ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷

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世界を救う方法

 一週間後、イザベルは郊外の廃教会にいた。
 マーガレットに手紙を送り、ここで密会をする手はずを整えていた。
 しばらくして、ギィ、と扉が開き、マーガレットが現れる。
 穴の空いた壁や引っ繰り返った長椅子、割れたステンドグラスを眺めながら、「来たわよ!」と声を上げた。

「待ってたわ」
「こんな場所に呼び出して一体何なの?」

 不満そうに、マーガレットは腕を組む。

「あなたに話しておくべきことがあるの」
「私に?」

 マーガレットの顔に警戒が滲む。

「私は実は父であるフリードに殺されかけて、危うく命を落としそうになったの。ジークベルトのお陰で事なきを得たけれど」
「そう。良かったじゃない」

 マーガレットは毛先をいじり、つまらなさそうに相槌を打つ。

「フリードは、誰かから私を殺すよう言われと話してたわ。その見返りとして、莫大な古代王国の遺産を手に入れられたって」
「そう」
「彼が死ぬ前に、私は彼に一筆書かせたの。一体誰と取り引きをしたのかって。誰だと思う?」
「知らないわ――」
「あなたよ。マーガレット。ヌートリア山の財宝のことを知っているのは、前世の記憶を持つ、私かあなたしかいない。この事実が公になれば、あなたは斬首でしょうね。侯爵夫人を殺そうと、けしかけたんだから」
「アハハハハハ! ばーっっっかじゃない!? それで私に一体何を言わせるつもり!? 甘いわね、あんたのことは私が葬ってやる! みんな、きてっ! 思った通り、悪女が私をはめようとしてるわ!!」

 マーガレットは叫ぶが、応える声はない。

「みんな! 何をしているの!?」

 マーガレットがさらに叫ぶが、変わらない。
 余裕のあった表情にみるみる焦りの色が滲んだ。

「やっぱり攻略キャラたちをけしかけて私を始末させる腹づもりだったのね。なんて単純で短絡的なの。あなたは欲望に忠実すぎるから、行動を読むのは簡単だわ。――攻略キャラたちはここには来ない。いえ。彼らは全員、昨夜のうちに王都を離れているの」
「は? そんなことあるはずが……」

 マーガレットの半開きになった口から、乾いた声がこぼれた。

「騎士のヒューミットは都の騎士団から配置換えで南部の騎士団へ、魔法塔の教官オルテガは魔法現象の調査のために他国へ、地下ギルドマスターのグレイは過去の悪事の情報を誰かが衛兵隊にたれ込んだせいで家宅捜索を受けて逃亡中……」
「う、嘘よ。そんなことできる訳がない。そんな権限、あんたにあるはずがないわ!」
「皇太子殿下の力を借りればできることよ。忘れた? ジーク様と皇太子殿下の関係を」
「あ、あんたああああ!」

 マーガレットが顔を赤黒く染めて、獣じみたうなり声を上げた。
 まるで本物の野獣だ。
 とてもヒロインとは言えない。

「そうね、あなたにはその顔がよく似合ってる。変に澄ましているよりも」
「誰があんたのことなんて信じるものですか! そうよ、悪女の言うことなんか信じるはずがない! それに比べて、私はヒロイン! この世界の主役なのよっ!?」

 イザベラは小さく溜息をつく。

「それはゲームの世界でのことでしょう。ここは現実世界と一緒。確かに私は悪女。でもね、今は公爵夫人でもあるのよ。一方、あなたはただの田舎娘。どっちがどっちを信じるかなんて日を見るより明らかじゃない?」

 ぐ、とマーガレットは言葉に詰まる。

「な、何が目的なのよ。私が消えればそれで満足なわけ!?」
「何を言っているの。自分で言ったんじゃない。あなたはヒロインよ。あなたには、責務を果たして欲しいの。世界を救うという、ね」
「無理よ! パーティーメンバーがいなきゃできるわけがない! 転生者なんだからそれくらい分かってるでしょ!?」
「勘違いしているわね。彼らは確かに主要なキャラクターよ。だって彼らがいなかったら、乙女ゲームじゃなくなっちゃうもの」
「わ、分かってるじゃない。世界を救って欲しかったら、彼らを呼び戻しなさいっ! 今すぐ!」
「いいえ」
「はあ!?」
「彼らは恋愛要素として必要。逆を言えば、ゲームを攻略するだけなら彼らの存在は無用なのよ。あなただって、前世でヒロインだけを鍛え上げ、他のキャラは初期レベルのままの攻略動画くらい見たことがあるでしょ? あれはゲームをクリアするだけなら、ヒロインさえいればいいということを証明してるのよ。もちろん、あなた一人じゃ辛いでしょうから、私たちが協力してあげる」
「私、たち……?」
「――イザベラと俺、だ」

 ジークベルトがそこで音もなく、マーガレットの背後に立つ。
 ひい、とマーガレットは驚くあまり、尻もちをつく。
 イザベルは、マーガレットを見下ろす。

「私の財力と、ジークベルトの力。そしてあなたの聖力。これさえあれば、世界を救うのには事足りる。乙女ゲームじゃなくなっちゃうけど、それはそれで別に構わないわよね?」

 顔面蒼白になったマーガレットは、ガタガタと全身を震わせる。

「世界を救えば、私がフリードをけしかけた一件をもみ消してくれるの?」
「ええ」
「その言葉を裏付ける保証が欲しいわ! タダ働きだけさせられて処刑されるなんて真っ平だもの!」

 さすがは悪賢いだけのことはある。
 しかしこうなることも事前に読んでいた。

「これよ」

 イザベラは皇帝の名前が記された勅命を用意した。

「ずいぶん用意がいいのね」

 マーガレットは受け取った勅命を大切そうに懐にしまい込んだ。

「さあ、一緒に世界を守りましょう。ね、ヒロイン様っ」

 イザベラはにこり、と微笑んだ。
 マーガレットは悔しげに、イザベルを睨み付けた。

「とんだ女狐だったわけね……」
「あなたにだけは、言われたくないわ」

 マーガレットは顔を歪めると、そそくさと教会を出ていった。
 イザベルは「ふぅ」と思いっきり溜息をつき、しゃがみこんでしまう。

「平気か!?」

 ジークベルトが慌てて寄り添ってくれる。
 うん、とイザベルは頷く。

「すごく嫌悪感があって……。本当に私、悪女になっちゃったみたいです……」

 イザベルは元々、気が小さく、生きるのに精一杯な少女にすぎない。
 前世の記憶の持ち主もそうだ。

「お前は悪女なんかじゃない。本物の悪女は絶対に後悔なんてしたりはしないからな。大丈夫。俺がそばにいて支える。辛くなったらいつでも俺に弱音を吐け」
「ジーク様……ありがとうございます」

 イザベラは、甘えるようにジークベルトにしなだれかかった。
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