻く。ズキズキと全身が痛む。
 転生者であることを思い出せたのは良かったが、どうして自分がベッドに寝ているのかかまでは、分からない。
 時刻はまだ午後六時過ぎ。就寝には早い。
 ベッドから抜け出したジュレミーは鏡台の前に座る。
 赤みがかったブラウンの癖毛に、灰色の双眸に銀縁の眼鏡。
 気の弱そうな顔立ちということ以外、これと言った特徴のないモブ顔である。
 輝く太陽のクリス鋭利な刃であるラインハルトとは見事なまでに対照的。
 おまけに顔は擦り傷が目立って痛々しいし、学院のジャケットは破れてこそいないが、土埃で汚れている。

(喧嘩でもしたのか)

 その時、メイドが顔を出す。

「あ! お坊ちゃま!」
「え?」
「起きられましたか! 良かったです!」

 十六歳のジュレミーとそう年の変わらない柔和な顔立ちのメイドは、安堵したように表情を緩める。そんな彼女はタオルと、お湯の入った容器を手にしていた。

「……どうして僕は寝てたか分かる? 記憶がなくって」
「……直接、見ていたわけではないのですが、お坊ちゃまはシャフト子爵家の御令息に襲いかかり、すぐそばにいたボーディガン伯爵家の御令息に返り討ちに遭われたらしいと聞いております」
「あー……なるほど」

 取り巻き全開、というわけだ。

「あの、タオルをお持ちいたしましたので、汚れをお取りしても……」
「ありがとう。頼むよ」
「かしこまりました。少し傷になっているので染みると思いますが」
「イテテ」
「あ、申し訳ありませんっ」
「大丈夫だから続けて」

 服や顔の汚れなどを拭われ、すっかり綺麗になると制服から私服に着替える。

「ジュレミー様、お目覚めになられましたら、御当主様の元へ呼ぶようにとのご伝言でございます」
「ありがとう」
「歩けますか? 支えがいるようであれば」
「平気だよ、ありがとう」

 普通、一般的な転生ものの場合、転生した人格の覚醒後と覚醒前のギャップに周囲が驚くパターンをよく見かけるが、ジュレミーには当てはまらない。なぜなら彼は元々大人しく、どちらかといえば内向的なタイプだったからだ。
 とても喧嘩を売るようなタイプではない。

 しかしそこは取り巻きの悲しいサガ。
 おまけに悪役王子というのが実は、ここ、サドキエル王国の第二王子、ルーファス・ゼイン・サドキエルなのである。
 王族の取り巻きという一見すれば恵まれた立場であるが、決してそんなことはない。  ルーファスは王家の面汚しとまで言われる人物だからだ。
 そんな人に命令されなければ、荒事なんてするはずがない小動物のような少年、それがジュレミーである。

 ジュレミーは父、オイラスの書斎を訪ねた。

「誰だ?」
「ぼ、僕です。ジェレミーです」
「目覚めたか。入れ」

 父のオイラスは書き物から顔を上げ、渋面でジュレミーを出迎えた。

「……はい。先程」
「学校で喧嘩騒ぎを起こした挙げ句、ボーディガン公爵家の跳ねっ返りに叩きのめされたそうだな」
「そう……みたいですね」
「ことを起こす前、公爵家に謝りに行く私のことを一瞬でも想像したか?」
「……いえ」
「お前が、そんな無鉄砲で愚かしいことを自主的にするわけがない。また、あの出来損ないに命じられたのだろう」

 出来損ない。それが悪役王子、ルーファスの貴族社会での総意である。

「……のようです」

 思いっきり溜息をつかれた。

「一体いつまであの男の取り巻きをしているつもりなんだ? あの男と一緒にいる限り、お前どころか、家名にも傷がつくのだ。分かっているのか?」

 返す言葉もない。

「分かっていて、まだあの男と付き合い続けるというのなら、私はこれ以上、お前を庇うことをしないぞ! あいつと一緒にいるのは、事故が起こると分かっていながらおんぼろ馬車に乗っているも同然。何が起こっても自業自得ということだ!」

 全ての言葉に大きく頷いてしまうくらい、的を射た意見だ。

「父上、僕は決めました。殿下とは絶縁いたします」
「ほう……」

 父は顎をさする。
 このままでは断罪される。きっとランドルフ男爵家も大変なことになるだろう。
 断罪を避けるのに一番手っ取り早いのは絶縁である。
 ルーファスと手切れをすれば、巻き込まれる心配はない。
 どうしてこれまでも同じような被害を被りながらジュレミーが取り巻きをしているのかは謎だが、どうでもいい。
 転生者としての自我が芽生えた以上は、なにより破滅の回避を最優先させてもらう。

 作中の都合とか知らない。無視無視。

「信じていいんだな?」
「はい!」
「分かった。ならば、今回は我慢して、公爵家に頭を下げよう。だがかばうのもこれが最期だぞ」
「ありがとうございます」

 釘を刺され、書斎を後にした。
 部屋に戻ろうとしたところ向かいから、優男が現れる。
 ジュレミーよりも赤みの強い髪、百六十五センチほどのジュレミーより一回りほど高い背丈。小馬鹿にしたような表情。

 バルゼット・ランドルフ。男爵家の嫡子で、ジュレミーの兄だ。

「よ、うすのろ。父上に絞られたか?」
「そうだよ。兄上までルーファス殿下とつるんだことを説教?
「……ふん。どうでもいい。関わり合いになりたくない」

 そう吐き捨てるとジュレミーを突き飛ばし、さっさと歩き去ってしまう。
 たしかに端役ではあるが、バルゼットは頭に血が昇りやすい正確のはずだが、どうしたのだろうか。

(ま、因縁をつけられなくて済んで良かった)
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