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思い出

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 月明かりがひっそりと差し込む石造りの居室。
 成人の男が三人も寝そべればいっぱいになりそうな広さの室内にある家具は臥榻(しんだい)が一つばかり。
 その臥榻に、月影に曝し出されるのを恐れるように黒々としたものが忙しなく動く。
 目をこらせば、それが一組の男女であると分かってくるだろう。
 二人の姿をうっすらと浮かび上がらせるのは床に置かれた半ば溶け、今にも消え入りそうな燭台の明かり。
 引き締まった体躯の男が女を組み敷いている。
 獣のまぐわいを想起させる格好だった。
 燭の明かりは裸身にういた汗を、まるでその一つ一つが玉であるかのように輝かせる。
 春の夜はまだ冷えるが、二人には関係なかった。
 冷え冷えとした石造りの室内に、女の優婉な臀丘に男の腰がぶつかる渇いた音が響く。
 男の動きに合わせて臥榻がギシギシと軋む音に混じり、

「ん……ぁあっ……んんっ……」

 蒼花が我慢できないとばかりに声をあげた。
 英麟の精悍な面に、嗜虐的な笑みが浮かんだ。
 そして男の手が女の背にかかった絹のように艶めく髪を乱暴にひっつかむや、さらなる深い交わりを求めるように我が身に引き付けた。

「ぁあっ……!」

 蒼花は痛みと肉悦の狭間で、目が眩んでしまいそうだった。
 今、両腕を背中に回した状態で縛り付けられ、できることといえば身をよじることしかできない。
 しかし、そんな動きすら、英麟には身悶えているように見えて――実際、こみあげてくる性感は意に添わず、悦びに染まってしまっていたのだが――、さらに交合は熱を帯び、粗末な布に次々と愛の滴が弾けた。
 胸を握りしめられる。
 細い身体にくらべて、豊かなそれを五指でしっかり征服すると、明かりのなかに浮かび上がったツンと勃ったいただきを擦られた。
 指先で潰され、ちぎれそうなくらい引っ張られる。

「ぁっ……はぁっ……ぁあっ!」

 艶っぽい残響を帯びた鋭い声がのど笛をかき鳴らした。
 男の腰のうねりが激しくなり、渇いた音が高まる。
 英麟が呻いた。
 指の動き、腰遣いに合わせて、自らの陽根の締め付けがきつくなったのだ。
 ズンズンと力強い突き込みが臀丘に見舞われ、お腹の中をかき回される。

「んうう……んっ……」

 どれほど蒼花が声を我慢しようとしても、それがかえって鼻にかかった悩ましい響きとなって漏れ、かえって英麟の浴場をかきたててしまう。
 太く、硬い肉の槍が、秘芯を深いところまで荒々しい律動で掻き毟った。
 あまりに深く、性急な結合に、息をつく間もない。
 汗ばんだ肌に湿った吐息がかけられる。
 腰の振幅が短くなると共に、秘底をくじる雄渾が膨張した。

「んッ、んん……ッ!」

 英麟が果てるのと同時に、腹中めがけ熱い子種が注ぎ込まれた。
 しかしそれだけで終わらない。
 艶やかな髪に、未だ燃えるように滾っている男根を擦りつけられ、汚されてしまう。
 乱暴な抽送の果てに、蒼花はされるがままだった。

「ふん」

 反応の薄さに興をそがれたように、英麟は鼻を馴らすや臥榻から降り立った。
 部屋を訪れた際に勢いに任せて脱ぎ捨てた夜着を拾い上げ、裸身にかけ、帯を結び、振り返る。
 蒼花は肩で息をつきながら起き上がるところだった。
 月明かりに艶めかしく青ざめた裸身がさらされる。
 かつて、皇太后に愛され、その美しさを至蘭とまで謳われた少女は乱暴に扱われ、汚され、無残だった。
 吸い付くような肌には、牡の精がねっとりと絡みつき、汗ともあいまって淫奔な香りをたちあがらせている。
 汚すために蒼花をこの暴室へ幽閉し、汚し尽くすためにこうしてほとんど毎夜、ここを訪れているというのに、彼女の姿を見ると、胸の奥がかすかに疼いた。
 蒼花は刺さるような冷たさをたたえる石の床に跪くと、叩頭して、英麟を見送った。
 英麟は苛立ちを覚えながら部屋を出ると、控えていた宦官に湯浴みをさせるよう命じる。
 恭しくこうべを垂れる宦官に見送られ、英麟は歩き出した。



