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第二章 悪女への道
泰風と見る月
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変な時間に寝たせいで、中途半端な時間に目覚めてしまった。
窓の向こうは真っ暗だった。
(喉、渇《かわ》いた……)
旬果は寝台から下りると、部屋を出た。
(水、水……ちょっと。ここ、水甕の一つもないの?)
水を求めてうろうろしていると、
「旬果様?」
「っ!?」
突然声をかけられ、旬果は心臓が止まるほど驚いて振り返った。
泰風だった。
「何をされているんですか?」
「あ、起こしちゃった?」
「いえ。寝ずの番をしておりましたので」
「喉が渇いちゃって」
「では、これを」
泰風は両手で抱えられるくらいの壺から水を注ぎ、器を渡してくれる。
「あー、それ、女官が半泣きになって持って来てくれた……」
泰風は苦笑する。
「そうです」
「ありがと」
ぐっと一気飲みすると、乾いた身体が潤った。
「さすがは湧き水ね。美味しい。変な噂が流れるのは嫌だけど、この水は菜鈴に感謝ね」
泰風は微笑した。
「おかわりはいかがですか?」
「ちょうだい」
そしてもう一杯水を飲むと、ようやく人心地がついた。
「泰風。いつも寝ずの番をしてくれてたのね。ありがと」
「これが私の務めですので」
旬果は伸びをすると立ち上がった。
泰風も倣う。
「どちらへ?」
「外の空気が吸いたくって」
「ではお供します」
「別に良いのに」
「私がお側についていたいので……」
「そう」
旬果は外に出る。
春の夜風は冷えるが、心地よい。空には満点の星が輝く。
しかし村にいた頃より、月や星が遠く感じる。
周りに目を向けると、ここが故郷とは違うのだと改めて思う。
張り巡らされた、絶壁のような城壁が息苦しい。
辺りには篝火が立てられ、兵士たちによって厳重に守られていた。しかし見方を変えれば、逃げぬよう監視をされているようにも感じた。
(これじゃあ、まるで籠の鳥ね)
そんなうんざりした心の中を読んだかのように、泰風が言う。
「――もっと月に近づきましょうか」
「え?」
「外に出れば丘があります。そこからであれば、もっと月を近くに見られます」
泰風を振り仰いだ旬果は、肩をすくめた。
「もしそれが出来るんだったら嬉しいけど……無理でしょう? 兵士がはいそうですかって通してくれると思う?」
しかし泰風は言う。
「もし旬果様が、本気で望むと仰られるのならば……」
旬果はちょっと冗談めかして言う。
「そうね。もし本当にそれが出来るんだったら……」
すると、旬果は「ご無礼を」と言うや、旬果の背と膝裏に手を差し入れるや、横抱きにした。
「ひゃっ!?」
「しっかりと捕まっていて下さい!」
旬果は、言われた通りに泰風の首に腕を回して、しがみついた。衣服ごしに彼の引き締まった体躯と、温もりを感じるや否や、泰風は跳躍していた。
ぐんぐん旬果の視界が開け、雲が月が星が手を伸ばせば掴めてしまいそうなくらい近づく。まるで仙術でも使ったかのような跳躍で、城壁を軽々と越えたかと思うや、たちまち城外に出られた。
草原を駆ける、泰風の陰が長く尾を引く。
そして旬果の髪を吹き散らしていた風が、不意にやんだ。
旬果が辺りを窺えば、そこは丘だった。
「失礼いたしました」
泰風はそっと、旬果を下ろした。
「嘘、みたい……」
遙か向こうに、ついさっきまでいたはずの華京陽天府が見えた。
「今のって、魁夷の力?」
「はい」
「やっぱり魁夷は凄いのね」
旬果は空を見る。
泰風の言う通り、さっきよりもずっと月が近くに見えた。
何より城壁に遮られることなく、どこまでも草原が広がっている光景が見られて、気持ち良い。
風が吹けば、まるで草原が波打つかのように、サァァァ……と音をたてて靡く。
しばらくそれに見入っていた旬果は、泰風を見る。
「無理させちゃって、ごめんね」
「旬果様が喜んで下されば本望です。たとえ後でこのことが問題になったとしても、責任は私にあります。旬果様は何も悩まれることは……」
旬果は首を小さく振った。
「そうじゃなくって、ここまで私に尽くしてくれるのは、それだけ私と泰風が近しい関係にあったからなんでしょ? 私のことを遠巻きにしていただけって言ってたけど……。ごめんね。何も覚えてなくって……」
「いいえ。旬果様が思い煩う必要は、ないのです。記憶がなくとも、私がお仕えするのは旬果様、ただお一人であると心に決めているのですから……」
と、旬果はそこで、寒さで身震いしてしまう。
泰風は「帰りましょう」と促すが、旬果は首を横に振った。
「もう少しだけ、いさせて」
旬果は、街の灯を記憶に留めようと、じっと見つめた。
窓の向こうは真っ暗だった。
(喉、渇《かわ》いた……)
旬果は寝台から下りると、部屋を出た。
(水、水……ちょっと。ここ、水甕の一つもないの?)