 暴室に一人、残された蒼花の身に鼓動が響く。
 横たわる気力もなく、壁にもたれた。
 頭の中に霞がかかり、夢うつつを彷徨うような居心地になった時、花びらが視界を横切った。
 最初は、小さなものがひとひら。
 やがて強い風が頬を撫で、腰まで流れる髪をいたずらになで上げれば、頭の上から無数の花びらが、雪のようにゆったりとした調子で降り注ぐ。

(これは)

 目にとまる、その淡さ。

(桃の花)

 甘い香りに唇がほころぶ。
 掌を差し出せば、ひらりと花びらが落ちてくる。
 頭の中で数年前の記憶がよみがえる。


 
 齢百歳を超えた老木たる八重咲きの桃の花をうっとりと仰いだ自分がそこにいる。
 視界のなかに、白い影が映り込んだ。
 見えない手に惹かれるようにそちらを見れば、そこには黄袍を纏った男がいた。
 その人は、霞まんばかりの桃の花びらの舞う中をゆったりと漂うようにいた。

(桃の精のよう……)

 そう思わずにはいられないほど神々しく、美しかった。
 ここは皇太后の住まいである永楽宮であり、限られた男しか容易には入られないというのに、そんなことすら忘れて見入った。
 だから、ふと背後から聞こえて来た声に驚いてしまう。

「おや、英麟ではないか」

 理知的な光を黒い目に湛えた女性――芳皇太后が声を漏らす。
 蒼花は、皇太后の供をしていたのだ。
 皇太后の声に気づいたように茫洋としてつかみ所のない男――英麟は振り返るや、柔和な笑顔を見せ、拱手する。

「へ、陛下、ようこそ、おいで下さいました……っ」

 慌てて蒼花は平伏する。

「蒼花。やめてくれ。お前には平伏されたくはない」

 英麟はにこりと微笑んだ。
 五爪龍の織られた黄袍と下裳、その細身にはやや重たげな昇竜の金細工の施された赤い帯に、深い緑の壁をつかった佩玉が、風琴のように軽やかに揺れた。
 何て淡い人なんだろ――。
 目の前にいる人が、広大な国土と周辺異民族を従え、中原に覇を唱える恵国を統べるその人であると分かった今でも畏敬を抱く以上に、見とれ、胸を高鳴らせてしまう。
 いけない、と思っても、鼓動はなかなか鎮まらなかった。

「どうしたのです。こんなところで。今時分は勉学の時ですよ」

 皇太后は目をつり上げた。

「こちらの桃の花が盛りだと思いまして、お邪魔しました。こんな良い天気の日に籠もってなど。それに、蒼花にも会いたかったんだ」

「え、あ、な、……」

 にこりと微笑まれてはどう反応して良いか分からず、顔を伏せてしまう。

「あなたは皇帝ですよ。私がいつまでもあなた後見をできるわけではないのですよ」
「でも皇太后様もこうしてお花をごらんになられてるではありませんか」
「少しの休息です」
「皇太后様。蒼花を連れておきながら、少し……というのはないのではありませんか。――勉学は夜にいたしますから、何とぞ」

 本人は意識してはいないのだろうが、英麟の物言いや仕草はどこか芝居がかって、どんな些細な動きも画になってしまうから不思議だ。

「……きっとですよ」

 皇太后も結局は折れる。仕方がない、とぼやいて、ため息をつきながら。

「ところで、侍中たちはどうしたのですか」
「撒いてきました。一人で楽しみたかったので」

 英麟は無邪気に言った。

「しょうのない」

 芳皇太后は呆れたように眉をひそめた。

「侍中たちを叱らないでくださいね」
「約束はできません」
「皇太后様、私は……」
「何のためにあなたを連れてきたと想ってるんですか。箏を、弾きなさい」
「楽しみだ」

 英麟はごろりと横になり、そのだらしなさに、またも芳皇太后の雷が落ちたが、柳に風とばかりに受け流してしまう。

「さあ。蒼花。弾いてくれ」
「あ、はい……っ」

 蒼花はそっと箏に手を添えた――。
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