水を求めてうろうろしていると、
「旬果様?」
「っ!?」
突然声をかけられ、旬果は心臓が止まるほど驚いて振り返った。
泰風だった。
「何をされているんですか?」
「あ、起こしちゃった?」
「いえ。寝ずの番をしておりましたので」
「喉が渇いちゃって」
「では、これを」
泰風は両手で抱えられるくらいの壺から水を注ぎ、器を渡してくれる。
「あー、それ、女官が半泣きになって持って来てくれた……」
泰風は苦笑する。
「そうです」
「ありがと」
ぐっと一気飲みすると、乾いた身体が潤った。
「さすがは湧き水ね。美味しい。変な噂が流れるのは嫌だけど、この水は菜鈴に感謝ね」
泰風は微笑した。
「おかわりはいかがですか?」
「ちょうだい」
そしてもう一杯水を飲むと、ようやく人心地がついた。
「泰風。いつも寝ずの番をしてくれてたのね。ありがと」
「これが私の務めですので」
旬果は伸びをすると立ち上がった。
泰風も倣う。
「どちらへ?」
「外の空気が吸いたくって」
「ではお供します」
「別に良いのに」
「私がお側についていたいので……」
「そう」
旬果は外に出る。
春の夜風は冷えるが、心地よい。空には満点の星が輝く。
しかし村にいた頃より、月や星が遠く感じる。
周りに目を向けると、ここが故郷とは違うのだと改めて思う。
張り巡らされた、絶壁のような城壁が息苦しい。
辺りには篝火が立てられ、兵士たちによって厳重に守られていた。しかし見方を変えれば、逃げぬよう監視をされているようにも感じた。
(これじゃあ、まるで籠の鳥ね)
そんなうんざりした心の中を読んだかのように、泰風が言う。
「――もっと月に近づきましょうか」
「え?」
「外に出れば丘があります。そこからであれば、もっと月を近くに見られます」
泰風を振り仰いだ旬果は、肩をすくめた。
「もしそれが出来るんだったら嬉しいけど……無理でしょう? 兵士がはいそうですかって通してくれると思う?」
しかし泰風は言う。
「もし旬果様が、本気で望むと仰られるのならば……」
旬果はちょっと冗談めかして言う。
「そうね。もし本当にそれが出来るんだったら……」
すると、旬果は「ご無礼を」と言うや、旬果の背と膝裏に手を差し入れるや、横抱きにした。
「ひゃっ!?」
「しっかりと捕まっていて下さい!」
旬果は、言われた通りに泰風の首に腕を回して、しがみついた。衣服ごしに彼の引き締まった体躯と、温もりを感じるや否や、泰風は跳躍していた。
ぐんぐん旬果の視界が開け、雲が月が星が手を伸ばせば掴めてしまいそうなくらい近づく。まるで仙術でも使ったかのような跳躍で、城壁を軽々と越えたかと思うや、たちまち城外に出られた。
草原を駆ける、泰風の陰が長く尾を引く。
そして旬果の髪を吹き散らしていた風が、不意にやんだ。
旬果が辺りを窺えば、そこは丘だった。
「失礼いたしました」
泰風はそっと、旬果を下ろした。
「嘘、みたい……」
遙か向こうに、ついさっきまでいたはずの華京陽天府が見えた。
「今のって、魁夷の力?」
「はい」
「やっぱり魁夷は凄いのね」
旬果は空を見る。
泰風の言う通り、さっきよりもずっと月が近くに見えた。
何より城壁に遮られることなく、どこまでも草原が広がっている光景が見られて、気持ち良い。
風が吹けば、まるで草原が波打つかのように、サァァァ……と音をたてて靡く。
しばらくそれに見入っていた旬果は、泰風を見る。
「無理させちゃって、ごめんね」
「旬果様が喜んで下されば本望です。たとえ後でこのことが問題になったとしても、責任は私にあります。旬果様は何も悩まれることは……」
旬果は首を小さく振った。
「そうじゃなくって、ここまで私に尽くしてくれるのは、それだけ私と泰風が近しい関係にあったからなんでしょ? 私のことを遠巻きにしていただけって言ってたけど……。ごめんね。何も覚えてなくって……」
「いいえ。旬果様が思い煩う必要は、ないのです。記憶がなくとも、私がお仕えするのは旬果様、ただお一人であると心に決めているのですから……」
と、旬果はそこで、寒さで身震いしてしまう。
泰風は「帰りましょう」と促すが、旬果は首を横に振った。
「もう少しだけ、いさせて」
旬果は、街の灯を記憶に留めようと、じっと見つめた。
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